第七百二十二話:卒業まで
卒業研究の発表も終わり、春休みに入った。
卒業までの間は寮は貸し出されているけど、卒業と同時に引き払わなければならない。
なので、この春休み中に荷物をまとめ、後掃除もしておかないといけないんだよね。
まあ、五年半もの間お世話になった場所だし、私としてもそれなりに愛着もあるから掃除くらいどうってことはない。でも、いざここにももう来れないのかと思うと何とも言えない気分になった。
私は前世で学校に通っていた時は、みんな実家から通っていたけれど、寮暮らしだったらこんな気持ちになっていたのかな。
寮ではないけど、住み慣れた実家を離れて、そこそこの都会に引っ越した時は何とも言えない寂しさを感じたし、あれと似た感覚かもしれないね。
「これからはあの家でみんなで暮らすんだよね」
卒業したことによって、寮ではなく自分の家で暮らすようになる。
その家にはお兄ちゃんやお姉ちゃん、それにユーリもいて、近くにいながら離れ離れで住まなければならないというのはちょっとした苦痛だった。
だから、こうして卒業し、晴れて家で暮らせるようになるのはとても嬉しい。
家で暮らすようになったら何をしようか。
冒険者として気まぐれに依頼を受けてみる? それとも、竜の翼を使って世界中を見てみる? あるいは、何もせずにごろごろしているのもいいかもしれない。
お金があるというのは良くも悪くもやる気がなくなることなのかもね。遊んで暮らすというのは前世だったら夢みたいなことだったけど、この世界だったらあまりに刺激がなさ過ぎて退屈かもしれない。
まあ、今のところは卒業旅行も控えているし、ユーリとの結婚もある。そこまで退屈することはないでしょう。
「そういえば、サリアは卒業したらどうするの?」
寮の掃除をしながらそんなことを聞いてみる。
サリアは家の事情的にどこかに就職するということができない。
まあ、例えば隷属の首輪をつけるとかして、ぬいぐるみ化の能力を封じればできないことはないかもしれないけど、そんな奴隷みたいな扱い私が許すはずもないからね。
生活に関しては国が保証してくれるとは思うけど、何かやりたいことはあるんだろうか?
「んー、一応やりたいことはあるぞ」
「へぇ、どんなの?」
「ちょっと許してもらえるかわからないけど……ハクと一緒にいろんなところに行ってみたい」
「私と?」
サリア曰く、私がどこかに出かけている間、待っているのはとても苦痛だったらしい。
確かに、サリアを王都の外に連れて行ったのはせいぜい竜の谷に連れて行った時くらい。それ以外はお留守番だった。
特に、大型休み中はほとんど王都にいなかったわけだし、私がいない間、王都に留まっているのはとても退屈だったらしい。
だから、もし私がいいと言うなら、一緒にいろんなところを回ってみたいのだとか。
「だめかな?」
「ううん、だめじゃないよ。それじゃあ、卒業したら一緒に旅行に行こうか」
我慢させていたのは私だし、これくらいの我儘聞いてあげなきゃ友達じゃないだろう。
もし、監視的に王都から出ちゃだめだというのなら、王様に直談判も考える。
というか、サリアは学園の六年間、ほとんど問題を起こさなかった。起こしたのは一年の時に糾弾されたことくらいであり、サリアから何かしたということは一度もない。
もはや、サリアがぬいぐるみ化の能力を持っているなんてことを知っているのは以前の被害者やその家族くらいであり、その事実を知らない人も結構多い。
まあ、サリアの犯した罪的には一生監視が必要だと言われるかもしれないけど、現状を考えるに、私がそばにいさえすれば多分許可は下りるだろう。
むしろ、いざという時にサリアを止められるのは私くらいなものだし、喜んで同行を許可してくれそうな気がする。
「ハク、やっぱり優しいな」
「そんなことはないと思うけど」
「ううん、ハクは今まで見てきたどんな人間よりも優しい。……好きになっちゃうくらいには」
「え?」
「とにかく、今度は置いてけぼりはなしだからな。行くとしても、ちゃんと一言言ってよ?」
「あ、うん、わかったよ」
なんか好きだって言葉が聞こえた気もするけど、まあ私もサリアのことは好きだし、サリアもそう思っていても不思議はないか。
旅行か。行くとしたらどこがいいだろう?
元から旅行好きではなかったし、海外とかも行ったことがなかったからどこにどんな観光地があるかなんてことを全く知らない。
特に、この世界は魔物が闊歩しているのもあって長距離移動には常にリスクが伴うこともあって、旅行に行けるのはお金に余裕があり、護衛をたくさん雇える貴族とかくらいなものだ。
春休みには卒業旅行で星降りの丘という場所に行くらしいけど、他にもそういう場所があるんだろうか。
後で調べてみるのもいいかもしれないね。
「ハクお嬢様、卒業したら一度竜の谷を訪れてハーフニル様にご報告なされてはいかがでしょう?」
「あ、そうだね。最近あんまり行けてないし」
夏休み以降、卒業研究が忙しいこともあって全然竜の谷に行くことがなかった。
今は春休みだから行こうと思えば行けるけど、せっかくならきちんと卒業してから行った方がきりがよくていいだろう。
まあ、お母さんがその気になればすでに知っていてもおかしくはないけどね。
「……さて、こんなものかな?」
「だいぶ綺麗になりましたね」
しばらくして、部屋の掃除が終わった。
定期的に掃除はしていたけれど、やっぱり細かなところには埃が溜まっていたようで、雑巾を絞るのに使っていた水は結構濁ってしまっている。
もうしばらくはまだ住むけど、気持ち的には結構さっぱりしたかもしれない。
「それじゃ、終わったことだし、ご飯まで町にでも行ってる?」
「久しぶりにダンジョン行ってみたいぞ」
「まあ、まだ時間はあるしそれでもいいかな」
王都のダンジョンはもはや庭のようなものだ。
通路だってほとんど把握しているし、今なら下層まで行っても普通に帰ってくることができるだろう。
まあ、行ったところでいるのは蜘蛛とかの昆虫系の魔物だからあんまり得るものはないけどね。
でもまあ、中身がしょぼくても宝箱を開けるのは楽しいし、ご飯前の肩慣らしとしていくのは全然ありだろう。
最近あんまり実戦をしてないし、ちょうどいいかもしれない。
「それじゃ、行こうか」
「おー」
私達は最低限のお金とかを持って外へ出る。
まあ、別に用意しなくても【ストレージ】に入ってるけどね。
それはともかく、久々のダンジョンを楽しむことにしよう。
私はぐっと腕を伸ばすと、みんなで揃って歩き出した。
感想ありがとうございます。
これで第二十一章は終了です。数話の幕間を挟んだ後、エピローグに入ります。




