第七百十一話:異界へと続く扉
旧校舎へとやってきた私達は、ひとまず王子を見たという壁がある場所まで行くことにした。
当然ながら正面玄関には鍵がかかっていたが、そこらへんは私の開錠魔法でちょちょいのちょいである。
ただ、開錠魔法っていうのはどうやらあまり普及していないようで、私が鍵を開けてみせるとみんな驚いていた。
確かに開錠魔法は私が作った魔法ではあるけど、すでに既存のものがあると思っていたんだけどな。
でも、よくよく考えてみれば開錠魔法なんてあったら鍵の意味がなくなってしまう。
いや、一応そういう魔法に対抗する特殊な鍵はあるらしいけど、私の開錠魔法の場合解析能力が高すぎて意味がないって感じなんだと思う。
あるいは、旧校舎だから普通の鍵を使っているかだね。
まあ、それはそれとして、無事に旧校舎へと入り込むことに成功した。
「夜の学園って、なんだか不気味ね……」
「確かにな。ゴーストでも出てきそうだ」
明かりなど当然ついてないので、光源は四人が持ってきていたランタンのみである。
私はすでに何度か夜の学園にも来たことがあるから慣れているけど、初見ではやはり緊張するのかみんな固まって慎重に歩を進めていた。
なんだか肝試しに来ているみたいだね。
「それで、その壁っていうのはどこにあるんですか?」
「こっちだよ」
フェルマータさんが先陣を切って案内してくれる。
一応、私も研究室が旧校舎にあるから何となく構造は把握しているが、本校舎よりは小さいとは言っても旧校舎も普通に大きい。だから、流石にすべて回ったことはなかった。
フェルマータさんの案内の下進んでいくと、しばらくしてじめじめとした場所へと出てくる。
どうやらこの辺りは元々職員室などがあった場所らしい。研究室として使われているエリアからは少し離れていて、現在は倉庫として使われているようだ。
壁というのはその突き当りにある場所。本来なら窓でもありそうな地形ではあるけど、なぜかここだけは壁のままらしい。
二階は普通に窓があるらしいんだけどね。だからこそ、こんな噂が立ったのかもしれないが。
「ここですか」
「うん。この辺りにアルト君がいたんだけど、気が付いた時にはいなくなってたの」
見た目には普通の壁である。壁を前にして右手側は窓が連なっており、左手側は現在倉庫となっている部屋って感じだ。
フェルマータさんが言った倉庫というのはこの一つ隣の倉庫のようで、確かにこの場所にいたなら移動するためにはその前を通らなくてはならない。
当然ながら、部屋にはどちらも鍵がかかっていて、窓も同様。フェルマータさんの視線をかいくぐって移動するには、それこそ壁に吸い込まれたとでも考えなければ無理なように思える。
「少し調べたんだけど、この場所は昔から行方不明者が絶えないらしくて、この倉庫に荷物を運びに行くのを嫌がる人も多いんだって」
「それでフェルに頼んだってわけか」
「私はあんまりそういうの気にしなかったからね。みんなが嫌ならやってあげようかなって」
「相変わらず優しいわよね、あんた。損する性格だわ」
「おい、フェルマータのことを悪く言うなよな」
どうやら以前にも行方不明者が出ているようだが、多分それは七不思議になったことによって噂に尾ひれがついた結果なんじゃないかなぁ。
というのも、私はすでにこの壁の正体がわかったから。
探知魔法で見てみればすぐにわかる。この壁の向こうには空間があるのだ。
形状的には地下に続く階段と、その先に続く通路ってところだろうか。
壁自体も巧妙に隠蔽された魔法の扉のようで、特定の魔力を流すことによってのみ入ることができるようになっているようである。
なんでこんなところに隠し通路があるのかは知らないが、恐らく王子はこの隠し通路を使うためにここに来たのだろう。
王子の魔力で使うことができる隠し通路と考えると……多分行先は城かな?
王子は普段は馬車を使って登校しているみたいだけど、何かここを使う理由があったのかもしれないね。
とにかく、これは七不思議でも何でもないと思う。
「ひとまず、調べてみましょ。アルト様を助けるのよ」
「ああ、そうだな」
そう言って、アレクさんとエレーナさんは壁のことを調べ始める。
まあ、普通に調べるだけでは隠し通路が見つかることはないだろう。
かなり巧妙に隠蔽魔法がかけられているし、恐らく王族でなければ反応しないから開けることすらできないはずだ。
さっさと真実を言ってもいいけど、まあここまで来たなら調べさせてあげた方が彼らも納得するだろう。
どうしようもないとわかれば諦めるだろうし、そうなれば明日王子が登校すれば誤解も解けるだろうしね。
「……普通の壁ね」
「そうだな……」
しばらくぺたぺたと壁を触っていたが、やがて何もないと気づいたのか首を傾げて唸っている。
一応二人はAクラス所属で優秀なはずだが、それでもやはりわからないものらしい。
まあ、仕方ないと思うけどね。
「……いや、この壁、わずかに魔力を感じる。絶対に何かあるはずだ」
「ウェル君、それほんと?」
と、思っていたら、ウェルさんがそんなことを言った。
まじか。この隠蔽を見破れるんだ。
私は探知魔法を改良しているから余裕で気づけるけど、レベル的には闇魔法の隠蔽魔法に等しいものだと思うんだけどな。
あれから練習を重ねているというのは嘘ではないらしい。ウェルさんの成長に少し感心した。
「本当だ。例えば……そのあたりに何かを感じる。調べてみてくれないか?」
「わかった」
ウェルさんの指示でフェルマータさんが指示された場所に触れる。
その場所はまさに魔力を認識させる場所だ。ピンポイントでそこを指定する辺り、かなりの探知能力だと思う。
ウェルさんの得意魔法は火属性だったはずだが、他の属性も練習したのかな? それとも、火属性で探知魔法に似たものを開発したとか。
私が作れるんだから他の人が作れてもおかしくはないよね。
「え、なに?」
フェルマータさんが手を触れた瞬間、壁に掛けられていた隠蔽が解かれ、扉が姿を現した。
この扉は王族でなければ反応しないはずなのだけど、よくよく考えてみればフェルマータさんは一応王族の血が流れているんだったね。
そうなると、個々の人物を登録しているわけではなくて、王族特有の魔力を検知しているってことか。何気に高性能な気がする。
まあ、今はそんなことはどうでもいい。問題なのは、絶対に開かないと思われていた扉が開いてしまったことだった。
「扉が出てきた……」
「もしかして、これが異界への入り口?」
隠蔽が解かれたことによって他の人達にも扉が見えてしまっている。
何もなかったというならまだしも、扉なんて出てきてしまったら入る以外に選択肢はないだろう。彼らは、連れ去られてしまったと思われる王子を助けに行こうとしているわけなのだから。
ただ、これはどう考えても王族だけが知るべき通路である。不可抗力とはいえ、他の人達に見せてしまうのはあまりよくないんじゃないだろうか。
「でかしたわフェル! これで助けに行けるわね!」
案の定、エレーナさんはテンションを上げてしまっている。
止めるべきではあるんだろうけど、どうやって止めたものか。流石にこの先には何もないだろうから行かなくていいなんて言っても信じないだろうしなぁ……。
まあ、こうして通路が見つかってしまった以上、今更誤魔化したところで遅いし、ここまで来たらある程度進んだ上でなにもなさそうだと思わせて、引き返させた方がいいかもしれない。
私は面倒なことになったなとふぅとため息を吐いた。
感想ありがとうございます。




