第七百四話:耐え忍んだ先に
戦闘態勢をとると言っても、流石に衛兵を攻撃するわけにはいかない。
仮にこの衛兵がスレイマンさんと癒着している悪者だったとしても、役職的には一応衛兵である。
今の私達の状況はどう見ても衛兵に捕まりそうになって抵抗している人なわけで、ここで攻撃してしまったらますますそのイメージが加速してしまう。
何とか子供達だけでも逃がしたいけど、この衆人環視の中ではそれも難しい。
仮に住人達が妨害してこなかったとしても、誰か一人でも衛兵に協力的な人がいればすぐさま場所が割れてしまうだろう。子供達だけを逃がすのは無理だ。
そうなると、できることは結界を張り、閉じこもることのみ。
私の結界はかなりの強度がある。衛兵の持つ剣や魔法なんかでは破壊されることはないだろう。
時間を稼ぐことはできる。だけど、いずれは増援も来るだろうし、そうなったらますます状況は悪くなる。
どうするべきか……。
『ハク、とりあえず当てなくていいから派手な魔法を連発して?』
『派手な魔法? どうして?』
考えていると、アリアが【念話】で話しかけてきた。
確かに、最初は注目を集めるために派手な魔法を使ったけど、その役目はすでに果たしている。まあ、失敗に終わったわけだけど。
今更さらに注目を集める必要なんてあるだろうか?
『いいから。多分、そうすればなんとかなると思うよ』
『うーん、よくわからないけどやってみるよ』
アリアが何を狙っているのかは知らないが、わざわざそう言うってことは何かしら意味があることなんだろう。
私は衛兵に当てないように周囲に雷を降らせる。
「うぉっ!? 雷魔法、やはりお前が犯人か!」
「早く捕まえろ!」
衛兵達は雷の合間を縫って剣で斬り付けてくる。しかし、その程度では結界は破れない。
門の方からさらにぞろぞろとやってきて攻撃に加わるが、やはりびくともしない。
まあ、結界は防御魔法よりも耐久度が高いしね。私の魔法すら防ぐのだから、その強度は折り紙付きである。
「くそ、なんだこれは!」
「多分結界魔道具だろう。時間をかければいずれ魔力が尽きるはずだ!」
「時間をかければって、どれくらいだ?」
「多分、半日もあれば……」
「馬鹿野郎! それじゃ間に合わないだろうが!」
「だ、だが、攻撃を続ければ早まるはずだ! 攻撃を続けろ!」
どうやら結界魔道具を使っていると思われたらしい。
結界魔道具は基本的に町や村なんかを防衛するための大型のものが主流ではあるが、一応個人が使うものも存在する。
まあ、私のは魔法なので魔力が尽きない限りはずっと効力が続くわけだけど。
一応、攻撃を集中されるとそこから崩される場合もあるが、今くらいの攻撃だったらいくら攻撃したところで破壊されることはない。
せめて、この百倍は持ってきてもらわないと。まあ、ほんとに持ってこられても困るけど。
「くそ、せめてあの攻撃を止めろ! 中央の奴らが来ちまうぞ!」
「そんなこと言ってもどうすりゃいいんだよ!」
衛兵達は果敢に攻撃を仕掛けてくるが結果は変わらない。それどころか、焦っているのか攻撃の手が緩まっている気がする。
中央の奴らと言っていたけど、どういうことだろうか? 多分町の中央部にいる衛兵達のことだろうけど、増援が来るならその方がいいと思うんだけど。
「……なるほど、そういうことですか」
「エル、何かわかったの?」
エルはどうやら合点がいったらしく、なるほどと頷いている。
うーん?
「ハクお嬢様、確かシュナさんはこの町の衛兵は割とまともだと言っていたんですよね?」
「え? う、うん、そう言ってたと思うけど」
町の衛兵達がまともだからこそ、こうして違法奴隷を開放すればちゃんと捕まえてくれると、そう言ったわけだ。
しかし、結果は全然違くて、門番達は皆奴隷商人の味方、違法奴隷を違法と認めず、犯罪奴隷だとごり押そうとしている。
シュナさんの見込み違いだったということなのだろうか。それとも一部だけ?
