第七百六話:自由を手に入れ
屋敷をくまなく調べた結果、数々の証拠が出てきた。
なぜか、絵画によって隠されているはずの金庫が絵画がずれてむき出しになっていたり、金庫の鍵が近くの床に落ちていたりと様々な偶然が重なり、驚くほどスムーズに悪事の証拠は明らかになった。
当然ながら、領主であるスレイマンさんは捕まり、それに加担したと思われる奴隷商人のリカルドさんを初め、手伝っていたと思われる一部の使用人、買収されていたと思われる門番達もまた、拘束されることになった。
その過程で、シュナさんも一時拘束されることになったが、その後の調べによってシュナさんの潔白が証明され、また住人達も一刻も早くシュナさんを開放するようにと暴動に近いような騒ぎを起こしたことによって無罪となり、数人の信頼できるメイド達と一緒に開放されることになった。
「なんというか、本当にシュナさんの言ったとおりになったね」
スレイマンさんは失脚し、シュナさんは晴れて自由を得た。
未来視の能力のおかげというのはあるだろうが、ここまで予想通りになるのは普通に凄いと思う。
シュナさんの話だと、些細なことでも未来は変わってしまう可能性があると言っていたし、もしかしたら私が何か別の行動をとっていたらこんな結果にはならなかった可能性もある。
シュナさんとしても、今回のことは結構な賭けだっただろう。不安定な未来に賭けて、見事に勝利を掴み取ったのだ。
「これもハクさんのおかげです。ありがとうございます」
「いえいえ、私はただ、シュリさんの願いを叶えてあげたかっただけですから」
元々はシュリさんが悩んでいるのを見つけて、その話に疑問を持ったのが始まりだった。
後でわかったことだけど、シュナさんは呪いによって眠らされたのではなく、強力な睡眠薬、いや、仮死薬と言った方がいいかな? を飲まされたことによって目覚めることができなかったらしい。
すでにインリーズ家に呪いに関する資料など残っておらず、呪いの解き方どころかかけ方すら知らなかったようだ。
もし、これが呪いではなく、病気で目覚めなくなったなどと言われていたら、私もここまで興味を持たなかったかもしれない。
良くも悪くも馴染みのある呪いというワードだったからこそ、ここまで突っ込んで聞くことができたのだ。
そう考えると、運がよかったのかもしれない。まあ、シュナさんにとっては14年もの間、家族から離されて、さらに望まぬ結婚までさせられてしまっていたようだから不運かもしれないけどね。
「これで私も元の家に戻ることができます」
「この町のことはどうするんですか?」
「大丈夫です。こうなった時のために、信頼できる人に後任を任せています。追って陛下から指示があるでしょうが、私がいなくなってもこの町は大丈夫のはずですよ」
シュナさんは私怨によってスレイマンさんを悪人に仕立て上げようとした。
まあ、仕立て上げようとしたと言っても、元からスレイマンさんはあくどいことに手を染めていたようで、無理な税率や初夜権の行使などやりたい放題やっていたらしい。だからこそ、シュナさんが奴隷売買などの話をした時にもすぐに乗ってきたというわけだ。
だが、シュナさんもただ悪人にしようとしていたわけではない。スレイマンさんを悪人にすると同時に、町の発展に力を入れていた。
こうして貿易の町であるカラバと同じくらい賑わっているのがその証拠である。無理な税率も初夜権の行使も撤廃し、町の人々に職業の斡旋をしたり関税を緩くしたり、町の人々にとってはいい人だと思われるように努力してきたのだとか。
さらに、いつの日かスレイマンさんが失脚して町のトップがいなくなった時のために、後任の育成にも力を入れていたのだという。
もう、ここまでくると未来視とか関係なく普通に有能だと思う。
19歳という年齢を考えればある程度頭がいいのは納得できるが、それを初めて行ったのはもっと昔、それこそ、成人どころか少女と呼ばれるような年齢で行ったことである。
5歳の時点で両親を救うためにあえて攫われるという選択を取ったこともそうだし、色々と普通じゃない。
「……シュナさん、一つお聞きしてもいいですか?」
「秘密です」
「まだ何も言っていませんが……」
この疑問を確かめようと聞こうとしたが、先に質問を潰されてしまった。
「言わずともわかります。そうですね、色々お世話になりましたし、両親やシュリに内緒にしてくれるのであれば答えても構いませんよ?」
「まあ、秘密は守りますけど……」
「それなら、答えは簡単です。あなたの想像通りですよ」
そう言ってにこりと笑うシュナさん。
私の想像通りということは、やはりシュナさんは転生者ということらしい。
考えてみれば当然だと言えよう。未来視なんて、普通の人間が持つはずもない。転生の特典として授かったと考える方が自然だ。
一応、世の中には未来視のような魔眼を手に入れる方法として、悪魔との契約やアーティファクトによる疑似的な魔眼の作成などがあるが、いずれも危険な方法なのでそれらの方法をとることは禁止されている。
人間以外でなら、エルフの精霊眼のようになくはないんだけどね。
「申し訳ありませんが、本当の名前は伏せさせていただきます。この名は、あまり好きではありませんので」
「そういうことなら、深くは聞きません」
「ありがとうございます。代わりと言っては何ですが、私もハクさんやエルさんのことについては詳しく聞きませんので」
「……やっぱり、気づいてます?」
「気づいたというか、見えてしまったので。ごめんなさい」
まあ、シュナさんの未来視ならば、私はともかくエルの正体は露呈することだろう。それに、そんなエルを従えている私が普通とも考えにくい。
十中八九、シュナさんは私が転生者だということに気づいている。
まあ、秘密を守ってくれるなら別に知られてもいいけど、あんまり見られて気持ちのいいものではないよね。
未来視って自動発動なんだろうか。それとも任意? もし自動発動だとしたら大変そうだけど。
「私はしばらくの間帰れませんが、すべてが落ち着いて王都に行くことがあったら、その時はまた仲良くしてくれると嬉しいです」
「もちろんです。ある意味で仲間ですしね」
「もし、ちょっとした未来が見たいと思ったら訪ねてください。少しくらいならお力になれるかもしれません」
「いいんですか?」
「はい。特に代償があるわけでもないようなので」
それは少し安心した。
何となく、そういう能力って何か代償が必要なんじゃないかと思っていたから。
でも考えてみれば、同じくらいやばい能力を持っている聖教勇者連盟の転生者達は全くデメリットとかないみたいだし、ない方が自然か。
今は一日先程度しか見られないようだけど、本気を出したらもっと先の未来も見れるのかな? そうしたら、少しくらいは代償があるかもしれないね。
「そうだ、一つお聞きしてもいいですか?」
「なんですか?」
「両親は、シュリは元気にしていましたか?」
「……はい。シュナさんのことをとても心配していますが、元気ですよ」
シュナさんのご両親については直接会ったことはないが、シュリさんから話を聞く限り、身体的には健康のようだ。精神的には少し病んでいるかもしれないけど、それもシュナさんが戻ってくれば治るだろうし、元気と言って差し支えないだろう。
そう言うと、シュナさんは嬉しそうに微笑んだ。
まだ色々ごたごたしているから今すぐにというわけにはいかないけど、早く帰れるといいね。
感想ありがとうございます。




