幕間:未来への賭け
主人公の友達、サルサークの視点です。
僕の夢は、刻印師になっていろんな武器や防具に刻印魔法を刻むことだった。
刻印魔法に興味を持ったのは5歳の頃。お父さんが持ってきた本に、刻印魔法の記述を見つけたのがきっかけだった。
その頃はお母さんも生きていたので、よく家で本を読んでもらったのだけど、お父さんが持ってくる本は何というか、難しい本ばかりで、あまり面白いものではなかった。
でも、刻印魔法という言葉には不思議と興味を惹かれ、そのままお母さんに聞いたのが始まりだったと思う。
それからというもの、僕は刻印魔法という言葉を探すようになった。
あちこちで刻印魔法という言葉を見つけ、それがどういう意味なのかを知り、自分でもやってみたいと思ったんだ。
お父さんもお母さんも、大きくなったらやってみるといいと言ってくれて、たまに刻印魔法が施された防具なんかを持ってきてくれたりして、子供の僕は意味もなく喜んでいた。
成長していくにしたがって、刻印魔法の仕組みもわかってきて、お小遣いを使って刻印に必要な道具も揃えて、実際にやってみた。
と言っても、刻印魔法の指南書を貰っていたわけではないからその形は見様見真似であり、とてもじゃないけど刻印魔法として発動するようなものではなかったけど。
でも、こうして刻印を刻む作業は商人としての勉強よりもよっぽど楽しいものだったし、僕はますます刻印魔法の憧れを強めていった。
僕はお父さんに改めて刻印師になりたいと告げたが、その頃にはお母さんもいなくなっていて、お父さんも、そんな寝ぼけたこと言ってないで俺の跡を継げるように勉強しろと言ってきた。
子供の頃は肯定していたのに、この心変わりである。
もちろん、お母さんがいなくなって少し苦しくなったというのはあるだろうが、それでも未だに大きな商会であるということに変わりはない。
新たに結婚する気もないらしく、跡継ぎは僕だけという状況で、余裕がなくなったっというのもあるだろう。
だけど、それでも、僕は夢を諦めきれなかった。
11歳になり、魔法学園に入学できるようにしてくれたのは一番の幸運だろう。
ここならば、刻印魔法について学ぶこともできることは知っていたから。
僕の腕はなかなかいいらしく、担当の先生も絶賛してくれて、卒業後は刻印師になれるように就職先を探してくれるとも言ってくれた。
刻印師は中級以上の冒険者には需要があるし、騎士だってほぼ全員が刻印魔法の施された武器や防具を持っている。
もし、刻印師になることができるのなら、お父さんだって認めてくれるだろうし、これはチャンスだと思った。
でも、もうすぐ卒業するという折になって、決まっていたはずの就職先からケチが付いた。
なんでも、平民では刻印師になれないらしい。
もちろん、刻印師になるのに身分など関係ない。きちんと技術さえ持っていれば、就職は可能だということは調べている。
先生だって、だからこそ国お抱えなんて言う高いレベルの工房を紹介してくれたのだし、身分を理由に断られるのは想定外だった。
刻印師で今以上に稼ぐためには上級の工房に就職する必要がある。そうでなければお父さんは認めてくれない。
結局、最大のチャンスを目の前にしながら、僕はそれを掴むことはできないのだ。
このままお父さんの跡を継いで、ごく普通の商人として暮らしていくのがお似合いなのかなと、そう思っていた。
でも、そこに現れたのがハクさんだった。
「お客さんのことなら私が何とかしますので、任せてください」
工房に就職するのでもなく、ただお父さんの跡を継ぐのでもなく、もう一つの可能性。跡を継ぎながら刻印魔法もやるという道をハクさんは示してくれた。
もちろん、刻印魔法の技術は結構専門的なものだから、きちんとした刻印師でなければよっぽどのことがなければ依頼など来ない。だけど、通常の刻印師に頼めるほどお金はないけど、刻印魔法をしてほしいと思う人はそれなりにいるらしい。
ハクさんはそういう人達にコネがあり、僕がそういう商売を始めた暁には紹介してくれるのだとか。
どうしてハクさんがそんなことを言ってくれたのかはわからない。ハクさんはただ、偶然刻印魔法の授業が一緒になっただけの間柄であり、そこまで話すような仲でもなかった。
むしろ、いじめっ子から助けてくれた恩人であり、僕が何かを渡すならまだしも、ハクさんが僕に何かを渡す理由がわからなかった。
「サルサーク君は十分役に立ってくれましたよ」
理由を聞いてみると、ただそういうだけだった。
何がハクさんの琴線に触れたのかはわからないけど、このチャンスを逃す手はなかった。
お父さんもよく言っている。チャンスは絶対に逃すなと。
仮に、この後ハクさんが何かを要求してきたとしても、今までさんざん助けられてきたのだから、それくらい返せないでどうする。
ここは厚意に甘えることになっても、乗ったほうがいいと思った。
「……ふむ、なるほど。それで、俺の店を継ぐ気になったが、その傍らで刻印師の真似事をやりたいってことか?」
「そ、そうです……」
後日、アンジェリカ先生と共に実家に帰ると、さっそくお父さんにこのことを報告した。
こんなことを言えば、ぶん殴られるかもしれない。だけど、今はアンジェリカ先生がいる。むやみに殴ることはできないだろう。
