第七十六話:脱出
フードの下から現れた少女はとても可愛らしい顔立ちをしていた。
肩口ほどで切りそろえられたピンクの髪に透き通るような空色の瞳。まるで人形のように整った顔立ちは武骨なローブはとても似合わない。
「お前、結構胆力あるな。そうでなくちゃ面白くない」
彼女は私の頭をそっと撫でると、再び椅子へと戻す。
頭が揺れ、倒れそうになるのを直し、再び目線を合わせてくる。
「まあ、心配するなよ。お前の姉ちゃんもすぐに連れてきてやるから」
無邪気な子供のような笑みを浮かべながら喋る女の子。
しかし、口ぶりからして奴らの仲間であることに間違いはないだろう。
それにお姉ちゃんもすぐに連れてくるって、お姉ちゃんまで狙ってるってこと!?
「おお、動揺してる。そんなに焦らなくてもすぐに連れてくるって。それまで大人しくしてなよ? ま、動けないだろうけどな」
彼女はそういうと立ち上がり、部屋から立ち去った。
よくわからないけど、お姉ちゃんが狙われているということはわかった。
このことを伝えなくちゃ!
『アリア、いる?』
『ハク!? 大丈夫? 生きてる?』
喋れはしないけど、【念話】を使うことはできるようだ。
私の目の前に血相を変えた様子のアリアが現れる。
『だ、大丈夫なの?』
『うん、一応。全く動けないけどね』
『そう……でも生きていてよかった。ハクがぬいぐるみにされちゃった時は死んじゃったのかと思ったから……』
まあ、確かにぬいぐるみの姿になったら生きているとは思わないか。喋れも動けもしないし。
『何があったか教えてくれる?』
『うん、わかった』
私と常に一緒にいるアリアは私の身に何が起こったのかすべて把握しているようだった。
路地裏で攫われた私はそのまま中央部に連れていかれたらしい。ここは中央部にあるとある屋敷の中で屋敷の人間は皆奴らの仲間だということだ。
その後、この部屋に連れてこられ、しばらくするとさっきの女性が現れた。女性が私に手を翳すと、その瞬間私の姿はぬいぐるみへと変わってしまったらしい。
止める暇もなかったらしく、必死に呼びかけても応答がなかったことから死んでしまったと思っていたらしい。
それでも私の下を離れなかったのは一縷の望みに掛けたからだろう。実際、私はただ気を失っていただけで、こうして生きているのだからその判断は正しかったと言える。
『なるほどね。その私をぬいぐるみにした魔法、見たことある?』
『ないね。私も初めて見た。魔法というより、スキルの方が近いかもね』
『特殊スキルってわけね』
人をぬいぐるみに変えるなんて普通じゃありえない。妖精のアリアが知らないというのだから、かなりのユニークスキルだろう。
あんな女の子がそれを持ってるなんてとても信じられないけど、あの様子を見る限り真実なんだろうな。アリアが嘘を言うとも思えないし。
『ねぇ、アリア。助けを呼んできてくれる? 後、お姉ちゃんが狙われてるってことを伝えてほしいの』
『ハクは一人で大丈夫なの?』
『多分、今すぐどうこうされることはないと思う。でも、出来る限り脱出を試みてみるよ』
動けない体ではあるけど、手がないわけじゃない。それより今は、お姉ちゃんの安全を確保してほしい。
『わかった。すぐに戻ってくるからね』
アリアはそういうと再び隠密し、周囲の景色に溶け込んでいった。
よし、これで助けに関しては大丈夫だろう。
お姉ちゃんがあいつらに後れを取るとは思えないけど、用心するに越したことはない。
後はできる限り逃げないとだね。
あの口ぶりからしてお姉ちゃんと私を揃えようとしている気がするから、お姉ちゃんが捕まるまでは私は何もされないと思う。しかし、だからと言ってただ待っているだけというわけにもいかない。やれるだけのことはしなければね。
さて、まずは探知魔法だ。
私お手製の探知魔法なら家の中だって大体把握することが出来る。
ふむ、今のところ近くには誰もいないようだ。さっきの女性も見当たらない。
若干精度が下がっているように思うけど、まあ多分大丈夫だろう。
次はこの部屋からの脱出だ。
私は風魔法を発動させ、自らの身体を持ち上げる。
見た目通り、体重も軽くなっているらしく、持ち上げるのにそれほど苦労はなかった。後は風を操って移動できれば完璧。
かなりの精度を必要とするけど、やってやれないことはない。人間の時と違って魔力の必要量が違うのが少しやりにくいけど。
ふよふよと体を浮遊させると、ようやく辺りの様子を確認することが出来た。
扉は……右の方か。魔法でそっと扉を開くと、廊下に出ることが出来た。
廊下も小綺麗で清掃が行き届いていることがわかる。置いてある調度品からしてもやはり貴族の家なんだろう。
奴らは貴族との繋がりはないと思ってたんだけどな。資金工面的な意味で。
まあ今はそれはいい。さて、脱出経路は……。
見たところ廊下は左右に続いている。右手は突き当りに扉、左手の先は曲がり角で道が続いているようだ。
エントランスは……いや、馬鹿正直に玄関から出る必要はないか。
廊下にはいくつかの窓がある。それを開けて外に出てしまおう。
魔法でちょいちょいと鍵を開け、外に出る。
見つからないうちにさっさと屋敷を離れよう。
ふよふよと空を漂い、何とか見つからずに屋敷から離れることが出来た。
見張りは全然いなかったし、しばらくの間は脱走に気付かれることもないだろう。そもそもこうやって動けること自体想定外だろうしね。
とはいえ、流石に自分の身体を持ち上げて制御するのも辛くなってきた。
元々精密な作業が必要な魔法を使っているのにさらに通常より魔力を食うもんだから消費が半端ない。あと一時間も飛べば魔力切れになるかも。
それまでに安全な場所まで逃げなければ。
とはいえ、ここは中央部。宿やギルドがある外縁部までは遠すぎるし……中央部で知り合いというと、アリシアさんかな。
アリシアさんは色々と事情を知っているし、匿ってくれるかもしれない。同じ中央部内だったら間に合うだろう。
そうと決まれば早速移動だ。
人目につかないように慎重に。ぬいぐるみが空を飛んで移動してるなんて人に見られたら軽くホラーだしね。それに万が一奴らの仲間にでも見つかったら大変だ。
一度高く飛んで場所を確認し、その後は裏路地などを通って進む。
慎重に進んだせいで思ったより時間がかかってしまった。目的のアリシアさんの家に辿り着く頃には魔力切れ寸前で、ただ浮いているだけでも辛い。
やばい、意識飛びそう……。
なんとか屋敷の前まで飛び、そこで力尽きた。
ぽとりと地面に落下し、うつ伏せで倒れ込む。
ぬいぐるみの身体のせいかそこまでの衝撃はなかったけど、少し痛かった。痛覚はちゃんと残ってるんだね。
限界が近かったこともあり、私はそのまま意識を手放した。