第七十三話:奇妙な噂
サクさんが助けを求めたことによって、弟子の中から数人がサクさんの補佐として技を教えることになった。
弟子達もそのことについては思うところがあったのだろう。すんなりと受け入れられ、話し合いの末数日後には決まっていた。
道場で使用する道具の整備も義務付けられ、サクさんの負担は大きく減ったことだろう。
今ではちゃんと初心者にも親身になって対応することが出来ているし、アリシアさんの提案はうまく受け入れられてくれたようだ。
当のアリシアさんもサクさんの補佐の一人として熱弁をふるっている。
練度が高い弟子達は実戦形式の模擬戦も行われており、初心者達にとってもいい勉強になっていると思う。
「さあ、次は誰が相手かしら?」
年上の男の子を軽くあしらったアリシアさんは汗一つかかず次の相手を要求する。
模擬戦は基本的に古参の者が行い、初心者はそれを見学するという形をとっているのだが、相手役のアリシアさんがとにかく強い。
すでに6人ほど相手をしているのだが、一度も被弾していない。それどころか汗一つかかず、全く疲れた様子を見せないのだ。
初めは身体強化魔法を使っているのかなとも思ったけど、そんな様子もなく、実力だけで相手しているらしい。それに恐らく、相当手を抜いていると思われる。
初撃は必ず相手に譲るし、積極的に攻撃もしない。相手が斬り込んでくるのを避け、カウンターの様に剣を振るっているだけ。
戦っているのに優雅で華麗な姿は弟子達の中でも注目の的になっている。
初心者達には憧れを、古参達には畏怖を。
剣の才能に恵まれているとは言っていたけど、こうして見せられると確かに凄いと思う。
なんか、聞くだけだとふーん、そうなんだくらいにしか思わなかったんだけどね。やっぱり実戦を見るとかっこいいと感じた。
その日は結局誰もアリシアさんに勝つことはできなかった。これで何連勝目だろうね。
「うーん……」
それに比べて私はというと、あまり成果は出ていない。
風魔法によって剣を軽くすることで持てるようにはなった。けど、そのまま実戦ができるかといわれるとそんなことはない。
身体強化魔法を使わずにやると、私の剣術は素人もいいところだ。学んでいるとはいえ、数日前まで碌に剣も振るえなかった人がそうそううまくなっているはずもなく、初心者同士の軽い打ち合いでもすぐに息が上がってしまう。
やはり私には剣術は合わないらしい。
少なくとも体力を付けない限りはまともに戦えないだろう。身体強化魔法に頼ればいけるんだけどな。
でも、それじゃ身にならないし、使うとしても最低限にしておきたい。
剣を軽くしたのはそもそも持てないと話にならないから許してほしい。
まあでも、型は何となくわかってきたと思う。サクさんやアリシアさんの動きを見ていると、相手の動きを見て柔軟に対処するっていうのが基本のように思える。
私が身体強化魔法で目を強化している時に相手の攻撃を見て避けるのと一緒だ。違うのは身体強化魔法に頼っていないっていうところ。
相手と競わず、相手に合わせて形を変えていく。それを意識すれば多少は戦えるかもしれない。
魔術師が接近戦をすることなんてほぼないけど、もし近づかれた時に対処するとしたらこの型はいいものだ。やることがわかりやすい。
この調子で学んでいけば剣士の真似事くらいはできるかもね。
道場で教わることも多いけど、もちろんそれだけで満足する私ではない。何日かに一度は道場を休み、お姉ちゃんにも剣術を教わっている。
お姉ちゃんが使用するのは双剣を使った高速戦闘。サクさんの流派とは真逆の型だ。
サクさんのが守りの剣術だとしたらお姉ちゃんのは攻めの剣術だね。
流石にお姉ちゃんのような高速戦闘はまだ無理だけど、動きを教わることはできる。
お姉ちゃんがやっているのは基本的に裏取りだ。素早く相手の背後に回り、急所に剣を突き立てる。まあ、面倒な時は真正面からそのまま斬りに行くこともあるみたいだけど、目で追えないほど速いからそれでも十分に効果がある。
どちらかというと、お姉ちゃんのは剣術じゃなくて身体強化魔法の強化が目的になってる気がするけど、それもやりたいことの一つだからまあいいだろう。
