第七百十七話:終わらない卒業研究
それから数日。卒業研究のデータもまとめ終え、いつ発表が来ても大丈夫な状態になった。
正直ペース配分をミスったけど、まあこれで晴れて研究室の方に集中できるというものである。
現在は11月中旬、ミスティアさんの約束のぎりぎりの時間である。
これ、徹夜してなかったら終わってなかったよね。何とか間に合ってよかった。
「そういうわけで、ようやくこっちに集中できそうです」
「お疲れ様ー。大変だったねー」
研究室を訪れると、ミスティアさんが出迎えてくれる。
一応、これまでもちょくちょく研究室には訪れていたが、ほんとに顔を出すくらいで、そこまで研究には参加していなかったので、今は何を研究してるのかをあまり把握できていない。
なので、まずは説明から始まった。
流石ミスティアさん、私達がいない状況でもしっかりと研究を進めていたらしく、もうほとんど完成しているらしい。
なので、後は論文をまとめるだけのようだった。
「私はー、あんまりまとめるの得意じゃないからー、ハク達も手伝ってー?」
「もちろんです。今までこれなかった分働きますよ」
今まではヴィクトール先輩がまとめていたが、ヴィクトール先輩が卒業してしまい、一番の先輩は私達になった。
だから、論文をまとめるのは私達の仕事なのである。
前回は私がいなかったからかなり大変だったらしい。おかげで、あまり評判は良くなかったのだとか。
まあ、あれは仕方ない部分もあるけど、いなかったのは事実なのでちゃんと頑張らないとね。
「そういえばハクー、カムイの方はちゃんと終わったのー?」
「え、カムイですか?」
ミスティアさんの言葉に顔を上げる。
そういえば、確かに最近カムイを見ていない気がする。
いや、授業中には見るけど、それ以外の時間はほとんど見ていない。
いつもならシルヴィア達と共に休み時間には話しかけてくるはずなのだけど、どうしたんだろうか?
「特に知りませんが、なにかあったんですか?」
「あれ、そうなのー? なんかー、卒研が終わらないからハクに相談するーとか言ってた気がしたんだけどなー」
カムイも卒業研究が終わってないのか。
てっきり、とっくに終わっているものかと思っていたけど、どうやら私達だけではなかったらしい。
そうなると、少し悪いことをしてしまったかな。
だって、私は最近まで休み時間も空き時間も放課後も全部研究に回していたから、カムイと出会う機会はほとんどなかった。
特にここ数日は徹夜までしていたので寮にいても会えない日が続いていたから、もしかしたらその間に訪ねてきていたかもしれない。
あれ、でももしそうならサリアは部屋にいたはずだから知っているはずだけど……。
「……あ、言うの忘れてた」
ちらりとサリアの方を見てみると、そんな答えが返ってきた。
やっぱり来ていたのか。そういうことはちゃんと言ってほしかったな……。
まあ、やってしまったものは仕方ない。今からでも手伝ってあげないと。
「あ、でもこっちの論文もまとめないと……」
「ん-、まあ、後二、三日程度だったらいいよー? 案外早く終わったしねー」
カムイを手伝いたいのはやまやまだが、こっちの研究もしなくてはならない。
どうしようかと思っていると、ミスティアさんがそう言ってくれた。
ここまでほとんど一人でやらせてしまったのに申し訳ないが、カムイのことも大事である。
せめて、私の代わりに手伝ってくれる人くらい見つけてあげないといけないだろう。
そんな人が都合よくいるかは知らないけど。
「す、すいません……。えっと、カムイは今どこに?」
「多分、地下訓練室辺りじゃないかなー?」
「ありがとうございます。ちょっと行ってきますね」
私はエルとサリアにデータをまとめておくように頼むと、そっと研究室を後にした。
訓練室に向かうと、カムイはすぐに発見できた。
難しい顔をしながら唸っている。
ただ、その傍らにはキーリエさんの姿もあった。
「カムイとキーリエさん、こんばんは」
「あ、ハク! どこに行ってたのよ!」
「ハクさん、こんばんは」
話しかけるや否や、カムイは私の下に飛んでくる。
どうやら相当切羽詰まっていたらしい、その顔にはかなりの焦りが見て取れた。
「えっと、ごめんなさい。こっちも研究で手いっぱいだったから……」
「ま、まあ、そういうことなら仕方ないけど、でも今は大丈夫なのよね? だったら助けて!」
「もちろん。何を悩んでいるんですか?」
そう言うと、カムイは自分がやっている卒業研究について語り始めた。
カムイが手を付けていたのは火魔法の操作性について、というものらしい。
操作性というのは、魔法を放った際に、ある程度その軌道を操ることで不規則な動きをさせるという技術において重要な要素の一つである。
まあ、広義には魔法をいかに目標に命中させることができるか、というのも操作性と呼ばれることがあるから、操作性と一口に言われて理解できる人はいないだろうけど、カムイが言うのはその軌道を操作する操作性についてらしい。
カムイの得意魔法、というか特技は体を炎に変化させること。そうして変化させた炎は自由自在に操ることができ、どんな形状にもできるし、どんな不規則な動きでも動かすことができる。
なので、これは自分にとってぴったりな卒業研究だろうと思っていたようだ。
それで、様々な形状の炎を様々な軌道で飛ばし、その操作性の難易度や癖なんかを記録してそれを発表しようと思っていたのだけど、ここ最近になって一つの指摘をされたらしい。
『それ、カムイにしかできないよ』
その言葉を受けて、カムイは衝撃を受けたらしい。
でも確かに、カムイにとっては簡単なことでも、普通の人にとっては相当難しいだろう。
当然ながら、カムイが思う難易度や癖なんかは普通の人にとっては何の参考にもならず、これでは卒業研究として相応しくないのではないかと思ったようだ。
なので、だったら能力ではなく、本当の魔法でやってやろうと思ったのだけど、カムイは獣人で、元の魔力はかなり低い。
魔力が低ければ軌道を操作するなんて高等技術をやるのは難しく、結局誰かに手伝ってもらおうということにした。
で、その白羽の矢が立ったのが私というわけである。
「でも、ハクがいなかったから……」
「仕方なく、私が手伝っていたというわけです」
と、キーリエさんが手を挙げた。
なるほど、キーリエさんが代わりに手伝ってあげていたということね。であれば、私がいなくても問題はなさそうだけど……。
「ただ、私はあんまり戦闘は得意じゃないので、魔法の軌道の操作なんてやったことなかったもので……」
「だから苦戦していると」
「そういうことです」
まあ、よくよく考えれば魔法を放った後の軌道を操作するのはかなりの高等技術だ。
普通は魔法はまっすぐ飛ばすというのが定石、というか当たり前のことであり、そうして軌道を操作することができるのはそれこそ宮廷魔術師レベルじゃないと無理だろう。
一応、あらかじめ魔法陣に動く軌道を描き込んでおけばできなくはないだろうけど、まあ、魔法陣の描き変えなんてしないよねみんな。
「ハクなら魔法の操作くらいできるでしょ? お願い、力を貸して!」
確かに、私なら魔法の操作くらい簡単にできる。
もう時間もあまりないし、ここはちゃっちゃとやってしまうとしよう。
私はカムイの肩に手を置くと、「任せて」と親指を立てた。
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