第七百二話:作戦は
脱出し、上空で待機していたエルと合流すると、私達はひとまず町へと降り立った。
すっかり日が昇り、町にはそれなりに活気が溢れている。
第二のカラバというだけあって、通りには出店が多く、少し奥に入れば専門店が並ぶ通りがあった。
とりあえず、適当な店で朝御飯を購入すると、それを食べながら領主邸が見える位置まで移動した。
「さて、リカルドという人が来るらしいけど、いったいどういう人なんだろう?」
時間がなかったのもあって、聞けたのは名前と男であるということ、そして違法奴隷を扱う奴隷商人ということくらいである。
まあ、奴隷商人ということだから商人風の格好をしているだろう。それに、最悪【鑑定】すれば名前くらいはわかる。
ひとまず、領主邸に入る商人風の男がいたら要注意だね。
「街中で奴隷を開放してほしいとのことですが、何かプランはおありですか?」
「うーん、できることなら逃げる暇すらない状況に持ち込みたいよね」
馬車に奴隷を何人乗せるかはわからないけど、大っぴらに乗せるわけにはいかないだろうから恐らく数人程度だろう。もちろん、普通に荷台を見ただけではわからないようにしてあるだろうから、できることなら奴隷達が積極的に助けを求めてくるような状況が望ましい。
でも、奴隷の中には体罰を受けている人も多くて、それが怖くてとっさに助けを呼ぶことができないという人も少なくない。だから、奴隷の方から助けを求めてくるかどうかは微妙だね。
「そうなると、やはり衛兵の詰所の近くで、とかですか?」
「それが一番だけど、仮にも違法奴隷を運ぶんだからそういう道は通らなそう」
やましいことをした人間が警察署の前を通りたくないように、違法奴隷を運ぼうとしている人が衛兵の詰所の前を通るとは思えない。
というか、そういうものを隠しているのなら、どう考えても詰所からは離れた場所に集める場所を用意しているだろうし、なんならあんまり巡回が来ないルートを通る可能性の方が高い。
そうなると、向こうの動きだけで衛兵の近くを通らせるのは難しい。
となると、こちらからある程度誘導してやる必要がある。
「どうやって誘導しようかな」
衛兵でなくても、少なくとも多くの人の目に触れるような状況でなければ効果は薄い。
どういうルートを通るかはわからないけど、奴隷商人の通るルートか、あるいは衛兵が通るルートを変更させる必要がある。
んー、せめて違法奴隷が集められている倉庫とやらがどこにあるかわかればまだ予想も立てられるけど……。
一応、探知魔法を使えばこの町くらいだったら範囲に収めることはできるけど、流石にどれが違法奴隷かまではわからないし。
あれ、これ案外難しいぞ?
「とりあえず、リカルドさんが倉庫に向かうまで待ってみようか」
倉庫に向かってくれれば、どの出口から出ていくかも予想が立てられるだろう。
そこで運よく人通りの多い道を選ぶならそこで開放すればいいし、もし人通りの少ないルートを選ぶのならどうにかして妨害してやればいい。
車輪を壊すとかすれば立ち往生することになるだろうし、その間に人も集まってくることだろう。
衛兵は動かすのが難しいかもしれないけど、馬車を止めることだったら簡単だしね。
『結局行き当たりばったりだね』
「うぐっ……」
アリアの声が聞こえてくる。
仕方ないじゃない。私が聞かされた情報だけだと都合よく人通りの多い場所で奴隷を開放なんてできるわけないでしょ。
というか、こういうのは何日も前から計画して実行するものであって、ちょっとコンビニ行ってきて、くらいのノリで言われて実行するものじゃない。
いや、シュナさんとしてはそれができると思ったから私に託したんだろうけど、今のところ運ゲーだよね。
まあ、幸いというべきか、この町はかなり活気がある。だから、人通りの少ない道というものがそんなになく、あってもすぐ近くに大通りがあるからちょっと騒ぎが起きれば人が寄ってくる可能性は高い。
シュナさんもある程度の未来は見えていただろうし、私がよほど突飛なことをしなければ多分成功するんじゃないだろうか。
いや、この思考こそが慢心に繋がるからダメかな? シュナさんの未来視がどこまで信用できるかがわからない。
「あ、あれじゃないですか?」
そんなことを考えていると、エルが屋敷の方を指さして声を上げた。
慌てて見てみると、そこには商人風の男が屋敷に入っていく姿があった。
あれがリカルドさんだろうか? とっさのことだったから【鑑定】をする暇がなかった。
馬車が屋敷の前に止められているけど、御者もいないみたいだし、確認するタイミングを失った。
仕方がない、出てきたタイミングで【鑑定】することにしよう。
「もしあれがリカルドさんなら、いよいよだね」
「そうですね。まあ、何とかなると思いますよ。いざとなれば私が人を集めます」
「一応聞くけど、どうやって?」
「そうですね。私が竜の姿になれば誰でも注目するんじゃないですか?」
確かに、エルの本来の姿で街中に現れればそれはもう注目を集めるだろう。いや、むしろ集めすぎて逆効果になりそうな気がする。
普通に考えて、竜が町中に現れたら逃げるだろう。リカルドさんのいる場所で現れるにしろ、別の場所で現れるにしろ、もはや奴隷などどうでもよくなっていそうである。
そりゃ衛兵は集まってくるかもしれないけど……どうなんだろう。
「それか爆発でも起こせばいいんじゃないですかね」
「まあ、それがまだましかな」
爆発であれば、爆発が起きた方向に目が行くだろうし、何なら見に行く人だっているだろう。
竜は恐怖の象徴で逃げられる可能性もあるけど、爆発くらいだったらまだ興味を引いてくれるかもしれない。
でも、エルって爆発を起こせるんだろうか。爆発魔法というものはあるけど、あれは火魔法の領分のはずだが。
「そこはほら、ブレスでも吐けば」
「いや、町が崩壊するから」
爆発というか、建物の倒壊だよねそれ。
私が魔法をぶつけてやれば爆発も起きるかもしれないけど、そんなことしたら余計に被害が広がりそうである。
やっぱり注目を集めすぎて肝心の奴隷に目がいかなそうだ。
なんでそうスケールがでかいんだろう。竜だからというのはあるだろうけど、エルだってこれでもすでに4年くらい人間として過ごしているはずなのにね。
「もう、エルは足止めすることに集中して。私が注意を引くから」
「そうですか? ハクお嬢様がそうおっしゃるのであれば」
私であれば軽い爆発を起こすことも容易である。そして、エルは氷魔法の使い手だし、足止めをする方が楽だろう。
こういうのは適材適所だ。何も必ずエルが注意を引く必要はない。
『うまくいくといいけどねぇ』
アリアの心配はもっともだが、考える時間はあまりない。うまい具合に人通りの多い場所を通ることを祈るとしよう。
私はリカルドさんらしき人が出てくるまで、じっと待っていた。
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