第七百十九話:最後の研究発表会
思いの外カムイの用事が早く済んだので、次の日には研究室に戻ることができた。
あれで解決したかと言われたら微妙なところかもしれないけど、別に悪いことをしているわけじゃないんだし、堂々と発表してもいいだろう。
それで多少なりともカムイにユニークスキルがあるんじゃないかと詮索してくるかもしれないけど、別に答える必要はないし、答えたとしてもそこまで不利になることはないだろう。
別に敵対しているというわけでもないわけだしね。
「こんなものでどうでしょう」
「どれどれー」
それから数日、発表会までもう一週間もないが、ようやく論文が完成した。
ミスティアさん達が調べてくれたデータを基に書き出しただけだから、もしかしたら間違った解釈もあるかもしれないけど、ミスティアさんの反応を見る限りそういうことはないらしい。
これでも論文は何度か書いたことがあるからね。書き方はまだ覚えている。ヴィクトール先輩がいなくてもこれくらいはできるのだ。
「いい感じだねー。後は、薬を用意できればばっちりかなー?」
「そうですね。それと発表の練習をするくらいでしょうか」
発表に関してはミスティアさんがやることになった。
この研究について一番理解しているのはミスティアさんだろうし、ただデータを見ただけの私よりは質問にも答えやすいだろう。
そういうわけで、私は薬の実験台となることになった。
「なんだか、一年の時を思い出しますね」
あの時も、私は実験台となった。
そのおかげで少しピンチになったりもしたけれど、今ではいい思い出である。
あれから実験台を必要とする系の発表はしてこなかったのだけど、今回はどうやら必要らしい。
まあ、ものがものだし、実際に見せなければ面白くないからね。
説明だけでもいいかもしれないけど、やはりアピールするのならこっちの方がいい。
とは言っても、ここで力を入れるのは本来まだ就職先が決まってない人とかなんだけどね。
私やエルは就職する気がないし、サリアも家の事情的に就職は難しい。ミスティアさんも、もう就職先を見つけているようだし、ここで力を入れる意味はあまりない。
だけどまあ、せっかく最後の発表会なんだからきちんとした形で終わらせたいよね。
「もうあれから五年かー。時の流れって早いねー」
「そうですね」
「もう、ハクともあんまり会えなくなると思うとちょっと寂しいねー」
ミスティアさんはヴィクトール先輩の工房に就職することが決まっているらしい。
ヴィクトール先輩は発表会でお披露目した回復装置を無事に売り出し、王都で人気を博しているらしい。
案の定、生産が追い付かないほどの人気のようで、ミスティアさんの話では、まだまだ頑張って作らなければならないと張り切っているらしい。
ヴィクトール先輩の回復装置によって王都の死亡率は大幅に減少し、国の方から専属にならないかともいわれているらしい。
だが、ヴィクトール先輩はこれを拒否し、より多くの人を救いたいからと寝る間も惜しんで作り続けているようだ。
一応、店員を雇うというのもありだろうが、まだ新しい技術ということで盗まれる可能性も高く、安易に雇えないという。
なので、学園で面識があり、研究室の中でも最も信用していたミスティアさんならば大丈夫だろうと受け入れることを決めたようだ。
まあ、ミスティアさんはヴィクトール先輩のことが好きなようだし、ちょうどいいんじゃないだろうか?
結婚するかはわからないけど、末永く過ごしてほしいと思う。
「卒業後も私は王都にいますし、また会える時も来るでしょう」
「まあ、そうだねー。むしろ、こっちから遊びに行くかもー?」
「その時は歓迎しますよ」
ミスティアさんはともかく、私は卒業後に何をしたいかというのはほとんど決めていない。
一応、卒業したら正式にユーリと結婚することになるだろうけど、それ以外は全くの未定だ。
私の望みがお姉ちゃんやお兄ちゃんと一緒に平穏に過ごすことだから、卒業した時点でそれは叶えられることになる。
もちろん、ただ一緒に暮らすだけだと退屈だから色々するかもしれないけど、しばらくは何もせずに過ごすんじゃないかなぁ。
まあ、その時のことはその時に考えればいいと思う。
時間はたっぷりあることだしね。
「それじゃあ、原稿は読み込んでおくから、当日は実験台よろしくねー」
「はい」
もういい時間となっていたので、論文をミスティアさんに預け、寮へと帰る。
この校舎とももうすぐお別れかと思うと、ちょっとだけ寂しくなった。
それから何事もなく時は過ぎ、発表会当日となった。
マイナー研究室ではあるが、この六年間ずっと存続し続けただけあって期待度はそれなりに高いのか、お客さんは結構集まっている。
まあ、研究室の歴史としてはまだまだ浅い方ではあるけど、多分これほど人がいるのはヴィクトール先輩の発表が印象的だったからだろう。
良くも悪くも、神星樹の種を使った魔法薬というのはかなりインパクトがあった。
まあ、インパクトがありすぎて肝心な魔法薬に目がいかないなんて事態にもなったけど、その衝撃はまだ続いていて、また何かやらかしてくれるんじゃないかと期待しているようだ。
流石に、もう神星樹の種は使わないけどね。
そりゃ、今ならいくらでも持ってるけど、これを使う度にあんな騒ぎになられたら困る。
注目はしてほしいけど、やりすぎはよくないのだ。
「皆様、お集まりいただきありがとうございます。これより、魔法薬研究室の発表を始めたいと思います」
時間となり、ミスティアさんが発表の開始を宣言する。
今回発表する魔法薬だが、いわゆる防御薬と攻撃薬だ。
その名の通り、飲めば体が丈夫になったり、力が強くなったりするというシンプルなものである。
一見既にありそうなものではあるが、意外にもこれを実用化したものはあまりないようだ。
というのも、瞬間的に力を強くする、という木の実なんかはあるらしいのだが、それをいちいち食べるくらいだったら身体強化魔法を使った方が早いからだ。
身体強化魔法は魔法が使える者なら大抵の者が使えて、お手軽に力を強くしたり体を固くしたりすることができる。
もちろん、効果は一瞬なので使いどころは重要だが、そういうわけで防御薬や攻撃薬というものはなかったのである。
しかし、今回のこれは効果時間に注目し、その時間を飛躍的に伸ばしている。
その時間、およそ五分。
短いように思えるけど、一回飲めば五分間もの間力が強くなったり体が丈夫になったりするというのは従来の身体強化魔法の完全上位互換であり、十分に戦闘でも活用できるものである。
私は試しに防御薬を飲み、サリアに攻撃してくるように指示を出す。
本来ならば、下級のボール系魔法と言えど、直撃を食らえば吹き飛ばされるくらいの威力はあるが、今回は防御力を底上げしているので、ちょっとよろめく程度で済んだ。
これにはお客さん達も驚いたらしく、どよめきが上がっている。
続く攻撃薬も用意した大岩を拳で軽々と粉砕し、その力を証明して見せた。
まあ、量産できるかと言われると、とある魔物の素材も使っているようなのでいくつも作ることはできないようだけど、騎士や冒険者からしたら強い味方になるんじゃないだろうか。
「以上で発表を終わります。ありがとうございました」
発表会は大盛況のうちに終わった。
六年生最後の発表会にしてはちょっとあっさりしていた気もするけど、それでも無事に認められたようで何よりである。
今後、ミスティアさんはヴィクトール先輩の下で仕事をするようだし、その才能を生かして回復装置以外にも色々な魔法薬を売り出してほしいところだね。
私は満足感を感じつつ、後片付けの準備をした。
感想、誤字報告ありがとうございます。