大事なのはスピード。相手がいくら強くても目で追えないほど速ければ中々攻撃はできない。
私も苦戦したしね。
一応、動きだけならそこそこできるようになったと思う。
身体強化魔法による加速にも慣れてきたし、最近は目に身体強化魔法をかけなくてもなんとなく周りの気配を察知することが出来るようになってきた。
これで後は剣を持てれば完璧。いや、用途としては不意の接近戦の対処だから使えなくてもいいんだけどね。避けて離れられれば。
のんびりと依頼を受けていた日常とは打って変って忙しい毎日だけど、これはこれで充実している気がする。
元々何かに没頭するのは好きだったし、今はそれに加えてサクさんやアリシアさんという友達もできた。
前世では友達と呼べる人なんて数えるほどだったからね。研究漬けで付き合いも悪かったし。
だから、へとへとになっても楽しいって思えるんだろうな。
「ハク、ちょっといい?」
夕食を食べ終え、宿の一室でしみじみと日常の楽しさを噛みしめていると、不意に声をかけられた。
お風呂から上がってきたばかりなのだろう、火照ったからだからはわずかに湯気が上がっている。
やっぱりお姉ちゃんは綺麗だよねぇ。
冒険者じゃなかったらとっくに結婚してそうなんだけどな、今のところお姉ちゃんからそういう話は聞かない。
恋愛には興味ないのかな? スタイルいいのにもったいないね。
「なあに?」
「さっきギルドから使いが来たんだけどね。そしたらちょっと妙なことになってるみたいで」
「妙なこと?」
近くにあった椅子を引いて座ると、お姉ちゃんは話し始めた。
「最近、この町で奇妙な死体が発見されているというのは知ってる?」
「ああ、そんな話があったね」
ここ最近、街で噂されている奇妙な死体。何が奇妙かというと、その殺され方にある。
四肢がもげていたり、胴体から真っ二つになっていたりととにかくえぐい死に方をしているのだ。
それも刃物とかで切断されたとかではなく、力任せに引きちぎったかのような傷なのだという。
いったいどんな怪力の持ち主ならそんなことが出来るのか、巷では噂になっていた。
「そう。それらがどうやってあんな姿になったのかはわからないけど、被害者の中に私達も知ってる人がいたそうなの」
「えっ……」
それって、知り合いが殺されたってこと?
とっさに今まで知り合った人たちを思い浮かべる。
サクさんやアリシアさんはほぼ毎日会ってるから違うとして、だとすると冒険者ギルドの誰かだろうか。
不安そうに俯く私を見て、お姉ちゃんは大丈夫と言葉を続けた。
「安心して。ハクの友達とかじゃないから」
「じゃあ、誰が?」
「例のオーガ騒動の時、ギルドから逃げ出した人がいたでしょ。あの人だよ」
ギルドから逃げ出したって言うと、例の犯罪組織の一員か。
他の奴らと違って最後まで口を割らなかったから重要人物と思われていたけど、まさか死体になって発見されるとは。
一体誰がそんなことを。
「それで、少し調べてみたんだけど、どうやら被害者のほとんどが例の犯罪組織の一員らしいの」
「誰かが、犯罪組織の人間を潰してるってこと?」
「そこまではわからないけど、その犯罪組織に恨みを持った奴の犯行じゃないかって言われてるみたい」
奴らは誘拐とかも平気でやっていたし、オーガ騒動の発端となった組織でもある。被害者から恨まれていても不思議ではない。
でも、だとしても体を引きちぎるなんて強引な方法で殺害できる人なんているだろうか。
魔法を使えばあるいは? 身体強化魔法を極限までかければ行けるだろうか。いや、そんなことが出来る魔法の腕があるならもっと簡単に殺せるだろう。
恨みが強くてより苦しめる形で殺したかったとかだろうか。詳しくは見てないからわからないけど、四肢を引きちぎられるなんて相当な痛みだろう。被害者の顔は恐怖と痛みに歪んでいたに違いない。
「犯人の目星はついてないの?」
「今のところは恨みを持った人間の犯行としか。病院の方で遺体を調べてるみたいだけど、特に成果は上がってないみたい」
「そっか」
今までさんざん犯罪に手を染めてきたのだからそれが返ってきたと思えば同情とかはしないけど、そんなことが出来る殺人犯がこの王都にいると考えると少し怖いな。
まだ見ぬ殺人犯の陰に少しだけ肩が震えた。