第七百二十一話:卒業研究発表
アルトの忠誠と言う名の愛を受け取ってから数日。ついに卒業研究の発表の日になった。
卒業研究の発表は基本的に一人ずつ行うことになる。
同じクラスの生徒と六年生の魔法授業を担当するすべての先生が見守る中、与えられた持ち時間を使って発表していくのだ。
この発表の良し悪しによって評価がつけられ、最終的な成績が決まることになる。場合によっては、卒業できずにもう一度六年生をやり直すことにもなるだろう。
評価の基準としては、発表がうまくまとまっているかどうか、時間内に収まっているかどうか、そして、発表後の質問時間でされる質問にうまく答えられるかどうかである。
まあ、大抵の場合は研究室の顧問があらかじめ見直しをして、おかしなところがないかチェックするし、論文の酷さによって落ちることはあまりない。
あるとしたら、それこそ噛みまくって全然発表できていないとか、質問に対して全く答えられないとかだろう。
だとしても、そういった生徒には後日やり直しの機会があるので、そこでうまく発表できればきちんと卒業はできるけどね。
「それでは、これより卒業研究の発表を行う。呼ばれた者から順に前に出て発表を行うように」
先生の一人が発表会の開始を宣言する。
ちなみに、発表会を行う場所は校庭にある訓練室の一つだ。
魔法についての研究を発表する関係上、場合によっては実際に魔法を放つ場面もある。そうした時に教室では危ないので、こうして訓練室でやるというわけだ。
ただまあ、訓練室は広いとは言っても、大部分は的までの距離を稼ぐための空間なので、人が入れるスペースはそこまで大きくない。
一クラス分とはいえ、全員が入ると結構ギリギリではある。
立ち見なら余裕で足りるんだけどね。実際、先生達はみんな立っているし。
「まずはアーシェ・フォン・ニドーレン。前へ」
「はい」
先生に呼ばれてアーシェが前に出る。
呼ばれる順番はランダムではあるが、一番最初に呼ばれる者は今後の評価の基準になることが多いので結構重要な立ち位置だ。
アーシェも流石に一番目に呼ばれるとは思っていなかったのか、緊張気味である。
私は心の中で頑張れとエールを送ると、発表に耳を傾けた。
アーシェの卒業研究は、魔法陣を用いた火魔法の効率的運用について。
魔法陣を用いた、というように、私と同じく魔法陣を思い浮かべることによってより早く、より強く、より正確に魔法を放つという方法である。
これに関しては、以前からシルヴィアと共に教えていたので、だいぶ扱いに慣れてきているようだ。
とは言っても、魔法陣を覚えて魔法を放つというのはかなり難しく、かなりの慣れが必要になる。
例えば、初級魔法であるボール系の魔法を放つ場合、普通に魔法を放つ場合と、速度を変えたり軌道を変えたりして放つ場合では、魔法陣の形が異なる。
もちろん、同じ魔法なので基本的な部分は同じではあるが、速度を変えたり軌道を変えたりするのは当然ながら魔法陣の文字列が異なるのでその部分が変わるという話だ。
だから、本当の意味で使いこなしたいと考えるのなら、それこそ文字列や模様の意味を正確に把握しなければならないだろう。
私は研究のおかげもあってだいぶ把握できているが、普通の人にとっては魔法陣の文字列なんてただの幾何学模様にしか見えない。だからこそ、魔法陣はそこまで重要なものと思われていないわけだしね。
でも、刻印魔法や転移魔法陣のように、今でも使われている魔法陣の技術はある。
だから、なぜそこまで重要視されていないのかはよくわからない。
多分、使われているのがみんな古代の技術だから、あんまり詳しくわかっていないからかな?
魔法陣というよりは、特別な効果のある模様という風に思っているのかもしれないね。
「……ということです。以上で発表を終わります」
しばらくして、アーシェの発表が終わる。
私が教えたのは基本的な魔法陣のみ。それこそ、ボール系魔法くらいなものだったが、一応文字に関しても教えてはいた。
最初はあんまり理解できていないようだったけど、自分なりの解釈を見つけたのか、発表ではオリジナルの魔法陣を作り出していた。
本来であれば、魔法陣自体をイメージしてそのまま魔法を放つのが効率的ではあるが、それでは術者の記憶的負担が大きすぎる。
そこで、アーシェはより短い詠唱で完結できるように単語の組み合わせでその魔法陣が発動するように詠唱を考えたようだ。
その文字数、わずか十文字。
これだけ短ければ、もはやそれは詠唱短縮をしていることに他ならない。
通常よりも強力な魔法を詠唱短縮しながら放つことができる。確かに、効率的な運用と言えるだろう。
これには先生達も驚いたようで、しきりに質問を飛ばしていた。
質問には多少言葉に詰まる部分もあったけど、何とか答えきることができ、アーシェの発表は概ね成功と言っていい形で終了した。
「あー、緊張しましたわ」
「お疲れ様、アーシェ。よく頑張りましたわね」
「ええ。これもハクが色々教えてくれたおかげですわね」
「いえいえ、ちゃんと真面目に講義を聞いていたからですよ」
戻ってきたアーシェをみんなで労う。
トップバッターが結構凄い発表をしたせいで今後の発表のハードルが少し上がった気がしなくもないが、それは別にどうでもいいだろう。
アーシェも緊張していた中でよく噛まずに発表を終えられたものだ。
「この調子で全員うまく発表を終えられるといいですわね」
「そうだね」
その後、次々と呼ばれて行き、みんなの番も順調に回ってきた。
シルヴィア、ミスティアさん、キーリエさん、カムイ、サリア、エル。このクラスで特に馴染み深い人達は無事に発表を終えることができた。
途中、エルが魔法の実演をする時に訓練室の壁を破壊しかけるというトラブルはあったものの、懸念していたカムイの発表も特に何か突っ込まれることもなく、みんな成功と言って差し支えないだろう。
そして、最後。私の名前が呼ばれる。
「ハク・フォン・アルジェイラ、前へ」
「はい」
私の名前が呼ばれた時に少しざわつきが起こった。
まあ、元々は平民として編入してきたのに、今は最下級とはいえ貴族だからね。知らない人からしたら驚くことだろう。
さて、なんだかんだで最後になってしまったけど、私もみんなに負けないようにしっかりとした発表を行うとしよう。
「では、これより属性の相性関係についての発表を始めたいと思います」
属性の相性。それは多くの人にとってすでに周知のことではあるけど、それは基本属性である火、水、風、土の四属性だけのこと。その他の特殊属性についてはあまり知られていない。
なので、そのあたりを重点的にわかりやすく説明してあげた。
私が全属性を使えるということは学園では結構有名な話である。とはいえ、一人で魔法の相性を調べるのは結構難しいようで、実際に見せた衝突実験ではどよめきが起こった。
基本属性はともかく、他の属性はあまり馴染みがないこともあって、先生達も興味津々である。
色々と詰め込んだので発表時間ギリギリになってしまったのはちょっとあれだったけど、その後の質問タイムも完璧に捌き切り、私の卒業研究発表は無事に幕を下ろした。
これで、実質学園生活は終わりである。私は確かな満足感を感じながら、自分の席へと戻っていった。
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