第七十四話:ケーキ屋さん
「はい、その調子ですよ」
いつものように道場に通い、ヘロヘロになりながらも鍛錬を終えた私は庭でルア君に魔法を教えていた。
道場が再開することになってからも隙間を見つけては魔法の勉強も続けていたのだが、ルア君の成長は目覚ましいものがあった。
最初は初級のボール系の魔法ですら苦戦していたが、今ではスムーズに魔法を発動できているし、最近教え始めたボール系魔法を応用した形の変化も徐々に覚えつつある。
まだ刃とか特定の形しか覚えられていないけど、この調子で行けば変幻自在に形を変えることも可能になってくるだろう。
本人は剣士志望みたいだけど、魔術師としてもやっていけるのではないだろうか。
「ねぇ、ほんとにこれで発動するの?」
「ええ、しますよ。やってみせたでしょう?」
「それはそうだけど……」
うんうんと隣で唸っているのはアリシアさん。
いつの日からか、私がルア君に教えているのを見て私も学びたいと言ってきたので一緒に教えている。
けど、私の教え方が悪いのか中々扱えないようだった。
うーん、ルア君はちゃんと使えてるんだけど。
「こんな複雑なの暗記できるわけないでしょう……」
「簡単ですよ?」
「それは絶対ハクだけですわ……」
アリシアさんはどうも暗記が苦手らしい。
まあ、私の魔法って魔法陣を暗記することによって即座に発動するものだからね。そもそも暗記できなければ何も起こらない。
まあ、そのための詠唱なんだろうけどさ。アリシアさんも詠唱での魔法ならそこそこできるみたいだし。
「便利なんだけどなぁ」
「私には荷が重いかもしれませんわね」
まあ、その辺りは得意不得意があるから仕方がない。
魔法なら負けるつもりはないけど、剣術なら遥か雲の上の存在だし、アリシアさんは。
「今日はこの辺にしておきましょうか。ルア君、アリシアさん、お疲れ様でした」
「お疲れ様でしたー」
「お疲れ様でした」
さて、これからどうしようかな。
ググッと伸びをしながら今後の予定を立てる。
特に予定はないけど、今日は早めに終わったから時間が余ってるんだよね。
「ねぇ、ハク。よければこの後ご一緒しませんこと?」
「いいけど、どこ行くの?」
「最近できたというケーキ屋さんですわ。美味しいと評判ですのよ?」
ケーキかぁ。そういえば最近甘いもの食べてない気がする。
まあ、基本的に甘味は高いからね。お店も中央部に多くあるし、そこまで見かけることもない。
久しぶりに食べてみたいし、断る理由はないかな。
「いいですね。一緒に行きましょう」
「ありがとうございます。ルア君もどうです?」
「んー、お兄ちゃんが一緒なら」
「それではサクさんもお誘いしましょうか。最近お疲れ気味ですし、リフレッシュしていただければいいでしょう」
「じゃあ誘ってくる!」
ぱたぱたと駆けていくルア君を見送りつつ、アリシアさんと顔を見合わせてふふっと笑みを零す。
サクさんも二つ返事でオーケーしてくれたので、早速向かうことになった。
アリシアさんの案内で進むこと数分。私達は中央部にあるケーキ屋に来ていた。
最近評判ということもあって店には行列ができている。
身なりのいい服の者や、執事服やメイド服を身に纏っている者が多い気がする。やっぱり甘いものは貴族の皆さんが欲しがるものだよね。
アリシアさんはともかく、私達は凄く浮いている。とはいえ、私はこれしかまともな服がないので仕方ないんだけどね。新しい服買った方がいいかな。
「いい匂いですね」
「私も来るのは初めてなのですが、皆美味しいと言っていましたわ」
こうして行列に並んでいるだけでも店内から甘い香りが漂ってくる。
はぁ、ケーキとかいつ以来だろう。
前世でもクリスマスに気が向いたら食べる程度だったからなぁ。今世に至っては初めてかもしれない。
しばらく行列に並んでいると、ようやく私達の番が来た。
店内に入ると、いくつかのテーブル席とテラス席があるのがわかる。案内されるがままにテーブルに着き、渡されたメニューの中からそれぞれ好きなケーキを頼んだ。
まあ、私は文字が読めないから教えてもらってだったけど。
「お待たせしました」
しばらくすると、ケーキが運ばれてくる。
私が頼んだのはガトーショコラだ。昔からのお気に入り。
フォークを刺すと、少し硬い生地を解すように降りていく。
一掬いを口に入れると、濃厚な甘みが口の中に広がった。
ああ、甘い。いいなぁ、この感じ。
「お気に召しましたか?」
「はい、とっても美味しいです」
「こういったものは初めて食べましたが、とても美味しいです」
「美味しい!」
アリシアさんは控えめにチーズケーキを口に運びながらにこりと笑う。
サクさんもルア君もケーキは初めてなのか、その甘さに感銘を受けているようだった。
「でもこれ、結構高いですよね……」
「大丈夫です。ここは私が支払いますから」
「え、いや、でも……」
「払わせてください。サクさんにはいつもお世話になっていますから」
「お世話になってるのはこっちなんですけどね……」
ふと金額を見てみると、銀貨5枚だって。めっちゃ高い。
まあ、いざとなれば私も払うつもりではいたけど、アリシアさんがそう言うならお言葉に甘えさせてもらうとしよう。
サクさんは終始申し訳なさそうにしていたが。
ケーキを食べ終え、いい時間になったので解散することになった。
アリシアさんの家は中央部にあるので途中で分かれ、今はサクさんとルア君と一緒に外縁部の路地を歩いている。
「美味しかったね!」
「ああ、そうだな」
「また行きたいですね」
私は食事は食べられればそれでいいと思ってるけど、甘味は別腹かもしれない。
今度機会があったらお菓子を食べに中央部をぶらつくのもいいかもしれないな。
他愛もない話をしながら歩いていた時、ふと視線を感じた。
「……?」
そろそろ日も沈む時間。路地には多くの影ができ、死角が多くなってきている。
そのため、とっさに振り返ったが、その視線の主を発見することはできなかった。
探知魔法にも怪しい人物は引っかかっていないし、気のせいだったのかな?
「ハクさん、どうしました?」
「いえ、気のせいだったみたいです」
どうにも気になるが、別に何かされたわけでもなし、相手もいないのだから気のせいだったんだろう。
そう結論付け、サクさん達を道場まで送ると、そのまま宿へと戻った。
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