第七百二十話:騎士の忠誠
発表会が終わり、残るは卒業研究を残すのみとなった。
卒業研究の発表まであと二週間ちょっと。ここまで来て終わっていないという人はいないようで、教室では皆くつろいだ雰囲気で話をする人がちらほらと見えた。
私も、休み時間にはサリアやシルヴィア達と一緒に会話を楽しみつつ、残り少ない授業を受ける。
と言っても、先生も雑談が多くなっているようだけどね。
まあ、先生ともこれでお別れなんだし、こういう時間があってもいいのかもしれないね。
「そういえば、ハクは卒業旅行はどこへ行きますの?」
「卒業旅行、ですか?」
緩い雰囲気の中、ふとシルヴィアがそんなことを聞いてきた。
卒業旅行。確かに、卒業式は3月なので春休み中は完全に暇だし、卒業の記念にどこかに旅行に行くというのもいいかもしれない。
と言っても、別に観光地を知っているわけでもないし、元からそこまで旅行好きというわけでもないから全く考えていなかったけどね。
「特に考えていませんよ」
「でしたら、私達と一緒に行きませんか? 私達、星降りの丘に行こうと思っているです」
「星降りの丘?」
話を聞くと、星降りの丘というのは、オルフェス王国の南の方にある小高い丘のことらしい。
そこから見る夜空はそれはもう美しいらしく、運が良ければ星降りと呼ばれる現象に会えるかもしれないことから観光地に指定されているらしい。
なんでも、その星降りを見た人は願い事が一つ叶うと言われているらしい。
なんか、まんま流れ星だね。
で、その星降りが起こりやすい時期というのがあるらしく、それが冬なんだとか。つまり、春休みだとちょうどいいわけである。
「今のところ、同室の二人とミスティアさん、それにキーリエさんを誘っているんですけど、もしよければ」
「なるほど。まあ、二人がいいのなら私は構わないよ」
別に春休みにやりたいことがあるわけでもないし、卒業旅行をするというのもいいだろう。
それに、観光地なんてほとんど行ったことないし、どういう場所なのかも気になるしね。
「エルとサリアはどうする?」
「私はハクお嬢様が行くのならどこまでもついていきますよ」
「僕もだぞ」
「なら決まりだね」
まあ、わかり切っていたことだけど、サリアとエルも一緒に行くらしい。
これで全部で9人かな? かなりの大所帯になっている気がする。
移動が一番大変そうだな。
「ちょっと待ったぁ!」
と、そこに割り込んできたのはカムイだった。
そういえば、カムイのことを忘れていたね。
ここまで来たら知り合い全員誘っていくのもいいかもしれない。
まあ、王子とかは流石に誘えない気もするけど……。
「カムイも一緒に行く?」
「当たり前でしょ? というか、私を置いていくなんて許さないからね!」
「ごめんごめん」
カムイもようやく卒業研究が終わって肩の荷が下りたのか、遊ぶ気満々である。
まあ、まだ発表は終わってないんだけどね。
一応他にも友達は何人かいるけど、特に交流が深いのはこのメンバーかなぁ。
「それじゃあ、メンバーに加えておきますわね」
「日程は後程連絡しますわ。楽しみにしておいてくださいね」
「はーい」
まあ、長旅になるだろうから色々準備も必要だろう。馬車を取るだけでも大変そうだけど、まあシルヴィア達なら何とかしてくれると思う。
最悪何とかならなかったら私が旅費を出してあげたらいいだろうしね。
「ハク、ちょっといいか?」
と、そんな風に春休みを楽しみにしながら授業をこなし、放課後になった頃。寮に帰ろうとしたところに王子がやってきた。
王子と会うのは久しぶりだ。私が地球から帰ってきた後は色々忙しいのもあってお茶会をする余裕もなく、結局会えずじまいだった。
いったい何の用だろう? まさか、隠し通路のことがばれたとか?
