第七百十六話:希望の道
私はひとまず、サルサーク君に作戦を説明した。
サルサーク君は商人である親の跡を継ぐように言われている。しかし、本人は刻印魔法をやりたいと思っており、刻印師になることを希望している。いや、正確には刻印師でなくても刻印魔法さえできればいいと思っているようだ。
なので、そのどちらも叶えられる方法、すなわち、親の跡を継ぎつつ、刻印魔法を施すサービスを請け負えばいいのではないかと考えたわけだ。
もちろん、商売の傍らで刻印魔法をすることに親が反対する可能性もあるし、そもそも商売をしながら刻印魔法ができるだけの時間があるかと言われたら微妙なところである。
しかし、サルサーク君の家は結構大きな商会であり、その跡を継ぐということはサルサーク君が行う仕事は店で売り物を売るというよりは店の経営方針などに指示を出す立場だと思う。つまり、実際に働くのは別の人間であり、サルサーク君自身はトップとして別の仕事を任される可能性が高い。
もちろん、いくら学園で商売について学んだとはいっても、まだ見習いなのだから普通に店に立たされる可能性もあるだろうけど、そのあたりは説得できる範囲だと思う。
別に、親は刻印魔法を嫌っているわけではなく、むしろ成功すれば今以上に稼げる仕事だと思っているようだしね。
「そういうわけなんですが、どうですか?」
「それは……嬉しいですけど、いいんですか? 僕、何も返せるものがないんですけど……」
時間さえ取れれば、サルサーク君なら十分な刻印を刻むことができるだろう。
元々刻印する速度は速かったのだし、一個当たり一時間もあれば十分じゃないだろうか?
もちろん、正式な刻印師ではないサルサーク君に依頼が来るかと言われたら別だけど、その問題は私が宣伝することによって解消できるはずである。
そこから人気になるかどうかはサルサーク君次第だろうけど、多分うまくいくと思う。
刻印魔法で使うものに限っては私以上に魔法陣を理解しているだろうしね。
「お返しなんていりませんよ。というか、私の方が返す側ですからね」
「僕、何もしてませんよ?」
「そんなことありませんよ。少なくとも、私にとってはとても役に立ってくれました」
刻印魔法自体は私もできるけど、私はサルサーク君のように高速で刻むことはできない。だから、大量に刻印しなければならないと言う場面では私でも対処しきれないことがある。
実際、対抗試合の時もサルサーク君がいなければやばかっただろう。
あの時の宝石に刻印を刻む方法は威力を格段に上げてくれるけど、いかんせん数が多いのがネックだった。
それを何とかしてくれたのがサルサーク君である。だから、十分役に立っているのだ。
「もちろん、サルサーク君が跡を継ぎたくなかったり、商売の傍らに刻印魔法をしたくないというのなら無理にとは言いませんが、それでも何とか刻印魔法ができるように就職先を探してみますよ。一応、伝手はあるので」
国お抱えの工房から断られたという話だったけど、だったらもう国直属の研究所に行けばいいんじゃないかなと思う。
国には様々な研究機関があり、数は少ないけど刻印魔法もその一つに入っている。だから、その技術者として推薦してあげればいいんじゃないかな。
王様であれば身分で差別することはないだろうし、ちゃんと実力を示すことができれば普通に可能性はある。
国直属ともなれば、就職を拒否してきた工房も見返すことができるし、親も納得させることができるだろう。一石二鳥じゃないかな。
「……ハクさん、僕なんかのためにありがとうございます。助けられてばかりですが、また頼ってもいいですか?」
「ええ、もちろん。任せてください」
サルサーク君は若干涙ぐみながら私に手を差し出してきた。
やっぱり、やりたいことができないっていうのはストレスになるからね。できる限り、夢は叶えられた方がいい。
それが、少し手を伸ばせば手に入るようなものならなおさらだ。
「ハクお嬢様って、面倒事に首を突っ込まないと気が済まないんですかね」
「それがハクのいいところだぞ」
なんか二人が言っているのが聞こえた気がするが、別に研究も終わったんだしいいでしょう。
サルサーク君とは卒業後、必ずお客さんを連れてくると約束し、このことは就職先を懸念していたアンジェリカ先生にも伝えることになった。
まあ、親の説得とか色々あるだろうけど、もしダメそうなら私が直接行って説得してあげればいい。
刻印師自体は凄いと思っているんだから、その凄いの仲間入りをできるだけの実力があることを証明してやれば納得するだろうし。
「頑張ってくださいね」
「はい……!」
さて、そうと決まれば準備しておかないとね。
まあ、流石にまだ完全に決まっていない状態で宣伝するのはあれだからまだやらないけど、決まり次第すぐに取り掛かることにしよう。
今のうちに刻印魔法を欲している冒険者を見繕っておくのもいいかもしれない。
それなら、今のうちにギルドに行っておくのも悪くはないかな?
私は明日にでもギルドに行こうと思いながら、寮へと戻っていった。
その後、サルサーク君の方からアンジェリカ先生に話がいったのか、確認のために私も呼び出された。
まあ、アンジェリカ先生としてはサルサーク君の技術をこのまま埋没させるわけにはいかないと、何としても上の工房に就職させたいようだったが、サルサーク君から話を聞いて、隠れ家的工房というのも悪くないのではないかと考え直したらしい。
なにせ、今回の案の場合、工房の主はサルサーク君ということになる。
時間的制約はあるかもしれないが、どんな刻印魔法を刻むのもサルサーク君の自由であり、それなら先輩にいびられる心配もないのだから、のびのびとできるんじゃないかと思ったようだ。
親への説得もアンジェリカ先生が確実に行うと言っているようで、ほぼ確実に刻印魔法自体はできるということらしい。
頼もしい限りだ。
「商売の傍らで格安で刻印魔法を施すなんて考えもしなかったわ。あなたのおかげで新しい道を見つけることができた。ありがとう、ハク」
「いえ、私はただ、サルサーク君を助けたかっただけですから」
まあ、刻印魔法はその手間と効力を考えるとどうしても割高になってしまう。だから、安い場所というのはその分その手間を抑えているということであり、あんまり出来が良くないということもよくあるらしい。
だから、刻印魔法に限っては安いというのが必ずしも売りになるかと言われたらそういうわけでもない。
安いから性能もそんなに良くないんじゃないかと思われれば、当然ながら客など来ないだろう。
しかし、サルサーク君の実力をもってすれば、よほど悪意のある人でない限りはまた頼みたいを思うはずである。客が少しでも来てくれるのなら、そこから噂が広まって、きっと繁盛することになるだろう。
本当にそうなるかはサルサーク君の実力次第だけど、きっとやってくれると思う。
「ところで、ハクは刻印師にはならないの?」
「いえ、私は冒険者ですし」
就職と言われても、私は別にどこかに就職する気はない。
一応冒険者という仕事があるし、お金だって十分に持っている。
文字通り、一生遊んで暮らせるだろうから働く意味はあまりないのだ。
まあ、もし就職するとしたら、魔法の研究職とか、あるいはポーションの工房とかかな。
いつになるかはわからないけど、もし就職するということになったら考えてみよう。
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