第七百十二話:隠し通路の幽霊
隠し扉を発見したということもあって、私達は迷わずそこへ進むことになった。
一応、他の人達に見つからないように、入った後で扉は隠蔽しておいたけど、これ大丈夫かなと今更ながらに思う。
こういう隠し通路って、王族がいざという時に使うためのもので、この通路を作った際に関わった人物は皆殺しにされたり呪いをかけて喋れないようにしたりとかなり厳重に秘密が守られる。
そんな最後の砦ともいうべき隠し通路を見つけてしまったなんて知れたら、いくら王様といえども許してくれるかどうか。
下手をすれば処刑、運が良くても口封じのために奴隷落ちとかもあり得るかもしれない。
そう考えると、ここは見なかったふりをして引き返すのが一番いい気がするんだけど……他の四人は行く気満々である。
「結構じめじめしてるわね、ここが異界に通じているのかしら」
「こういう長い通路の先に全く別の世界があるというのは物語ではよくある表現ではあるが」
「この先にアルト君がいるのかな」
「どんな奴が襲ってこようともフェルマータだけは守って見せる……!」
通路は結構長い。まあ、仮に城まで続いているとしたらそれなりの距離があるのはわかるけど、でも、多分三十分も歩けば着くと思う。
問題はどこに出るかだよね。城とは言ったけど、王族がいざという時に使うための通路だとするならば、例えば寝室とか謁見の間とかの重要な場所、あるいは見つかりにくい地下とか、そういう場所に繋がっていると考えるべきだろう。
地下ならまだいいけど、寝室とかに入ってしまったらマジで目も当てられない。
夜、人知れず王族の寝室に侵入した人物なんてどう考えても暗殺者だし、もし気づかれようものなら即座に殺されても文句言えないと思う。
あらかじめ連絡しておくというのも手かもしれないが、流石にこの時間に起きていないだろう。
現在時刻は深夜も深夜。起きているとしたら、深夜巡回の兵士くらいなものだろう。
一応、寝室を守っているであろう騎士は知り合いが多いし、話はできるかもしれないけど、どっちにしろ無断で城に入ることが犯罪なんだよなぁ。
やはり着く前にどうにかして止めなければならない。ちょっと脅かしてみようかな?
「ん? 今何か聞こえた?」
「いや、俺は聞こえなかったが……」
そう言って立ち止まる。もちろん、それは幻聴などではない。実際に風魔法で音を響かせている。
さて、ここからだけど……とりあえず、引き返すように言ってみようか。
『引き返せー……引き返せー……』
「やっぱり何か聞こえるって!」
「な、なんだ? 誰かいるのか?」
明かりはランタンのみ。辺りは少し先に行けば真っ暗であり、探知魔法を使えなければ人の気配を感じることはできないだろう。
そんな状況でどこからともなく聞こえてくる声。これは割と怖いシチュエーションかもしれない。
『引き返せー……引き返せー……』
「あ、あんたがアルト様を攫った奴なの!? アルト様を返して!」
「異界の門番というわけか? これは倒さないと進めさそうだな」
「お、おい、倒すってどうする気だよ。相手は見えないんだぞ?」
「確かに分が悪いが、俺達ならやれるはずだ。みんな戦闘準備しろ!」
怖がって逃げてくれるかとも思ったが、なんだか戦うつもりの様子。
うーん、これは予想外だなぁ。どうしよ。
『アルトなど知らないぞー……この先には何もないぞー……』
「隠すところがまた怪しいわね。いい加減姿を見せたらどう? 私達はあんたなんかに屈しないわ!」
一応言って見たけど、まあ信じてくれないよねぇ……。
うーん、軽く戦ってみる? 私の魔法なら見える範囲でならどこからでも魔法を撃ちだすことはできるし、それくらいなら何とか……いや、アリアに頼んだ方が早いかな?
アリアなら姿を消したままでも魔法が撃てるし、そっちの方がよさそう。
『アリア、ちょっと相手してあげてくれない?』
『んー、まあいいよ。怪我させない程度でいい?』
『うん。ありがとね』
私の肩からアリアが離れていく。
さて、これで逃げてくれないかな?
「ッ!? 避けろ!」
暗闇から突風が吹いてくる。
これはただの風なので当たってもダメージはないから安心だ。
だが、いきなり暗闇から攻撃されたことに驚いたのか、四人は軽くパニックを起こしてしまった。
エレーナさんは手あたり次第に魔法を放ち、アレクさんは一応持ってきていたのか小ぶりの剣を振り回し、フェルマータさんは怯えているのかその場で座り込み、ウェルさんはそんなフェルマータさんを守るように後ろに庇っている。
みんな必死だけど、ただの突風なんだよなぁ……。
『引き返せー……引き返せー……』
撤退するように促すのも忘れない。
前方からは謎の突風が吹き、引き返せという声。明らかにホラーな展開だが、まあこの世界では幽霊も魔物として普通に出てくるのであんまり怖いものではない。
なんたって魔法が効くからね。
だけど、今回のこれは姿が見えないから攻撃のしようもない。頭がいい人ならさっさと撤退した方がいいとわかるはずだけど。
「こんなもの! ディスペル!」
エレーナさんが魔法を唱えると、突風がやむ。
ディスペルは相手の魔法を解除する魔法だ。かなりタイミングが難しい魔法ではあるけど、今回は常に突風が吹いていたからタイミングを考える必要がなく、決まったということだろう。
「今よ! 早く突破しましょう!」
「おう!」
そう言って、みんなで奥へと走り出してしまう。
どう考えても、見えない相手に突貫するのは悪手だと思うけど、相手も魔法を使っている以上は接近されるのはリスクとなる。そう考えると、あながち間違いでもないのかな?
まあ、相手が近接もできる奴だったら詰みだけど。
「どうしてこうなるかなぁ……」
『ハク、どうする? 動きとめちゃう?』
一人取り残された私はどうしようかと考えを巡らす。
手っ取り早いのは拘束魔法で動きを止めてしまうことだ。そうすれば、これ以上先に進まれることはなくなるし、恐怖を与えて引き返させることも可能だろう。
でも、このメンバーの場合、特にエレーナさんがメンタル的に強すぎる。王子のためなら死んでもいいってくらいの気持ちなのか、かなり無茶なこともやってのけるくらいの気概を感じる。
そうなると、拘束したところで帰ってくれるかどうかは怪しい。
どうにかしてこの先が異界ではなく現実の世界だと気づかせないと止まらないだろうな。
『んー……城まであとどれくらい?』
『多分、あと五分も歩けば着くと思うけど』
『……それ、やばくない?』
私的にはまだ余裕はあると思っていたんだけど、どうやらもう結構進んでしまっていたらしい。
あと五分となると、あの速度で走っていたらそれこそ後二、三分くらいで着いちゃうんじゃないだろうか。
『だから止めようかって言ったんだけど』
『と、とりあえず追いかけよう』
こんなところで愚痴ってる場合じゃなかった。
私は急いでみんなの後を追いかけるのだった。
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