第七百十話:学園の七不思議
「ちっ、驚かせんなよ……」
「それはすいません。それで、何をしてたんですか?」
「ああ、実はな……」
私の問いに答えてくれたのはアレクさんだった。
なんでも、この学園には七不思議と呼ばれる七つの謎があるらしい。
まあ、それらは学園では必ずと言っていいほどあるポピュラーなもので、よくあるのは昼間と夜では段数が違う階段とか、トイレに行くと呻き声が聞こえるだとか、そんな感じのものらしくて、生徒達が面白おかしく作り上げた意味のない作り話らしい。
以前には、キーリエさんが学園の七不思議を大公開! とか言って色々調べて回っていたらしいが、結局信憑性は薄いままだったそうだ。
キーリエさん、そんなことやってたのか……。
まあ、それはともかくとして、その一つに『異界へ続く壁』というものがあるらしい。
旧校舎一階の一番奥にある壁は普段は普通の壁なのだけど、たまにその性質を門へと変化させて壁に近づいた者を吸い込み、異界へと連れ去ってしまう、という話があるのだとか。
もちろん、アレクさん達はそんなもの信じておらず、これも噂の一つだろうと思っていたのだけど、今日の放課後に事件は起こった。
なんでも、その壁に王子が吸い込まれてしまったのだという。
「王子が?」
「ああ。と言っても見たのはフェルだけで、俺らは見てないんだが……」
「私もちらっとしか見なかったんだけどね。でも、その時確かにそこに王子がいたはずなのに、いつの間にかいなくなっちゃってたんだよ」
フェルマータさんはその時、先生に頼まれて古くなった魔道具を旧校舎に運ぶ作業をしていたらしい。
その時、件の壁の近くで王子を見かけたので話しかけようと思ったが、その時は魔道具を運んでいたため話しかけづらかった。なので、一度魔道具を置いてから話しかけようとしたのだけど、その時にはすでに王子の姿はなかったらしい。
その壁がある場所と倉庫となっている場所は割と近くて、その壁の場所から別の場所に移動するためには必ず倉庫の前を通らなくてはならない。もし王子が倉庫の前を通ったなら絶対に気づくし、そもそも倉庫にいた時間はほんのわずか。その時間で王子がいた場所から倉庫を通り抜けて視界の外まで行くことは不可能だという。
もちろん、窓を通ったとか、近くの教室に隠れていたとかいう可能性もあるが、その時調べた限りでは窓は全部閉まっていたし、他の教室も倉庫となっているため普段は鍵がかかっている。そして当然、その時も鍵はかかっていた。
そうなると、王子はその場から忽然と姿を消したことになる。そして、その時思いだしたのが例の七不思議というわけだ。
「どうせ見間違いだろ? なんで俺まで駆り出されなきゃならないんだ」
「そこはほら、やっぱり一人じゃ怖いし」
「騎士団長の息子と魔法騎士団長の娘がいても怖いのかよ。というか、お前らに比べたら俺なんて鼻くそみたいなものだろうが」
「そんなことないよ。私はウェル君が努力してるの知ってるよ?」
「うっ、そ、そうか……」
フェルマータさんの言葉にウェルさんが顔を赤くして押し黙る。
ウェルさんと言えば、二年生の時に勝負を挑まれて、それを返り討ちにしたという経緯がある。
あの時のウェルさんは魔法の詠唱に難があり、お試し期間中の授業の時に魔法を暴発させかけていたから私が水魔法をぶつける形で止めたのだけど、それが気に入らなかったらしくて勝負を挑んできたのだ。
まあ、返り討ちにしたし、その時一緒にいた同じクラスの人やお兄さんのマックスさんが諭してくれたから事なきを得たけど、あれからどうしていたかは気にしていなかったな。
この様子だと、あれから真面目に頑張ったのかな? そうだと私としても嬉しいな。
「そんなことより、もしアルト様が異界に連れ去られてしまったというなら一大事だわ! なんとしても、私達の手で助け出してあげないと」
「助け出すって、では皆さんもその異界の壁とやらに入るつもりなんですか?」
「当然よ! アルト様を助けるのは、アルト様の婚約者予定である私の務めなんだから!」
エレーナさんはそう啖呵を切る。
そういえば、エレーナさんは王子のこと大好きだったね。そりゃ王子が異界に連れ去られたなんて知れたら奮起するのも当然か。
まあ、それはともかく、異界の門なんて本当にあるんだろうか?
