第二話:眠りに落ちた精霊
準備を済ませ、転移魔法で聖庭へとやってくる。
ここも結構様変わりしたように思える。
以前、私は地球からいくつかの本を持ち帰ったが、その情報が一部聖教勇者連盟に流出してしまったようで、一時期騒ぎになったことがある。
まあ、現物を見られたわけではなかったから、どうやって本を手に入れたんだとかにはならなかったけど、そんな詳しい情報を知っている転生者なんていたかと犯人探しが始まり、私のところまで回ってきた。
まあ、うまくごまかしたので、最終的には先に転生していた人が残したノートの情報、と言うことになり、今は犯人捜しよりもそれを使っていかに技術を進めるかが肝になって、自然消滅していった。
おかげで、セフィリア聖教国はかなり時代を先取りした国へと生まれ変わりつつある。
今は鉄道の敷設をどうしようかって話をしてたかな。蒸気機関の技術も流れていったようなので、転生者達の能力をもってすれば、再現は十分可能だろう。
もし鉄道が敷かれることになったら移動の不便はだいぶ解消されそうではあるけど、どうなんだろうね。
まあ、それは今は置いておこうか。
花壇には様々な花が咲き乱れ、地面に掘られた溝に水が流れている。
相変わらず美しい場所だけど、すでに何回も見ているのでそこまでの感動はもうない。
さっさと呼ばれた理由を明らかにしようと、私は神代さんに会いに行くことにした。
「神代さん、こんにちは」
「あ、ハクちゃん。いらっしゃい」
急に訪れたにもかかわらず、神代さんは気さくに挨拶してくれる。
神代さんも立派になったものだ。見た目こそまだ高校生くらいだけど、佇まいは立派な大人だもんね。
神代さんには地球に行ける魔法陣のことも話したけど、結局帰らなかったんだったかな。
神代さん自身は未練がないわけではないみたいだったんだけど、それ以上に、守らなければならないものができてしまったと辞退していた。
もし帰る時は、役目を終えて、自分が必要とされなくなる時だと言っていたし、もう半分くらいこの世界で骨を埋める覚悟をしているのかもしれない。
まあ、実際戻ったところでって感じはするんだよね。
時間差を考えると、神代さんがこの世界に来たのが大体7年前で、こちらの世界での一か月があちらの世界での一日と考えるなら、大体三か月弱だろうか。
それしか経っていないなら、まだ行方不明者として捜索されていそうだし、十分戻れるタイミングはあるだろう。
ただ、神代さんに備わってしまった数々の耐性や能力はどうなるだろうか。
消えてなくなるのであれば、そのまま平穏に暮らせると思うけど、もし残ったままだとしたら色々大変だと思う。
火だるまになろうが、雷に打たれようが、瓦礫に押し潰されようが、神代さんはびくともしない。この世界にないからわからないけど、多分核とか食らっても生きてそうな気がする。
それを隠しながら暮らすのって、難しくないだろうか。
まあ、見た目は別に変っているわけじゃないし、うまくセーブできるならいけるかもしれないけど、いつか何かやらかしそうで怖いというのが本音だ。
もちろん、神代さんはそう言うところは几帳面だし、確率は低いとは思うけど、一生何事もなく過ごせるかなんて確約はできないだろうしね。
それを気にしたという可能性もなくはないけど、今のところ神代さんに地球に戻る意思はないようである。
「ユーリちゃんもこんにちは」
「こんにちは。でも、ちゃん付けはやめてください。今の僕は男なので」
「あ、うん、そうだね。ごめんね」
ユーリの細かい指摘に神代さんは苦笑いしている。
まあ、確かに体型とかは男寄りだし、よく見ればわかるけど、顔立ちは中性的だからわかりにくいっちゃわかりにくいんだよね。
それに、元の性別を知っていれば女性扱いするのはある意味当然だし、そこらへんは面倒な体になったものである。
別に女性に戻してもいいけど、まあそこまで重要なことでもないし、ユーリ自身今は男性の体の方が気に入ってるっぽいので今はやめておこうか。
「何かあったみたいですけど、どうしたんですか?」
「あ、うん。見た方が早いと思うから、ついてきてくれる?」
「わかりました」
神代さんの案内の下、場所を移動する。
連れてこられたのは、寮の一室だった。
この寮は、聖教勇者連盟に所属している人のみが使える場所であり、併設されている学校に通う人が利用する場所でもある。
まあ、最近はあんまり人が入ってこなくて使う機会もないようなのだけど、だからこそ、空き部屋に置くにはちょうどいいとのことだった。
「これは、ショーティー、ですか?」
部屋に置かれたベッドに寝かされていたのは、一人の女性だった。
かなり背が低く、私とどっこいどっこいである。なので、ぱっと見では小人族であるショーティーに見えないこともない。
ただ、神代さんはそれに否を唱えた。
「僕も最初はそう思ったんだけどね。でもここを見て」
「羽、ですか」
「そう。羽が生えた種族はたくさんいるけど、小さくて羽が生えているとなると、妖精か精霊じゃないかなって」
「だから私を呼んだんですね」
「そういうこと」
妖精は手のひらサイズくらいの大きさが主流だが、精霊ともなれば完全に人間と同じくらいの身長の者もいる。
お母さんなんかはその中でもかなり大きい方だろう。
精霊が隠密を解いて姿を現しているのはかなり稀ではあるが、ないことはない。何らかの理由で気絶してしまい、隠密が解除され、そこを聖教勇者連盟が見つけて保護した、と言うのが妥当な線だろうか。
「この人はいつからここに?」
「三日前くらいかな。魔物駆除に出ていた部隊から連絡があって、そこで保護したみたい。外傷はなくて、呼吸もしてたから、すぐに目を覚ますだろうってことで寝かせておいたんだけど、一向に目覚めなくてね。見た目からして精霊っぽいし、ハクちゃんなら何かわかるかなと思ってきてもらったんだ」
「なるほど」
見た感じ、確かに怪我などはしていない。服装は白いワンピース姿で、白と黒、そして少しの水色が入り混じったような髪が特徴的だろうか。
見た目だけでは特に何の異常も認められないけど、では内部はどうだろう。
私は体内の魔力の流れを見て見る。すると、かなり荒れていることがわかった。
確かに精霊の体の魔力は絶えず流動しているけど、ここまで激しいのは見たことがない。もはや激流の域だ。
こんなに激しく魔力が動いたら、かなり消耗も早そうだし、下手したら内側から体を傷つけてしまう結果にもなりうる。
精霊は魔力生命体だから、魔力そのものが臓器であり血である。それがこんだけ激しく動き回っていたら、そりゃ意識も失ってしまうというものだ。
「アリア、どう思う?」
「知らない子だけど、多分川の精霊じゃないかな。でも、かなり消耗してるし、何よりおかしいのが精霊光が見えないことだね」
「やっぱりそれが気になるよね」
精霊には、精霊光と呼ばれる、人で言うところの魂のようなものがある。
精霊はこれを散らされると存在を保てなくなり消滅し、しばらくしたらまた新たな妖精となって生まれるのだ。
これが見えないってことは、この精霊はすでに死んでいると言ってもいいはずだけど、実際にはこうして体を保っている。
魔力も動いているし、死んでいるわけではなさそうだ。でも、生きているとも言い難い。
一体どういうことだ?
私はもう少し詳しく調べてみようと、顔を近づけた。
感想ありがとうございます。