「大事な話がある。二人きりで話したいんだが、他の二人は少し外してくれないか?」
そう言って、隣にいるサリアとエルの方を見る。
二人きりで話したいなんてますます怪しい。
王子のことだから問答無用で処刑だ、なんて言わないとは思うけど、どんな処罰を受けるんだろう。ちょっと怖い。
「ハクお嬢様、どうしますか?」
「あー、うん、とりあえず寮で待っててくれる?」
「わかりました」
「また後でなー」
こうなってしまった以上、逃げるわけにもいかないので素直に誘いに乗る。
王子はそのまま校舎裏まで移動し、周りに人がいないのを確認する。
一応、探知魔法で見てみたけどアリア以外に反応はないので周りには誰もいないだろう。
さて、どうなることやら。
「さて、ここなら邪魔も入らないだろう」
「えっと、どういうご用件でしょう?」
「ああ、今から言う」
そう言って、王子は私の目をまっすぐ見る。
でも、なんだか緊張しているのか、若干顔が引きつっているように見える。
そんな緊張するとかいったい何を言う気なんだ。
「……ハク」
「は、はい」
「私はハクのことが好きだ」
「……はい?」
どんな処罰が来るのかと思いきや、出てきた言葉は告白だった。
いや、え? どういうこと?
「一目見た時から、ハクのことが好きになってしまった。この想いは、何年経とうと変わることはない」
「は、はぁ」
「だが、ハクは竜という特殊な体だ。竜と成した子は皆竜人となる。当然ながら、竜人を王として立てることはできず、私とハクが結婚することは王族の血筋の断絶を意味する。だから、結婚することはできない」
どうやら王子も何やら思い詰めていたようだ。
確かに、竜と人が子を成した場合、竜の力が強すぎるからほぼ確実に子供は竜人となる。
竜人はこの世界では昔に魔王側についた裏切り者として嫌われており、今でも一部の地域では迫害が続いている。
ここ、オルフェス王国は多種族国家であり、人間以外の種族にも寛容だが、流石に竜人が王様というのは反発も大きいらしく、竜人を立てることはできない。
そして、王子は現在一人っ子。今の王様が退位した後は当然王子が跡を継ぐわけで、そうなると王子との子は次代の王子となる。
そんな重要な子供が竜人となるのは避けなければならない事態だ。だから、結婚できないということなのだろう。
「しかし、この想いをなかったことにすることはできない。結婚はできなくとも、ハクを守りたいという気持ちは本物だ。だからどうか、これを手に取ってほしい」
そう言ってた渡してきたのは、短剣だった。いや、短剣というには長いから、ショートソードと言った方がいいのかな?
王子のしたいことがなんとなくわかった気がする。
私は無言でそれを受け取ると、そっと鞘から引き抜いた。
夕日に照らされてきらめく刀身はかなり綺麗で、恐らく新品であろうことがわかる。
多分、これは儀式用の剣なのではないだろうか。こういった儀式に用いられる、特別な剣なんだと思う。
「私はハクに忠誠を捧げる。この身が朽ち果てるまで、私はハクの剣となり、盾となろう」
「……」
「もちろん、私などではハクの足元にも及ばないとわかっている。でも、それでも、ハクのためにこの力を使わせてほしい。それが私にできる、せめてもの愛し方だ」
跪きながら、そう断言する王子。
結婚はできなくても、せめて守らせてほしい。だから、この剣を使ってその忠義を認めてほしいというわけだ。
確か、騎士が主君に忠誠を捧げるための儀式だったかな。主君となる者は騎士から剣を受け取り、その剣を肩に当てる。そして、忠誠を認める発言をすれば、晴れて騎士は主君に認められるのだ。
本来、これは王族がやっていいものではない。いや、主君側だったらありだけど、騎士側としてやってはいけないだろう。
もし、私が国に仇なすようなことがあったらどうする気なのだろう。王族が寝返ってしまったら、それも次期国王が寝返ってしまったら、それこそ大惨事である。
でも、それだけの覚悟を持ってきたという意味でもある。
これは王子にとっての愛であり、私との繋がりを保つための最後の砦。
私は別に王子のことが好きというわけではない。いや、友達としては好きだけど、恋愛的な意味では全く興味はない。
だけど、その一途な行動は私の心を動かした。
私はそっと剣を掲げ、王子の肩にそっと剣を乗せた。
「……わかりました。あなたの忠誠を認めます。これからもよろしくお願いしますね、王子。いや、アルト」
「……ありがたき幸せ」
静かに答えたアルトの声は若干震えていたような気がした。
感想ありがとうございます。




