幕間:卒業旅行
主人公の親友、シルヴィアの視点です。
卒業旅行。それは以前から計画していたものだった。
学園に通っている間、私達は家から離れ、寮暮らしとなっていた。
お父様とお母様に会えないのは少し寂しいけれど、メイドを除けば自分達だけで生活できるというのはなかなかに面白く、実りあるものだった。
しかし、それもこれで終わり。であれば、最後の思い出作りとして、卒業旅行に行くのも悪くはない。
一応、許可は取っている。流石に、学園の行事とかならともかく、完全な私的理由で旅行なんて行ったら迷惑がかかっちゃいますからね。
「ついに明日は出発の日ですね。皆さん、準備はよろしいですか?」
「もちろんですわ!」
「はい、何度も確認しましたよ!」
「ふふ、楽しみだね」
出発前夜、私達は同室のマーテルさんとローズマリーさんとベッドに入りながら語り合っていた。
目的地である星降りの丘は、王都からだと馬車で五日ほどの距離にある。
平原地方であり、近くに町もないため移動に馬車は必須だ。
一応、一番近い町が観光地として推しているようだが、星降りの丘にあやかって色々とグッズやらお菓子やらを売っているだけで、別に整備などをしているわけではないらしい。
自然なままの絶景というわけだ。
行くのがかなり手間な場所ではあるけど、なんともロマンチックな響きだし、候補の中ではかなり魅力的に見えた。
場所と時間の関係上、そこで野宿することになるけれど、まあそれも旅行の醍醐味の一つと考えれば楽しいものだろう。
「長旅になりますからね。荷物はきちんと用意しておかなければ」
「早く明日にならないかなぁ」
「それ、何回も聞きましたよ?」
「まあ、気持ちはわかるけどね」
明日が待ち遠しいのはみんな一緒である。
なにせ、今回の同行メンバーの中にはあのハクがいるのだから。
ハクサリ同好会は今でも健在である。そして、二人はそのメンバーだ。
であれば、そんなハク、そしてサリアさんがメンバーに加わるとなれば楽しみにならないはずがない。
私達は普段からよく接触しているからそこまで違和感もないけれど、二人からしたらあまり近寄る機会がないから楽しみの度合いが違うだろう。
こうして寝る前にはしゃいでしまうのも無理はない。
「ねぇ、星降りの丘に行ったら、何をお願いする?」
星降りの丘は、その名の通り星降りを見ることができる丘である。
特に冬では目撃例が多いらしく、この時期を狙って観光に行く人も少なくない。
そして、そんな星降りには言い伝えのようなものがあって、星が消えるまでに三回お願い事を言えたらその願いは叶うというものだ。
特に、恋愛成就にはかなり効果があるらしく、星降りの丘を訪れたカップルが後に結ばれるケースは多いらしい。
もちろん、別に恋愛面だけに絞るわけではないけど、そういう言い伝えはロマンチックでいいと思う。
「私は仕事がうまく軌道に乗りますように、ですわね。これから起業することですし」
「私もそれですわね。ハクサリを普及するためにも、最初で躓くわけにはいきませんもの」
私とアーシェは卒業後、出版社を起業すると決めている。
もちろん、まだ起業の資金も貯まっていないし、土地だって確保していないからしばらくは資金を集めるために奔走することになるでしょうけど、それでもハクサリ本という尊い本を世に出回らせるためにもスタートダッシュは重要だ。
一応、すでにハクサリ同好会の面々から何人かが就職希望を出されているので、起業までにそう時間はかからないと思う。
「まあ、確かにそれは大事ですよね。私も就職しますし」
「私も就職したかったなぁ。私は家に戻ってくるように言われているから無理だよぉ」
ローズマリーさんのように家の事情で泣く泣く就職を諦めたという人もいる。
そういう人達の思いを無駄にしないためにも、頑張って盛り立てていかないとね。
「ローズマリーさんはどういう願い事をするんですの?」
「私ですか? ハクサリも大事ですけど、願い事として叶えるとしたら、やっぱり健康でしょうか。健康でなければ仕事もできませんしね」
「堅実ですわね」
「人のこと言えないと思いますけど?」
まあ、確かに起業した時に失敗しないようにというのは現実的な願いかもしれない。
別に、これはあくまでただの言い伝えであり、そんな真面目に考える必要はないのだ。
それこそ、欲望に従ってハクサリが見たい! とお願いするのだっていいと思う。
だけど、流石にハクの目の前でそれを言うのは憚られるし、他の人もたくさん来ると思うと堅実な願いにならざるを得ない。
ローズマリーさんだって、多分そういう理由でしょうしね。
「マーテルさんは?」
「まあ、似たようなものかな。家がうまくいきますようにってところ」
家の繁栄も立派な願いだろう。
欲望に従ったら多分全員ハクサリを所望するだろうけど、真面目に考えるのならこんなところか。
叶うかどうかはわからないけど、みんなでお願い事をするというのが大事なのだし、これは形だけで構わない。
「ハクさんは何を願うかな?」
「うーん、ハクのことですから、平穏に暮らしたい、とかじゃないでしょうか」
以前、ハクの正体を明かされたけど、ハクは竜としてではなく、人間としての暮らしを望んでいる。
これまでも何度も事件に巻き込まれているし、いつもお姉さんとお兄さんに会いたいと言っていたから、その二人と一緒に平穏に暮らすことが願いじゃないだろうか。
まあ、今回はそのお姉さんとお兄さんも来るようだけど、二人の願いも概ね同じのような気がする。
なんだかんだ、似ていますからね、あの人達は。
ついでに考えると、サリアさんはハクと一緒にいたい、かしらね。
ハクがいない時はいつもハクの姿を探していたし、年齢に似合わず甘えん坊だと思う。まあ、それが尊いんですけどね!
エルさんはどうだろう、竜らしいけど、やっぱりハクの幸せを願うのかしら?
カムイさんに関しては、よくわからない。ハクのことをライバルのように思っているようだし、勝てるように、とか?
なんだか、ハクのことを考えているせいかみんなハクに関係ある願いになっちゃった気がしますわ。
「……さて、そろそろ寝ないと明日に響きますわね。明かりを落としますわよ」
「ええ。お休みなさい」
「お休みなさい」
「お休みー」
ついていた明かりを消して、改めてベッドにもぐりこむ。
明日は朝早くから出発だというのに、寝坊したら目も当てられないしね。
星降りの丘、どんなところなんだろう。空は綺麗だと聞いているけど、周りも同じくらい綺麗なのかしら?
まあ、どちらにしても、そこに行くと決めた以上は何であっても思い出作りを頑張るだけである。
私は興奮でさえている眼を無理矢理閉じながら、楽しい旅行に思いをはせた。
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