第三話:悍ましい光景
見た限り、何ら異常はないように見える。
いや、魔力が明らかに普通じゃない動きしてるから、異常なのは確かだろうが、それ以外は特に違和感はない。
ただ単に気絶しているだけならば、とっくに目覚めているだろう。魔力の動きが完全に止まっているならともかく、これだけ動いているなら、活動は可能なくらいのエネルギーは残っているはずである。
何かを見落としている? いったい何を……。
「精霊光がなくなったら、普通は消滅するはずだよね……」
「うん。逆に言えば形を保っている精霊なら絶対に精霊光はあるはず。なのに、それが見えない」
「消えてないってことは、精霊光が消えたわけじゃないってことかな。隠されてるってこと?」
「もしかしたらそうかも。でも、どうやって?」
魂をいじくること自体は可能だけど、魂を隠すのは無理がある。
そりゃ、人の魂は普通は見えないけど、精霊はそれが見えやすい。人が見たならともかく、同じ精霊である私が見て、それが見えないなんてことはないだろう。
ならば、何かが隠してる。でも、隠蔽魔法のような痕跡は見当たらない。
「うーん、無断で申し訳ないけど、ちょっと精霊の抱擁を試してみようか」
精霊の抱擁とは、体を霊体化させて、相手の体をすり抜ける行為である。
私はこれを応用して、相手の魂に直接触れることができる。
以前は、これで呪いを解いたりもしたし、精霊光の在り処がわかれば何か進展するかもしれない。
アリアにも許可を求めたら、試してみる価値はあると返ってきたので、さっそく試してみる。
大抵の場合、魂も精霊光も胸の辺りにあるのが普通だけど、果たしてどこにあるのか。
「失礼しますよ……っと」
手を霊体化させて胸に沈めていく。
少し変な感じだけど、別に痛みはない。後は下手にかき回しすぎて精霊光を散らさないように注意しないとかな。
まあ、まずは見つけないと話にならないけど。
「どこに……ッ!?」
その手が何かに触れた瞬間、私の脳裏におぞましい光景が繰り広げられた。
暗闇が支配する世界、まるで墓標のように乱立する長方形の石柱、そこにポツンと漂う一人の少女。
彼女は逃げていた。辺りを統べる影から、暗闇から、暗黒から、ありとあらゆる黒から逃げていた。
この暗闇は普通じゃない。まるで一つ一つが意思を持ったように動き、スライムのように伸縮し、少女を絡めとろうと迫ってくる。
それが少女に触れる度に、触れられた部分が腐っていく。
まるで腐敗が進みすぎた野菜のように、少し動くだけでボロボロと崩れ去っていく。
少女は悲鳴を上げながら逃げ回っている。幸い、空を飛べるというアドバンテージがあるおかげでまだ逃げることはできているようだが、体の様子を見る限り、今までにも何度か当たっているのだろう。
片腕はだらんと垂れ下がったまま動かず、足に関してはすでに膝から先がない。
逃げ場などどこにもない地獄のような場所。そんな光景が延々と繰り返された。
「くぅ……ッ!」
私は慌てて腕を抜いた。
汗が滝のように流れていく。冷や汗が止まらない。あれはいったい何だったのだろうか。
幻覚? いや、幻覚などで済むわけがない。
あれは恐らく、呪い。いや、それよりももっと悍ましいものかもしれない。
私も、あれ以上手を突っ込んだままだったら引き込まれていたかもしれない。
まさかとは思うが、この少女はずっとあれと戦っていたの?
「ハク、大丈夫?」
「う、うん、ありがとう……」
ユーリが汗をぬぐってくれる。
しかし、あれはなんだったんだ?
覚えているのは、精霊光を探していた時に何かに触れた。そして、その瞬間にあの地獄のような光景が繰り広げられた。
状況から察するに、あの逃げていた少女はこの子自身だろう。あるいは、精霊光そのものかもしれない。
では、追いかけていた黒い影は?
あんなものは見たことがない。一応、影に擬態するゴーストとか、そう言う魔物はいないことはないけど、あれはそんな生易しいものではなかった気がする。
見ているだけで怖気が走る感覚。強いて上げるなら、竜殺しの神剣であるノートゥングを見ていた時のような感覚だろうか。
事情はよく呑み込めないけど、一刻も早く何とかしなければ、この子の命が危ういということだけはわかった。
「凄い汗だけど、大丈夫?」
「はい、何とか。でも、これは私では手が余るかもしれません」
これが仮に、呪いの類だとするならば、魂に張り付いた呪いの繋がりを剥がしていけば解呪も可能だろう。
ただ、そもそも触れただけであの地獄のような光景を見せられたと考えると、呪いではないか、もっと強力な呪いと言う可能性が高い。
私ができるのは、せいぜい時間をかけてゆっくり剥がしていく雑な方法だけ。これは、その方法では無理だろう。
ならばやるべきことは一つである。
「お母さんの下に連れて行きます。早くしないと手遅れになっちゃうかも」
「そんなに危険な状態なのかい?」
「はい。ですので、お借りしていっていいでしょうか?」
「わかった。僕もその子は助けたい。ハクちゃん、頼んだよ」
「はい。ユーリ、アリア、行くよ」
「うん」
「わかったよ」
少女をそっと抱きかかえる。
一瞬、またあの光景が見えるんじゃないかと躊躇したが、ただ触る分には何も問題はないらしい。
とにかく、早くあの光景の正体を突き止めないと。
私は背中から翼を生やし、飛ぶ準備をする。
間に合うかはわからないけど、できるだけ急いでいくとしよう。
「ハクちゃん、急ぐなら転移魔法を使ってもらえばいいよ。ハクちゃんの転移魔法は、一人しか飛べないんだよね?」
「そう、ですね。お願いできますか?」
「連絡はしておくから、使うといいよ」
「ありがとうございます」
すぐに通信魔道具で連絡を取る神代さんを見て、予定を変更する。
いくら私が飛ぶのが早くても、ここからだと結構な時間がかかる。転移魔法ですぐに着けるならそっちの方がいい。
ただ、ここの転生者は竜の谷まで行ったことはないので、飛べるのはその手前の村までだ。それでも、そこまで飛べれば目の前だから短縮にはなる。
「待っててね。すぐに助けてあげるから」
私は転移魔法の使い手に頼み、みんなを一緒に転移させてもらった。
転移した先で、翼を展開し、すぐさま竜の谷へと急ぐ。
「竜の谷、久しぶりだな……」
「最近は行ってないの?」
「ハクと一緒に行ってるからいいかなって」
まあ、確かに私が行く時は一緒についてきているから個人的に行く必要はないのかもしれないけど。
でも、いつも私がお父さんとお母さんを独占していて、ユーリはそれを眺めてるってだけのパターンが多いから、ちょっと申し訳ない気持ちにはなる。
一応、その後で話してはいるようなのだけど、退屈じゃないのかな。
「今はそれよりその子でしょ」
「そうだった。お母さんの所へ急ごう」
出迎えてくれたホムラの挨拶もそこそこに、お母さんがいる森へと急ぐ。
ちゃんと無事に助かってくれるといいのだけど……。
感想、誤字報告ありがとうございます。




