第七百七話:卒業研究の進捗
また王都で会おうと約束し、竜化したエルの背中に乗って王都へと帰ることにした。
領主であるスレイマンさんが失脚し、事実上の領主となったシュナさんがすぐに王都にこれるのかという問題はあったが、まあシュナさんのことだからそこらへんはうまくやることだろう。
「それにしても、授業結構休んじゃったね」
スレイマンさんが捕まったのはいいんだけど、それに伴って私達も事情聴取やらなんやらで結構な時間拘束されてしまい、結局一週間くらい滞在することになってしまった。
本当なら、ちゃちゃっとシュナさんを連れ出してその日のうちに帰るつもりだったから休むことを想定しておらず、結局通信魔法でサリアに連絡し、休む旨を報告してもらうことで何とか事なきを得たというところだ。
まあ、授業が詰め詰めな低学年時ならともかく、六年生である今は固定授業以外ほとんど授業はやっていないし、卒業研究のためという理由ならそれなりに時間を融通してくれるからまだましなんだけどね。
とはいえ、流石に一週間は長い。いくら期末テストがないとはいえ、あんまり不真面目すぎると留年もありうる。
しっかりと卒業研究がまとまっていればいいんだけど、この一週間は別に卒業研究のことなんてやってないしね。
そろそろ11月に入るし、真面目に研究しないとまずい。
「ルシウス先生の力を借りますか?」
「うーん、いざとなったらそれもやむなしかもしれないね」
元々先生の力を借りるつもりはなかったが、これはマジで手を借りる必要が出てくるかもしれない。
い、いや、急ピッチでやればまだ何とかなるかな?
とりあえず、やるだけやってみよう。
「凄く楽な方法があるけど、聞きたい?」
「なにそれ?」
内心焦っていると、アリアがそんなことを言ってきた。
楽な方法があるならそれに越したことはないけど、どういう方法だろう?
「リュミナリア様に頼めば、多分一瞬でやってくれるよ」
「ああ……」
確かに、お母さんなら卒業研究くらい一瞬で終わらせそうである。
お母さんには精霊ネットワークという強力な情報収集手段があるし、それを使えば属性の相性くらいすぐに判明することだろう。
仮にそれを使わないにしても、お父さんは私と同じく全属性を使えるようだから、お父さんも手伝ってくれるならすぐに調べることができそうである。
まあ、竜と精霊だから若干人間とは違う価値観がありそうだなと思うけど、それはともかくとして、一つ大きな問題があるとしたら、まあ、頼む相手だよね。
「卒業研究を親に手伝ってもらうのはちょっと……」
小学生とか、夏休みにたくさん宿題を出された子が最終日になっても終わらなくて、親に頼るみたいなもんだと思う。
やってはいけないことではあるけど、宿題くらいならまあ、まだ可愛いものだと思う。
だけど、卒業研究ともなると流石に看過できないんじゃないだろうか。
学園生活六年間の集大成とも言えるものを親の力に頼るなんてどう考えてもダメ人間でしょう。
「いい方法だと思ったんだけどなぁ」
「流石にこれくらいは自分の力でやらないと」
まあ、ほんとにいざとなったら頼るのも手かもしれないけど、それはちょっとやめておこう。
別にそこまで切羽詰まってるわけでもないんだし、ちゃんとコツコツ研究していけば十分間に合うはずである。
「もし間に合わなそうならお手伝いしますよ?」
「でも、エルもまだ終わってないでしょう? 流石に力を借りるわけにはいかないよ」
「いえ、私はもう大体終わっているので」
「えっ……」
今、なんて言った?
「私はすでに研究は終わって、後はまとめるだけなのでお手伝いする時間はあるかと」
「え、い、いつの間に……?」
後期が始まってすぐの時は私とエルの進捗状況はほぼ同じだったはずだ。
研究に関しても同じように研究していたはずだし、なぜすでに終わっているのかが理解できない。
いや、確かに研究テーマの違いによって多少の差異はあるだろうけど、私だってまだ半分くらいしか終わってないのに……。
どこで差がついたんだろうか。思い返してみても、やっぱり思いつかない。
「普通に研究していましたよ? まあ、しばらく徹夜していましたが」
「そ、そういえば何日か部屋にいなかった気が……」
朝はいつも一緒に登校しているので気づかなかったが、よく考えてみれば寝る時にエルの姿を見ない時が何日かあった。
夜の間もずっと研究をしていたというのなら、確かに差が開くのは当たり前である。
わかってみれば確かにそれを示唆する出来事はあった。エルが授業中に居眠りしてたりとかね。
竜は何日か寝なくても普通に活動することができる。ただ、人状態になると人に近くなるせいか、一気に眠気が押し寄せてくるらしい。だから、授業中に寝ることで眠気を解消していたんだろう。
夜は寝るものだと思っていたし、これでも結構夜遅くまで研究していたのだ、それで十分だと思っていた。
それがこんな結果になるとは……。エル、恐るべし。
「それで、どうしますか? あくまで一人でやるというのなら見守りますが」
「え、えっと……やばくなりそうだったら頼んでもいい?」
「もちろんです。というか、もっと普段から頼ってくれていいですよ?」
「あはは……考えておくね」
とにかく、エルが研究を終えたことによって取り残されたのは私だけとなった。
サリアやシルヴィア達がどの程度進んでいるかは知らないけど、順当に進んでいるならそれなりに終わっていることだろう。
すでに10月も終わり間近、11月の中旬までには研究室に戻らなくてはならないし、まじで頑張らないと……。
「なんか、ハクのことだからまた変なところに首突っ込んで遅くなりそうだよね」
「いや、流石にないから……」
今回のはあくまで呪いという気になるワードがあったことと、14年もの間会えていないという状況を不審に思っての行動であって、本当ならもっと早くけりがつくはずだったのだ。
ここまで遅くなったのは、運が悪かったというか、仕方のないことだったのである。
あの時はあえて口にしなかったけど、結婚して4年も経っていたらそれこそやることはやっていそうだし、長くなればなるほどシュナさんは心を削られて行っていただろう。
だから、私があそこで動いたのは間違いではなかったはずである。うん、そうに違いない。
「まあ、私はそれでもいいけどね。ハクが満足なら」
「私もハクお嬢様がよければそれでいいと思います」
「う、うん、ありがとう」
二人の優しさが眩しい。
まあ、私とて分別はある。やらなければならないことの優先順位くらい決められるさ。
もしその優先順位で卒業研究が下に来るようだったら、それはそれで間違いではないはずである。
私はそう自分に言い聞かせながら、帰ってからの予定を考えた。
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