第七百十四話:就職難
あれから数日過ごしてみたが、特に隠し通路に言及されることはなかった。
Aクラスの人達も特に何か言われるようなこともなく、次の日無事に登校してきた王子も特に何も言ってこなかったことから、あの日の城への侵入はばれていないらしい。
まあ、扉はちゃんと閉めてきたし、カモフラージュの隠蔽魔法もきちんと起動していたので、ばれる要素は何もない。
一応、通路内で戦闘っぽいことをした時にあちこちに魔法を放った関係で、少し壁が傷ついたりはしているが、それも土魔法である程度修復しておいた。
まあ、流石に元通りとまではいかないけど、元の形にすることはできる。それに、周りに合わせて少し汚しておいたのでよほど注意深く見ない限りはばれないと思う。
あそこには明かりがないし、あそこを使う王子もそこまで詳しくは見ないだろうからきっと大丈夫だろう。
後は、こちらがぽろっと話さない限りは何の問題もないね。
「ハクお嬢様、少し寝ててもいいですよ?」
「いや、そんな堂々と寝られないから……」
現在は授業中ではあるが、眠気が凄くてこっくりこっくりと舟をこいでいる。
あの日にある程度調べ終わったと思ったのだが、後から気にかかることが出てきてそれを調べているうちに、気が付けば三徹、四徹と徹夜する日が増えて行ってしまったのだ。
気になったことはとことんまで調べないと気が済まないというのは、下手をすると寝るタイミングを見失う。
いつもなら徹夜はいけないことだと自重しているのだけど、徹夜しないと間に合わないという状況のせいで徹夜が解禁され、それによって寝不足になってしまったというわけだ。
でもまあ、流石にこれをやっているときりがないのである程度のところで終わらせ、昨日は久々にぐっすり眠ったのだが、久しぶりに寝たせいか朝起きても体が睡眠を求めていた。
おかげで授業中に寝そうになる始末。
まあ、エルの言うように寝ても多分大丈夫ではあるけど、流石に授業中に堂々と寝るのは憚られる。
一応、私は授業態度は真面目にやってきたからね。あんまり寝たいとは思わない。
……ちょっと眠気の誘惑に負けそうだけど。
「ハク、随分と無理をしているようですけど、体は大丈夫ですの?」
「あ、はい、体は大丈夫です。これでも体は頑丈なので」
近くにいたシルヴィアが心配そうに話しかけてくるが、体自体は別に問題はない。
本当にただの寝不足なだけで、寝ればすぐに改善されると思う。
まあ、竜状態であればそもそも眠気をあまり感じないんだけどね。
流石に一か月とか寝なければ少しは影響が出てくるだろうが、一週間程度ではどうってことはない。
体の頑丈さは地味に便利だよね。病気にもあんまりかからないみたいだし。
「それならいいですけど、あまり無理はしないでくださいね?」
「はい、ありがとうございます」
まあ、もう徹夜することはないだろう。
徹夜しまくった影響もあって、すでにデータは十分に揃っている。
後はそれをまとめて、発表の原稿を作るだけだ。
結局、11月中旬までにという目標は無事に達成できたことになる。
ギリギリではあるけど、まとまったら研究室に行こうかな。
その後、授業が終わり、エルやサリア、シルヴィア達と共にお昼を食べに行こうと食堂へと向かっていると、廊下で先生が話し合っているところに出くわした。
そこにいたのはアンジェリカ先生とクラン先生、クラウス先生、そしてルシウス先生の四人だ。
いずれも学園編入時にお世話になった先生達で、今でも時たま授業で会うことがある。
みんな違う科目の先生なのによく一緒にいるところを見かけるから、元々仲がいいのかもしれないね。
「それで、どうなんだ?」
「駄目ね、まったく取り合ってくれないわ」
「うーん、実力は確かなのにね」
「家柄しか重要視しないのはよくあることだ。まったく、そんなこと言っている場合ではないだろうに」
特に聞く気はなかったのだが、近づいた時に偶然にも会話が耳に入ってきた。
