第七百十八話:カムイにしかできないこと
魔法の操作はそこまで難しくはない。
私の場合、あらかじめ魔法陣にどんな動きをするのかを描き込んでおくことで自由自在に動かすことができる。相手を追尾する魔法を放つことももちろん可能だ。
ただ、魔法陣を描き変えてー、なんて言っても多分わからないだろうし、何かわかりやすい言葉に言い直す必要がある。
それがそれなりに難しかった。
「ハク、何かコツみたいなものはあるの?」
「うーん、それが問題なんですよね」
強いて言うなら、明確にイメージすることである。
魔法はイメージによるところがかなり大きいから、イメージが明確であればあるほど発動する魔法もそれに近くなっていく。
だから、例えば相手を追尾する魔法のコツを教えるとしたら、相手をしっかり見て、相手に絶対に当ててやるんだという強い意思を持つこと、ということになるだろうけど、果たしてそれでいいんだろうか。
現在信じられている魔法は、魔法は精霊が起こすものであり、詠唱によって精霊に呼び掛け、魔法を行使してもらうというのが一般的である。
だから、重要なのはどちらかというと詠唱の方であり、イメージは二の次という考えが深く根付いている。
まあ、詠唱でも追尾させることはできなくはないだろうけど、だいぶ精度は落ちるだろうな。
詠唱は特に何も考えなくても最低限魔法を発動させることができるという点で優秀だけど、特定の事象を起こすためには専用の詠唱が必要となるので、それらすべてを覚えなくてはならないと考えるとかなり大変である。
そして、学園ではそんな特定の場面でしか使えない魔法よりもどんな場面でも使える汎用性の高い魔法ばかり教えるので魔法の操作なんて教わることはない。
せいぜい、そういう技術があるよとたまに先生から聞けるくらいだ。
「詠唱を考えて、それを実際にカムイが唱えてみせるというのが一番いいんだろうけど」
「私、そんなに魔力ないわ……」
「そこだよねぇ」
口ではいくらでも説明できるけど、結局のところそういうのは実際に見せられないと納得できないものである。
私の研究だって、発表の際は実際に見せるつもりだったし、それができないというのはかなりの痛手だ。
カムイは火魔法がとても得意なように見えるけど、実際には能力に頼ったものであって魔力自体は少ない。
だが、それを知っているのは私達くらいだろう。周りの目には、カムイは獣人なのに魔法の扱いがとてもうまい人、というイメージが定着していると思う。
今更魔力が少ないのでできませんは通らないだろう。
「最悪詠唱するふりをして、というのもありだと思いますけど」
「あんまりやりたくないけど、それも視野に入れないとだめよね……」
魔法はそこまで得意じゃないけど、カムイの能力をもってすれば、詠唱するふりをして魔法を操っているように見せることも可能である。
ただまあ、それだと後々ばれた時に面倒になりそうだし、最終手段にしたいところだけどね。
「さっきから思ってたんですけど、なんで今更になって手伝いを頼んだんですか?」
「え?」
と、そこにキーリエさんが口を挟んできた。
まあ、その疑問はもっともだろう。
だって、カムイは元々自分の能力を使って他の人には真似できないほどの高等テクを見せていたのに、今になってできないから手伝ってと言い出したのだ。
もちろん、表向きの理由としては、自分にしかできないものよりも誰でもできるものを発表したいと思ったという経緯があるけど、ではなぜカムイは魔力が少ないのにそんなことができたのかという疑問が残る。
キーリエさんはカムイの能力については知らないから、かなり大きな疑問になっていることだろう。
私にとっては当たり前のことだったのでそのことを忘れていた。
さて、ここはどうしたものか。
「私の予想では、カムイさんはユニークスキルを持っていて、それで異常なほど魔法がうまくなっていたけど、それじゃダメだって気づいたからスキルに頼らない方法で頑張ろうとしているというのが予想です。どうですか?」
「うっ、ま、まあ、間違いではないけど……」
カムイのあの能力はスキルというよりは生まれ持っての能力だと思うけど、まああながち間違いでもない。
相変わらずキーリエさんは勘が鋭いね。
「やっぱり! でも、せっかくのユニークスキルなんですから、別に恥じる必要はないのでは? 実際、それでBクラスになれるくらいの実力があるんですし」
「いやでも、これで発表してそんなのできないって思われたら評価が悪くならない?」
「まあ、確かに学園の卒業研究は国の研究機関でも取り上げられることがありますけど、人の数だけ解釈があるんですから、ユニークスキル持ちがその能力を生かして調べた、っていうことならそれはそれで価値はあると思いますよ?」
確かに、カムイの能力は多分唯一無二だろうから、その分その能力についての記述は貴重なものとなる。
純粋な魔法の操作には役に立たないかもしれないけど、こんなユニークスキルがあって、こういうことができるということを記録に残しておけば、後々役に立つこともあるだろうしで価値はあるか。
まあ、それだとカムイの能力を明かさなければならないということになるけど……。
いや、カムイは聖教勇者連盟の一員だし、卒業後はセフィリア聖教国に戻るだろうからそこまで問題ではないか。
それにすべてを明かす必要もないし、適当にそれっぽいこと書くだけでもいいかもしれない。
「それに、少し手伝ってもらったというならともかく、完全に任せてしまったとなるとそっちの方が評価が下がると思いますけど」
「うぐっ、確かに……」
まあ、卒業研究はできる限り自力で研究するようにというルールがあるし、一人でできない実験を手伝ってもらったというならともかく、自分では到底できないような研究をするくらいなら初めから別の研究をした方がいいということになってしまう。
今回の場合はちょっと特殊ではあるけど、今のままじゃだめだとわかった時点で別のテーマを考えるというのがカムイには求められていたわけだ。
このまま私が手伝って、それを使って卒業研究を発表してしまうと、確かに心象は悪くなるかもしれないね。
「カムイさん、恥じることはありません。他人に言われたからって全部やり直す必要はないはずですよ?」
「まあ、確かにそうだね。カムイ、自分で調べた奴を多少アレンジして発表しちゃっていいんじゃない?」
「そ、そう? まあ、二人がそういうなら……」
カムイも納得したようで、結局今まで調べてきた、カムイにしかできないであろう研究を発表することになった。
まあ、少しくらいは何か言われるかもしれないけど、よほどぶっ飛んだ内容でない限りしっかりまとまっていれば卒業研究はやり直しとはならない。
一応、先生に確認する必要はあるかもしれないが、多分大丈夫だろう。
結局、私はそこまで必要というわけではなかったね。
「まあ、無事に終わったならそれでいっか」
私はほっと息を吐くと、研究室へと戻っていくのだった。
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