幕間:姉が帰る日
主人公の知り合い、シュリの視点です。
私には姉がいた。
幼い頃に事故によって死んでしまい、一度も会ったことがないお姉ちゃん。しばらくの間、私はその話を信じていたけれど、ある時それは嘘であることを知った。
本当は、姉は死んだのではなく、呪いによって目覚めない眠りに落ちてしまい、それを治すために今は呪いに詳しい知り合いの貴族の家に預けられているのだという。
最初にそれを聞いた時、なぜ死んだことにしていたのか疑問に思った。
だって、治すために預けているのなら、いずれは目覚めて家に戻ってくるはずである。その時に、死んだはずの姉が現れたら私は混乱するだろう。
であれば、死んだなんてことにはせず、正直に事情を話せばいいのにと思っていた。
けれど、これは私のためであったらしい。
というのも、その呪いはとても強力らしくて、近づくだけでも危険なのだとか。
まあ、会いに行ったところで会わせてくれないらしいのだけど、万が一近づいて私まで呪いにかかってしまったらまずいと、あえて嘘を言っていたらしい。
そのことに納得はしたけど、でもだからと言ってお姉ちゃんが未だに治っていないことには納得がいっていなかった。
姉が預けられたのは14年も前だという。それほどまでに強力な呪いなのかもしれないけど、呪いに詳しいというのなら、せめて何かしらの進展を見せてほしいところだった。
もしかしたら、呪いのことなんて知らなくて、それを言うに言えずに隠したままにしているのかもしれない。そう考えると、途端に会いたくなってしまった。
だから、私は呪いについて調べることにした。
その貴族家は当てにできない。私が手掛かりを見つけ、お姉ちゃんの呪いを解くのだと思った。
しかし、呪いは公には禁止されているものであり、呪いに関する書物は禁書扱いである。
一応、学園の図書館で調べてみたりもしたが、あるのはアンデッド系の魔物がかける軽度の呪いの対処法くらいで、本格的な呪いに関しての本など何もなかった。
これではお姉ちゃんを助けることができない。やはり、私程度では何もできないのだろうか……。
そう思っていた時に、現れたのがハクさんだった。
ハクさんは以前、サリアと仲良くしていることを懸念してすぐに別れるようにと忠告した相手である。
サリアは人をぬいぐるみにするという能力を持っており、かくいう私もその被害者だった。だから、そんなサリアの魔の手にかかる被害者が増えるのが許せなくて、ハクさんに脅迫まがいのことまでして忠告したのである。
でも、結局それは空回りして、過激派によってサリアのみならず、ハクさんまでもが学園を追い出されそうになる事態にまで発展した。
私はそんなことするつもりはなかったけれど、そういう派閥に入っていたことは間違いない。だから、ハクさんには申し訳なくて結局あまり顔を合わせられずにいた。
そんな時、ばったりと遭遇したハクさんは私が悩んでいるのを見抜くや否や、優しく諭して、私の方でも調べてみると言ってくれた。
ハクさんの手を煩わせるのは嫌だったけど、こんな私でもハクさんは許してくれているのだと思うと、心が温かくなった。
「本当に、お姉ちゃんは無事なんですか?」
「はい。すぐには難しいでしょうが、そのうち戻ってくると思いますよ」
しばらくして、ハクさんはお姉ちゃんの居場所を突き止めたらしい。
なんでも、お姉ちゃんを預けていた貴族家の息子がまだ子供だったお姉ちゃんを気に入り、仮死薬を飲ませて眠らせ、呪いと称して預けるように仕向けたらしい。
その後、お姉ちゃんはその息子の手で育てられ、何と結婚までしていたという。
それを聞いた時、その息子とやらに強い憎悪を抱いた。
相手の子供を気に入ったからと言って、それを攫って自分の嫁にするなんてただの誘拐より質が悪い。私達は信じて待っていたのに、それを裏切られたわけだ。
