第七話:カオスシュラームとは
戻ってくると、お母さんとお父さん、それにホムラとエルが待ち構えていた。
エルに関しては、つい先日竜の谷に戻っていた。
なんでも、そろそろホムラの手に余ると思ったらしい。
と言うのも、元々エルは、エンシェントドラゴン達の総括役である。その役割は、他大陸を管理している他のエンシェントドラゴンから、竜脈の状態を確認し、それを上司であるお父さんに伝えるというものである。
だけど、私と一緒に行動することになったので、その役割は竜の谷があるトラム大陸を総括するエンシェントドラゴン、ホムラに任されていた。
リヒト、そしてネーブルの復帰により、トラム大陸の管理はかなり楽になった方らしいので、一応当時一番上だったホムラが役割を引き継いだってわけだね。
だけど、ホムラは根は真面目ではあるけど、そこまで几帳面な性格ではない。
お父さんに伝える以上は、きちんと情報の精査はしているだろうが、逆にそれが重みとなり、そのうちパンクするんじゃないかと睨んでいた。
なので、そうなる前にエルが先んじて竜の谷に向かい、ホムラの仕事を片付けてあげているわけである。
エルは私と離れるのをとても嫌がっていたけど、こればかりは仕方のないことだと諦めていた。
まあ、私も一緒に竜の谷に行けばよかった話だけどね。ただ、それだと何日家を空けなければいけないかわからなかったので、今回は遠慮したというわけだ。
〈ハクお嬢様、お久しぶりです〉
「久しぶり、エル。と言っても、そこまで日にちは経ってないと思うけど」
〈この馬鹿がちゃんと仕事をしてくれたらこんなことしなくてよかったんですけどね。本当に申し訳ないです〉
〈おいおい、俺だって頑張ってるんだぜ? もう少し褒めてくれたって良くねぇか?〉
〈黙れ。貴様のせいでハクお嬢様との貴重な時間を無駄にしたのだ。きちんと埋め合わせはしてもらうぞ〉
〈まじかよ。こんなこと言ってるぜ? 何とか言ってやってくれよ、ハク〉
「うーん、仕事が大変なのはわかるけど、頑張って?」
〈ハクもそっち側か……へいへい、わかったよ〉
エルとホムラ、どちらも大事ではあるけど、今回はホムラの能力不足が原因だし、それでエルに怒られるのは仕方ないと思う。
いや、別に能力不足ってわけでもないと思うけど。各大陸の竜脈の情報を全部精査して、お父さんに報告しなきゃなんだから、大変なのは間違いないし。
それにホムラは私との時間を大切にしてくれるから、竜の谷に来ると必ず出迎えてくれる。
それもあって多少の抜けが出てしまうのは仕方のないことかもしれない。
そのあたりは、リヒトやネーブルにも協力してもらって、頑張ってほしいな。
〈おしゃべりは今はその辺にしておけ。ハク、神剣を見つけたそうだな〉
「はい。ルナルガ大陸のとある農村の近くにある森で見つけました」
〈状態は?〉
「なんというか、汚染されている感じでした。【鑑定】だと、『カオスシュラーム』とでましたが」
〈カオスシュラーム……〉
お父さんは険しそうな顔をして唸っている。
もちろんだけど、私はこんなもの聞いたことはない。汚染された何かと言うことはわかるけど、これがなぜ呪いを振りまいているのかはわからない。
お父さんは何か知っているだろうか?
〈カオスシュラームは、悪意を持った何者かによってふりまかれた、呪いの一種だと言われている〉
「どういうことですか?」
〈我も神から聞いただけで詳しいことは知らん。ただ、その性質は、増殖と書き換えだ〉
「増殖と書き換え……」
増殖については何となくわかる。あの神剣からはどんどん泥が生成されていた。
それも、邪悪な気配のする何かである。明らかにやばいものだろう。
そして、書き換え。お母さんも言っていたけど、それに侵されたものを何かに作り替えてしまうということだろうか。
もしそうだとしたら、とんでもない代物である。何に作り替えるのかにもよるだろうけど、絶対ろくなものじゃない。
〈そこにある限り、無限に増殖し、触れた者を闇の眷属に、土地も同じ性質のものに変える。もしその神剣にカオスシュラームがついているのだとしたら、早々に取り除かないと大変なことになる〉
「浄化する手立てはないのですか?」
〈本来、それを行っていたのは神だ。つまり、神にしかその方法はわからない。あの害悪どもめ、たかが1万年先の未来も読めんのか……〉
お父さんは苦々しげに語っている。
そう考えると、かなり絶望的な状況ではないだろうか?
浄化する手立てを知っているのは神様のみ。でも、その神様はすでに地上にはいない。地上の管理は、すでに竜の手にゆだねられている。
神様と直接話をしたらしいお父さんでも知らないとなると、もう浄化方法を知っている人はこの地上には存在しないだろう。
このままでは、いずれあの神剣を媒介に地上は泥に汚染され、人の住めない場所になってしまう。それどころか、闇の眷属とやらになって、とんでもない事態に陥るかもしれない。
何とかしないといけない。でも、どうすれば……。
「これは、精霊達が近寄らないのも納得ね。その泥、多分自然に真っ向から喧嘩売ってるわよ」
〈だろうな。自然を丸ごと作り変えてしまうものだ。精霊とはとことん相性が悪いだろう。フルーシュのおかげで早期に発見できたのは不幸中の幸いか〉
「そうね。でも、このままじゃ何もできない。神に直接掛け合うことはできないの?」
〈出来たらとっくにやっている。だが、召喚の魔法陣は応答しなくなって久しい。まだ小競り合いをしてるのか、それとも意図的に無視しているのか〉
「一応、侵された者の侵食を押し留めるくらいはできそうだけど、数が増えてくればそれもままならなくなる。困ったものね」
お父さんとお母さんも妙案が思い浮かばない様子である。
神様を呼び出す魔法陣のようなものは存在するっぽいけど、応じてくれないのか。
もし、この世界を神様が神界から見守っているのなら、異変に気が付いてもいいとは思う。
神様にしか対処できないものなのだから、神様が動いてくれなければどうしようもできない。
ただ、神様がどういう視点でこの世界を見ているのかにもよるだろうか。
もし、大雑把に、ここは海、ここは地上、みたいな見方をしているなら、気づいていない可能性もある。
仮にも神剣を落としているのだから、少なくとも本人は気づいていそうなものだけど、何も言ってないんだろうか?
それとも、神様の手ではなく、別の何かによって落とされたというのだろうか。カオスシュラームとやらに汚染されているようだし。
そうなってくると、対応策は神様が気付いてくれるのを待つくらいしかない。
果たしていつになるだろうか。その時に、地上は泥に侵されて住めない場所になっていないだろうか。
今はまだ、小さな被害で済んでいる。でも、これが広がっていったら……想像したくない。
このままでは、私の大切な人達もよくわからないものに変わってしまうかもしれない。それだけは、何としてでも阻止しなければ。
私は知恵を絞って、カオスシュラームをどうにかできないかと考えを巡らせた。
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