第四話:呪いに近い何か
森の奥に行けば、お母さんがいる泉がある。
ただ、今日は少し不可解なことがあった。
森にはいわゆる上級精霊と呼ばれる高位の精霊がよく集まっているのだけど、今日はその姿をほとんど見ない。
一応、遠くからちらちらとこちらを窺っている精霊はいるが、近寄っては来ないようだ。
いつもなら、私が来れば嬉々として寄ってくるのに、どうしたんだろう。
不思議に思いながらも、今はこの子だと思い、森を進んでいく。
しばらくして、泉へと辿り着く。お母さんは、いつものようにそこにいた。
「あら、ハク、いらっしゃい。精霊が怯えているけど、何を持ってきたのかしら?」
「怯えてる? あ、えっと、この子なんだけど……」
私は訝しみながらも背負ってきた子を泉のほとりに横たえる。
それを見た瞬間、お母さんは顔をしかめていた。
「この子はフルーシュね。死んではいないようだけど、生きているとも言い難い状態。一体どういうこと?」
「三日くらい前に、聖教勇者連盟の人が保護したらしいんだけど、その時からずっと目を覚まさないんだって」
「それはそうでしょうね。精霊光を完全に覆われてしまっている。人間で言うなら、ずっと息を止められているようなものよ」
そんな状態なのか。
となると、あの光景は息継ぎをしようと必死にあがいているってことだろうか?
「お母さん、これは何なの?」
「わからないわ。私もこんなのは見たことがない」
「お母さんですら知らないもの……」
お母さんはそこら辺の精霊とはわけが違う。精霊の女王であり、遥か昔から存在し続ける生き字引だ。
それに加えて、各地に散らばる精霊の噂話を常に受け取る立場にあり、その情報網は海よりも広いと思う。
そんな人が知らないというのだ。かなりの異常事態と言えるだろう。
正体不明の影。しかも、このまま放っておけばこの子は消滅してしまうと確信できる状況。私は焦りを感じざるを得なかった。
「見た限り、性質は呪いに近いかしら? この子の体を蝕んで、何かに作り替えようとしているんだと思うわ」
「作り変える? 消滅させるんじゃなくて?」
「本来の呪いは、相手に契約を守らせるために、約束を破ったら苦しみを与えるためのもの。殺してしまったら意味がないし、今言われている死の呪いと言うのは後に開発されたものよ」
「なるほど」
「この子についているのはとても古いものだと思う。その分、とても強固で手が出しづらい。まずい状況ね」
性質自体は呪いに近いが、呪いではない何かと言うことだろうか。
古き時代から伝わる、一子相伝の秘術とか?
昔の精霊がどういう立場にあったかはよくわからないけど、精霊にすら隠匿できるような技術でもあったんだろうか。
もし仮に、そう言う秘術が原因なのだとしたら、この子、フルーシュさんはそれに触れたということになる。
何者かにかけられたのか、自然に形となっていたものに不用意に触れてしまったのか、あるいはまったく別の原因か。どれかはわからないけど、彼女がいた場所に何かヒントがあるかもしれない。
「お母さん、私、この子が倒れていた場所に行ってみる。何か手掛かりが掴めるかも」
「わかったわ。私もこの症状をどうにか和らげられるようにして見るわね」
「お願い」
さて、そうと決まればまずは聖教勇者連盟だ。
神代さんの話によれば、彼女が見つかったのは三日前、魔物討伐隊の人達が偶然見つけて保護したとのことだった。
まずはそれがどこなのかを知る必要がある。
私はユーリに目配せをして、転移魔法で聖教勇者連盟へととんぼ返りした。
「あれ? ハクちゃんなのです! いらっしゃいなのです!」
聖庭に降り立つと、そこに偶然、転生者の一人であるシンシアさんが通りかかった。
嬉しそうに近づいてくるが、今は世間話をしている時間も惜しい。
私は少し食い気味に近づくと、フルーシュさんを助けたという討伐隊のことを問いただした。
「シンシアさん、三日前にここに運ばれたという女の子を助けたのは誰ですか?」
「三日前、なのです? それなら、シュピネルちゃんだと思うのです。アイリーンちゃんと一緒に行っていたと思うのです」
「二人はどこに?」
「今の時間なら部屋にいると思うのです」
「ありがとうございます!」
「あ、ハクちゃん……」
後ろで何か言っているが、今は時間が惜しいのだ。後で埋め合わせするから今は許してほしい。
シュピネルさんは確か家も持っていたはずだが、寮にも部屋を持っている。部屋と言っていたからいるのは多分そちらだろう。
ダッシュで向かうと、ちょうど二人が部屋から出てくる場面に出くわした。
「シュピネルさん!」
「あら、ハクじゃない、どうしたの?」
「聞きたいことがあります。すぐに答えてください」
「何をそんなに慌てているのよ。ひとまず落ち着いたら?」
「……すいません、ちょっと気が急いてしまって」
よく考えてみれば、ここで慌てたところでどうにもならない。
もちろん、できる限り急ぐ必要はあるだろうが、急ぎすぎるあまり調査が疎かになったらいけない。
特に、場所なんて最重要だろう。ここを慌てるがあまりに聞き逃して無駄な時間を過ごすよりは、きちんと冷静に聞いた方がいいに決まってる。
大丈夫、あの子はお母さんが何とかしてくれるはずだ。私はできる限り早く、そして確実に情報を集めるべきである。
「それで、どうしたの?」
「はい、三日前に、気絶した少女を助けたと聞いたのですが、どこで助けたのですか?」
「ああ、あの子? あれは、どこだったかしら?」
「ルナルガ大陸のとある農村の近くだったはずよ。覚えているわ」
「そう、ね。そこの近くにある川のほとりに倒れていたんだった」
「ルナルガ大陸……」
寄りによってそこなのか。
この大陸や、オルフェス王国があるシャイセ大陸だったらまだ行ったことがある場所も多いけど、ルナルガ大陸はほとんど行ったことがない。ヒノモト帝国くらいだ。
そこの農村となると、一発で転移ができない。地名がわかれば飛べるかもしれないけど、一日や二日では難しそうだ。
「そういえば、あの子はハクが連れて行ったって聞いたけど、どうなったの?」
「詳しいことはわかりません。ですが、早くどうにかしないと命が危ういのは確かです」
「なるほど、それで焦っていたのね」
「はい。……その場所って、頼んだら転移魔法で飛ばしてくれますか?」
「行けると思うわ。私達も近くに飛ばしてもらったし、空きがあればすぐにでも行けると思う」
「なら、私はすぐにそこに向かいたいと思います」
「何か手掛かりが必要なのね。私達が見つけた時は、特に異常はなかったように思えたけど……」
「あまりお役に立てなくてごめんなさいね?」
「いえ、場所を教えていただいただけでも十分です。ありがとうございます」
ひとまず、場所は何となくわかった。
後は転移魔法の空きがあるかどうかだけど、最悪そこは神代さんに何とかしてもらうとしよう。
パッと見た限りで何も異常がなかったなら、すぐに情報が見つかるかはわからないが、行かないことには始まらない。
とにかく、できるだけ迅速に調べてみるとしよう。
私は二人にお礼を言うと、再び転移魔法の部屋へと向かった。
感想、誤字報告ありがとうございます。