私も前世で、学生時代にそういう七不思議を解明するために色々調べたことはあったけど、まともな理由だったためしがない。
限定的な都市伝説みたいなもので、信憑性なんてほんとに雀の涙レベルである。
でも、可能性が全くないというわけでもない。
なにせ、ここは異世界なのだ。前世ではなかった魔法の力がある以上、そういう不思議現象が起こってもおかしくはない。
実際、私は異世界に繋がる転移魔法陣を見つけているわけだし、それが学園にないとも限らないしね。
もしそうだとしたら、しっかり調べておかないと後で面倒なことになる気がする。
杞憂かもしれないけど、一応調べておいた方がいいかな。
「そういうことなら、私も行っていいですか?」
「それは構わないが……大丈夫か? もしかしたら異界に行くかもしれないぞ?」
「大丈夫です。魔法さえ使えれば何とかなります」
大抵のことは魔法さえ使えれば何とかなる。仮に使えなかったとしても、【竜化】できれば戦闘面に関しては安心だろう。
もちろん、このメンバーに見せるわけにはいかないからそれは最終手段になるだろうけど、よほど酷い世界でない限りは生き残れる自信がある。
というか、多分異界に行くことはないだろうしね。
考えても見てほしい。フェルマータさんは魔道具を運んでいたという理由があったけど、王子はなぜそんな場所に足を運んでいたのかということだ。
旧校舎は一応マイナー研究会の研究室がある場所ではあるけど、王子が所属しているのは確か魔法剣研究会。
あれはそこそこ人気な研究会のはずだから、多分研究室は本校舎にあるはずである。
とすると、なぜ王子は旧校舎を訪れる必要があったのか?
今のところその理由はわからないけど、少なくとも異界に連れ去られたなんて考えるよりかは別の理由を探したほうが賢明というものだ。
まあ、もし万が一本当に異界に繋がっているというのならそれはそれで私は一応慣れている。多分何とかなるだろう。
「まあ、戦力は多い方がいいでしょう。でも、アルト様を助けるのは私なんだからね!」
「あはは、よろしくねハクちゃん」
ひとまず、調べてみないことには何とも言えない。
もし断られるようならこっそりついていくつもりだったけど、無事に許可が下りたようでよかった。
「それにしても、旧校舎には鍵がかかっているはずですが、皆さんどうやって入るつもりだったんですか?」
「あっ……」
「……その様子だと、考えてなかったんですね?」
「し、仕方ないじゃない! 夜に学園に忍び込むことなんてなかったんだから!」
まあ、夜の学園の様子なんてわざわざ見に来ない限り知らないよね。
私はすでに何度か夜の学園を体験しているから知っているけど、基本的にはすべての出入り口には鍵がかけられている。
もちろん旧校舎も同様で、正面入り口には鍵がかけられているわけだ。
流石にここまで遅いと研究室に滞在している人は、泊っている人以外はいないし、中から開けてもらうでもしない限り入るのは無理である。
まあ、入るだけなら方法はいくらでもあるけどね。
「……まあ、鍵くらいなら何とかなりますよ。行きましょうか」
まあ、夜に学園に忍び込むと言っている時点で夜遅くに学園に留まる思考がないようだし、これは仕方ないと言えるだろう。
私は小さくため息をつきながら、旧校舎へと向かった。
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