どうしてうちはこんなにも運が悪いんだろう。私もお姉ちゃんも、ただ普通に過ごしていただけなのに。
「もしシュナさんが戻ってきたら、きちんと受け入れてあげてください。それが、シュナさんが一番望んでいることでしょうから」
ハクさんは長年頭を悩ませていた悩みの種を取り除いてくれた。だから、何かお礼をと思ったのだけど、ハクさんはお姉ちゃんが戻ってきたら受け入れてあげてほしいというだけだった。
そんなの、言われなくても当然のことだし、お礼のうちには入らない。だけど、ハクさんは無欲なのか、それ以上を望むことはなかった。
本当に、過去の私は何でこんな人に忠告なんて偉そうなことをしようと思ったんだろう。
少し観察すれば、私なんかよりよっぽど立派な人間だってわかるのにね。
「ねぇ、今日帰ってくるんだよね?」
「ああ。道中何事もなければ今日にでもつくはずだ」
それからしばらく。城から使者が来て、お姉ちゃんを攫っていた貴族家の処遇を知らされた。
攫った実行犯である前当主は爵位降格。そして、匿って育てていた息子の方は爵位剥奪の上で強制労働となったようだ。
そして、その貴族家が管理していた領地は私の家が管理することになり、私達は法衣貴族ではなくなったらしい。
突然領地が貰えたことに両親は喜んでいたけれど、私としてはそんなことどうでもよかった。一番重要なのはお姉ちゃんがどうなったかであり、いつ帰ってくるのかということだ。
それを使者に聞くと、本人も望んでいるようだからと数日のうちに戻ってくるらしいことを知った。
そして、それが今日なのである。
「あれからもう14年、呪いだと信じて馬鹿正直に待っていただけの私達をシュナは許してくれるだろうか」
「わからないわ。でも、きっと大丈夫よ。なんだか強かにやっていたようだしね」
ハクさんと使者の話では、お姉ちゃんは攫われた後、その町を発展させるべく色々と助言をしていたらしい。
その助言がかなり的確らしく、町はどんどん大きくなり、今では最大の貿易の町であるカラバにも引けを取らないほどだという。
町の人からも慕われており、結婚はしたものの子を作ることもなく、純潔を守っていたらしい。
お父さんとお母さんはお姉ちゃんは大人しい子だと聞いていたけど、大人になって色々と変わってしまったらしい。
いや、冷静だったからこそ、最悪の展開にならなかったというべきか。
とにかく、無事なようで何よりである。
「来た!」
しばらく家の前で待っていると、一台の馬車がやってきた。
周りに複数人の護衛を付けており、かなり厳重に守られている。
その馬車は私達の前で止まると、御者が扉を開いた。
そこから現れたのは、深い赤色をした髪をした女性だった。
私はお姉ちゃんの姿を見たことはないけれど、直感的にこの人がお姉ちゃんだとわかった。
「……ただいま、お父さん、お母さん、それにシュリも」
「お姉ちゃん!」
私は感極まって抱き着いた。
お姉ちゃんが来たらしっかりと受け入れてあげようなんて考えはどこかに飛んでいき、ただただお姉ちゃんに会えたという喜びだけが私の心を満たしていた。
お姉ちゃんは私のことを優しく抱きとめると、あやすように背中をポンポンと叩いてくれる。
私はお姉ちゃんを見たことはないけれど、ずっと憧れていたのだ。それこそ、ハクさんが姉だったらいいなと思うくらいには。
だから、この再会は私にとって人生で一番の幸運である。
気が付けば、お父さんとお母さんも一緒になって抱き着いて、しばらくの間家族みんなで抱き合っていた。
14年という長い年月を経て、ようやくお姉ちゃんに会うことができた。
それもこれも、ハクさんが私のことを気にかけてくれたおかげである。
私はこのことを一生忘れることはないだろう。
感謝を胸に、私は喜びの涙を流し続けた。
感想ありがとうございます。




