第七百十五話:商人か刻印師か
とりあえず、放課後にFクラスへと赴いてみる。
教室を覗いてみると、隅の方でカバンに教科書を詰めているサルサーク君の姿があった。
「サルサーク君」
「わっ!? あ、えっと、ハク、さん?」
出てくるタイミングを見計らって話しかけてみると、飛び上がって驚かれてしまった。
あんまり話しかけられることに慣れていないのかもしれない。ちゃんと友達とかいるのかな。
前来た時はいじめられていたけど、あれから何も言ってこないってことは多分大丈夫だったのだろうけど、サルサーク君の場合、私に迷惑をかけないためとか言って言わない可能性もあるからちょっと怖い。
見た感じは別に怪我とかはしてないけど……後で調べてみようかな。
「久しぶりですね。元気にしてましたか?」
「え、あ、は、はい、おかげさまで……」
今はエルとサリアが一緒にいるけど、大勢で話しかけたからかちょっと引き気味である。
いや、元からそうだった気もするけどね。引っ込み思案な性格してるから。
「先生から聞きました。なんでも、就職先に困っているようですね」
「ぼ、僕は刻印魔法さえできればどこでもいいって言ってるんですけどね……」
「でも、それだと実力を発揮しきれないって」
「刻印魔法には自信がありますけど、それでもまだ若輩者ですし、立派に刻印師をしている先輩方には及ばないと思ってますから……」
サルサーク君は自己評価が低いらしい。刻印魔法はしたいけど、それさえできればどこでもいいって感じだった。
うーん、まあ、たとえ民間の工房でも、そこで実力を発揮していればいずれは国から声がかかるかもしれないし、その選択も悪くはない気がする。
それに、たとえ国お抱えの工房に就職できたとしても、身分で差別するような奴と一緒に仕事をしていたらストレスが溜まるだろう。下手をしたら、雑用ばかりさせて肝心の刻印魔法をさせてもらえない可能性や、手柄を横取りされる可能性もある。
だったら、民間の工房の方がいい気もするよね。
「でも、親からは跡を継ぐように言われてるんです。学園に通わせたのは身を守る術を学んでもらうためであって、刻印師にならせるためではないって」
「それは、難しい問題ですね」
サルサーク君の親は、確か商人だったよね。
平民でありながら学園に入学させることができるくらいの資金力を持っているのだから、それなりに大きな商会なのだろう。
魔法学園で魔法について学び、自分でも身を守る術を手に入れれば、買い付けの際の護衛を雇う時も安く済ませることができるし、後々のことを考えるとプラスになると考えたのかもしれない。
一応学園でも商業について学べるし、一石二鳥だろうしね。
でも、跡を継ぐということは商人になるということであり、サルサーク君がやりたいと思っている刻印魔法はできなくなる。
それは、ちょっと可哀そうだよね。
でも、親もそのために高いお金を払って入学させたのだろうし、それを考えると完全に無視することもできない。
思ったよりも、面倒くさい状況にいるようだ。
「跡を継いだ方がいいっていうのはわかってるんですけど、でも、やっぱり諦めきれなくて……。先生からの推薦なら親も多少は言うことを聞くだろうし、だから推薦が欲しかったんですけど……」
「それを断られてしまったと」
「はい……」
商人を継がせたい親を黙らせるためには、それ以上に利益があると思わせなければならない。そう考えると、確かに民間の工房ではちょっと物足りないか。
国の工房なら、給料だって高いだろうし、国が潰れない限りは仕事にも困らない。実力が高ければそれだけ稼げるということでもあるし、そうなれば親もそこまで反対はしないだろう。
なんにせよ、高いレベルの工房に就職できなければ、サルサーク君は刻印師を諦めなければならないということだ。
「先生が頑張ってくれているのは知っています。でも、このままだとやっぱり跡を継がなくちゃいけないのかなって……」
「跡を継ぐのはやっぱり嫌ですか?」
「嫌では、ないですけど、刻印魔法ができなくなるのは嫌ですね……」
まあ、多分行商人じゃなくて店持ちの商人だろうから全く時間がないわけではないだろうけど、商人をしながら刻印師もやるなんてできるだろうか。
一応、刻印師への依頼料はそれなりに高いから、そこを抑えて請け負うことができればそれもビジネスになりそうではあるけど、刻印魔法は時間がかかるからなぁ。
今ならば、親が経営している傍らで刻印魔法を副業としてやり、その売り上げを見せて納得させるというやり方ができなくはないだろうけど、刻印師でもない人に刻印を頼む人なんてそんなにいないだろうし、実力を見せるのは難しそうである。
せめて、客が一人でもいて、さらにその人が宣伝でもしてくれたらましなんだろうけど……いや、待てよ?
「親は、刻印魔法についてどう思ってるんですか?」
「選ばれた者だけができる高給取りって感じです。ただ、親は僕の刻印魔法の腕をあんまり知らないみたいで……」
「納得してないと。でも、家では刻印魔法はやらなかったんですか? やっているなら、少しくらいは知っていそうですが」
「うちでは刻印魔法が施された武具は扱っていないので、どの程度が凄いのかわかってないんだと思います。一応、アンジェリカ先生が説明してくれたんですけど、いまいちわかってないみたいで……」
なるほど。つまり、親は刻印師という職業自体は凄いと思っているけど、刻印魔法についてはあまり知らないわけね。
ということは、別に刻印魔法が嫌いで息子に刻印師になってほしくないというわけではなく、単純に息子の実力を信じ切れずに、博打に出るくらいなら予定通り跡を継いでほしいというわけか。
そういうことであれば、まだ何とかなるかもしれない。
「サルサーク君、親の跡を継ぐ傍らで、刻印師を目指すというのはどうですか?」
「少しは考えましたけど、無理ですよ。正式な刻印師ならともかく、商売の傍らで刻印を刻むような人にお客さんなんて来ませんし……」
「そのお客さんですけど、私が何とかしてみますよ」
「……え?」
サルサーク君の実力は本物だ。だから、ちゃんとお客が来て、その性能を実感してくれたら人気になる可能性は十分にある。
最初の客が来ないというのなら、こっちが用意してあげればいい。
幸い、私にはいろんな人の伝手がある。特に、冒険者の中には刻印魔法を施したいけどお金が足りないって思っている人だってかなりの数いるだろう。
であれば、刻印師に頼むよりも安い値段で請け負ってくれれば、飛び付く可能性は十分にあるし、その性能がいいとなればリピーターになる可能性もある。刻印魔法はメンテナンスも重要だからね。
「サルサーク君には私もお世話になりましたし、ここは私に任せてください」
刻印魔法の面白さに気づけたのはサルサーク君がいたという部分も大きい。それに、対抗試合の際にはサルサーク君が手を貸してくれなければ負けていた可能性もある。
であれば、サルサーク君のために恩を返すのも悪くない。
なんだかんだ、刻印魔法の授業ではずっと一緒だったのだ。最近では交流は少なくなってしまったけど、それでも十分友達だと言える。
友達のために力を割くのは、悪いことではないよね?
ぽかんと口を開けるサルサーク君を見ながら、私はこれからのスケジュールを考えていた。
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