どうやら、ある生徒の就職先について話しているらしい。
その子はかなり優秀な刻印魔法の使い手らしく、刻印魔法の担当であるアンジェリカ先生も一目置くほどで、卒業後は刻印師としてほぼ就職が決まっていたらしい。
しかし、相手はその子の身分を理由に就職することを拒否。いくら言っても取り合ってくれず、アンジェリカ先生もメンツを潰される形となり、かなり困っているようだ。
刻印魔法が得意な平民の生徒、なんだか心当たりがあるなぁ。
「あら、ハクさん、それに皆さんも、こんにちは」
「こんにちは。何のお話ですか?」
私達が近づくと、挨拶をしてくれる。
少し気になったので、私も挨拶を返しつつ、詳しい事情を聞いてみることにした。
「うーん、あんまり生徒に話すようなことではないのだけど……」
「いや、ハクならばもしかしたら何か力になるかもしれない。話すだけ話してみたらいいんじゃないか?」
「そう? まあ、そういうことなら……」
クラウス先生に諭されて、アンジェリカ先生が話だす。
先ほど話題に上がっていた生徒は、案の定サルサーク君だった。
アンジェリカ先生の目から見て、サルサーク君の刻印魔法の技術は群を抜いており、すでに一線級の実力を持っているらしい。
もし仮にランクを付けるとしたら、Aランク、いや、Sランクかもしれないとのこと。
通常の一般的な刻印師が大体Cランクくらいとのことなので、そう考えると相当優秀な人材ということだ。
なので、アンジェリカ先生は迷わず国が抱え込んでいる刻印師の工房の一つを紹介し、そこに就職するように促したところ、サルサーク君も乗り気なようで、そこに就職することを希望したらしい。
しかし、今になってサルサーク君が平民だという理由で断ってきたらしい。
元々、それほどの実力なら身分は問わないと言っていたにもかかわらずである。
これにはアンジェリカ先生も言い返したが、相手は平民なんぞに重要な職業である刻印師を任せるわけにはいかないと一点張りであり、一向に就職を認めようとしないようだった。
しかも、質の悪いことに、他の工房にもサルサーク君は平民だから雇わないほうがいいぞと言いふらしているらしく、他の第二、第三の候補だった工房からも拒否を受けているらしい。
刻印魔法の技術に身分なんて関係ないと思うのだが、無駄なところにこだわっているようだ。
おかげで、サルサーク君は今になって就職先を失うことになり、これには就職先の斡旋を約束していたアンジェリカ先生も困ってしまい、こうして他の先生に相談している、ということらしい。
「他に候補はないんですか?」
「一応、武具屋が提携している民間の工房なら紹介できないこともないけど、サルサーク君の実力を考えると、どう考えても身の丈に合わないわ。すぐに、これじゃ物足りないって感じちゃうはずよ」
「なるほど……」
サルサーク君の実力がいかんなく発揮されるような大きな工房だと身分を理由に断られ、それ以外の小さな工房だとサルサーク君の実力を生かしきれない。そういうわけで、紹介するにできないようだった。
これは、ちょっと良くないね。
前に調べた時に、刻印師の工房に就職する条件を見てみたけど、別に身分に関する記載なんてなかったと思う。それどころか、学園の卒業生であれば優先的に雇いますとも書いていたような気がする。
サルサーク君は確かにFクラスという最下級のクラスではあるが、一応学園の卒業生となるはずである。
魔法はそこまで得意ではなくても、刻印魔法についての知識は並みはずれていたし、私も対抗試合の時にお世話になった。
それなのに、身分なんて言う小さなことで就職させないなんて理不尽すぎる。
これは、どうにかしてあげないといけないね。
私はとりあえず、サルサーク君の要望を聞こうと思った。
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