……後で殴られるかもしれないけど。
「んー、前にも言いましたが、こいつなんかに刻印師なんて崇高な職業が務まりますかねぇ。確かに家で何やらやってるのは見てますが、あんなの誰にでもできるものでしょう?」
「そんなことはありません! サルサーク君の技術はその辺の刻印師なんかよりよっぽど高いです。それこそ、国お抱えの工房でも通用するくらいにね」
「でも、その工房からは断られたんでしょう? つまり、サルサークでは力不足だと思ったってことだ。もちろん、そんな工房に入れるほどの腕というなら刻印師にならせることも吝かではありませんが、無理でしょう?」
「だからこその、この提案です。商売の一つとして刻印魔法の刻印を行う。それであれば、あなたは後継ぎができて、サルサーク君は刻印魔法ができる。一石二鳥ではありませんか」
「いや、そうは言いますが、商売はそんな甘いもんじゃありません。片手間でできるようなことではありませんよ。そこそこ利益が出るっていうなら考えないでもないですが、それは絶望的でしょう?」
「いえ、そうでもないですよ」
そう言って、アンジェリカ先生はカバンから一枚の紙を取り出す。
あれはよく商人が契約書に使う紙で、たとえ消してしまっても魔力を通せば文字が浮かび上がるという代物だ。
それには、僕が商売で刻印魔法を始めた暁には、しばらくの間お客さんの呼び込みを行うという旨が書かれている。
これは、ハクさんが念のためにと渡してくれたものらしい。
相手が商人な以上、口約束では信じてくれないかもしれない。だからこそ、契約書という形でしっかりと形に残しておけば、信じてくれるだろうと。
ハクさんには感謝してもしきれない。僕のためにここまでしてくれるのだから。
「ふむ、なるほど。だがねぇ、最初は客が来たとしても、評判が良くなければリピーターになることはない。むしろ、印象が悪ければ客が減る可能性すらある。純粋に商売する時間も減るし、その刻印魔法をやる部屋を用意するのも面倒だ。あんまり乗り気にはなれませんなぁ」
「そうですか。では、一つお尋ねしてもいいですか?」
「なんですかい?」
「あなたは商人ですよね? であれば、商品の目利きには詳しいはずです。普段から、商品の真贋を見定めることもやっておられるのでは?」
「うん? まあ、そうですね。【鑑定】は持ってませんが、それなりに自信はあります」
「そうですか。では、その目でサルサーク君の真贋を見極めることはできないのですか?」
「なんですって?」
アンジェリカ先生は強気な態度で迫りより、畳みかけるように言う。
「私も教師として、生徒を見る目は養っているつもりです。その目には、サルサーク君はダイヤの原石だと見えます。対して、あなたの目にはサルサーク君はただの石ころに見えている様子。これはどういうことでしょうね?」
「石ころなんて、俺はそんな風に息子を見たことはありませんよ。まあ、ダイヤの原石と言われたらそうでもないと思いますがね」
「それでは、賭けをしませんか?」
「賭け?」
「ええ。サルサーク君が跡を継ぐにはまだ時間がありますでしょう? であれば、先に私の家でサルサーク君に刻印魔法のサービスを始めてもらい、その売り上げを競うのです。サルサーク君が見事繁盛させるようなら私の勝ち、全く売れずに売り上げが上がらなければあなたの勝ち。いかがです?」
「なるほど。それで、勝った時の報酬は?」
「そうですね。私が勝ったら、跡を継いだ後もきちんとサルサーク君に刻印魔法をさせてあげてください。あなたが勝ったなら、サルサーク君には刻印魔法を諦めるように説得してあげましょう」
突如始まった賭け。アンジェリカ先生は勝ちを確信しているらしく、かなり強気な発言だった。
でも、確かにいつまでも言い合うよりはいい選択なのかもしれない。
僕の技術がどこまで通じるかはわからないけど、もしダメだったら僕の技術が足りなかっただけの話である。
その時は、おとなしくお父さんの跡を継ごう。
「いいでしょう。期間はどうします?」
「では、卒業後、開店準備ができてから半年でいかがでしょうか」
「わかりました。では、その間のこちらの売り上げの十分の一を超えてもらいましょうか。繁盛するというのであれば、これくらいは軽いでしょう?」
「ええ、もちろんです」
話はまとまったようで、二人とも固い握手を交わしていた。
後ほど、契約書も書き、この内容が達成されれば、僕は晴れて刻印魔法をすることができるだろう。
アンジェリカ先生は大丈夫と言ってくれたが、本当に大丈夫かどうかはわからない。
そりゃ、速さには自信があるけど、全くの無名の店がお父さんのお店の売り上げの十分の一以上を売り上げるなんてかなりハードルが高い。
それこそ、お客さんが相当来なければ無理だろう。
ハクさんの約束があるとはいえ、かなり不安だ。
「大丈夫よ。自信を持って」
「は、はい」
しかし、もう契約を交わした以上は後には引けない。
僕は腹をくくり、アンジェリカ先生の家で初めて店を開くことになった。
さて、どうなるかな……。
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