確かによく話すであろう門番は買収しておかないとやばいかもしれないけど、他の衛兵達は別に買収する必要はない。
町の衛兵すべてを買収できるならそれに越したことはないけど、それだと流石に誰か住人が気付いて別の町に報告に行くだろう。
そうなると、ああいう風に癒着している衛兵は一部だけで、大半はまともということになる。
……なるほど、そういうことか。
「つまり、あいつらが言う中央の奴らっていうのはまともな人達ってこと?」
「そういうことです」
「それじゃあ、派手な魔法を撃てっていうのは……」
「騒ぎを大きくしてまともな衛兵を引っ張ってこようということでしょう」
これだけの轟音なら、町の中央部にだって聞こえていることだろう。
すぐ収まるならともかく、それが継続的に聞こえている上に、それを対処しているであろう衛兵からは連絡が来ない。そうなると、何かあったんじゃないかと様子を見に来るのが普通である。
つまり、このまま耐え忍んでいれば、まともな連中が来る可能性が高い。
「噂をすればほら、来ましたよ」
話していると、背後の方から衛兵らしき集団がやってきた。
この惨状を見て、彼らは素早く周りの人達を避難させ、状況を聞くために門番達に合流する。
残りは私達の周りを囲っているけど、攻撃してくる様子はない。どうやら様子見のようだ。
「おい、何があったんだ!」
「こ、こいつらは犯罪奴隷だ! 事故のどさくさに紛れて逃げようとしていたから捕まえようとしていたところだ」
「犯罪奴隷? それなら確かにこの包囲も納得だな」
「だ、だろ? 手伝ってくれ!」
「だが、あれだけ魔法を連発しているのだ、じきに大人しくなるだろう。この町に存在する犯罪奴隷や借金奴隷はすべてリストアップしてある。今のうちに照会するから名前を教えてくれ」
「そ、それは……」
こちらは包囲されていて逃げる心配がないと思われたのか、後から来た衛兵さんは子供達が本当に犯罪奴隷かどうかを調べにかかった。
確かに、大きな町の場合、そこで働いていたり捕まっていたりする奴隷達はすべてリスト化されている。
まあ、原本でもない限り奴隷の名前とその主人の名前だけの簡素なものではあるけど、奴隷の名前さえわかればその主人もわかるため、その人に何か命令をしてもらえば本当にその奴隷かどうかはすぐにわかる。
まあ、こういう場面でもなければわざわざ奴隷の照会なんてしないだろうけどね。割と有能そうで助かった。
「なんだ、知らないのか? 確か、事故で逃げだしたと言っていたな。ということは、奴隷達を運んでいた主か奴隷商人がいるはずだ。そいつはどこにいる?」
「そ、そいつだ……」
そう言って、弱弱しく馬車の近くにいたリカルドさんを指さす。
リカルドさんは勝利を確信していたのか、どうやら逃げることはせずにこの場に留まっていたようだ。
だが、その油断が命取り。ここにきて逃げるわけにはいかないだろうし、きりきり吐いてもらうとしよう。
「あなたですか。失礼ですが、お名前は?」
「りか……い、いや、エヴァンだ」
「エヴァンさんですね。見たところ奴隷商人のようですが、あの奴隷達の主人はあなたですか?」
「ち、違う! 俺は預かっただけで主人ではない!」
言い逃れようとしているのか、とっさに偽名を言うリカルドさん。
奴隷商人に引き渡された奴隷達の主人は一時的に奴隷商人になるが、確かに、ここで主人だと言ってしまえば、当然ながら奴隷の名前を知っているはずだ。しかし、商品として名前は知っているかもしれないけど、それがこの町に存在する犯罪奴隷の名前と一致するはずもない。
町に入ったばかりでまだ申請していないという言い訳もあるが、どう見ても今から町を出ようとしているのにそれは通らないだろう。
だから、ここで主人というわけにはいかないわけだ。そして、では誰が主人なのかと聞かれたときに出てくる名前と言ったら、一人しかいない。
「では、だれが主人なのですか?」
「す、スレイマン様だ! この町の領主様だ!」
「領主様ですか。それはそれは……」
領主であれば、リストの原本を持っていてもおかしくないし、いくらでも偽装することができる。そして何より、領主と知り合いだと知られれば、そこまで酷い扱いはされないだろうと読んでのことだろう。
だが、それは同時に秘密がばれた場合、領主も悪事に加担していたという証拠になりうる。
ある意味で絶好のチャンスだ。
後は、私達の処遇がどうなるかだけど、シュナさんがああ言ったのだからそう酷いことにはならないと思う。
少し不安に思いつつも、私は衛兵達の働きに期待した。
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