第七百話:インリーズ領へ
本編でも700話達成しました。ありがとうございます。
夜、私はエルと共に空を飛んでいた。
少し調べたが、インリーズ家の領地はここからそこそこ遠い場所にあるらしい。
だが、それは馬車で行った場合の話。竜の翼であれば、時間を圧倒的に短縮することができる。
ただ、それでも王都から普通に飛んだのでは丸一日かかりそうだったので、以前竜の谷に行く時に通ったルートを参考に近くまで転移し、そこから飛ぶことによって更なる時間短縮を狙った。
まあ、多分本気で飛べば王都からでも半日足らずで着けると思うけど、それだとちょっと疲れるからね。魔力を使うとはいえ、転移を使った方が楽だし早い。
そういうわけで、夜明け頃にはインリーズ領までやってくることができた。
〈ここに悪徳領主がいるわけですか?〉
〈悪徳領主かは知らないけど、シュナさんを連れて行ったのは多分その人だと思うよ〉
現在は竜の姿を解禁し、隠密魔法で姿を隠している。
アリアもついてきているが、アリアはアリアで姿を消せるので何の問題もない。
それはさておき、まず向かうべきは領主邸だ。
この場所についてはよく知らないけど、多分見ればすぐにわかるんじゃないかな。
王都の屋敷ですらかなり立派だったのだから、領地の家となればかなりの豪邸に違いない。
そう思って空から街を見まわしてみると、それらしき建物はすぐに見つかった。
財を極めたと言わんばかりの豪奢なつくりの屋敷。あんまり趣味がいいとは言えないけど、金があることだけはわかる。
ここにシュナさんがいるのかと思うとちょっと心配だけど、結婚したと言っていたし、少なくとも生きてはいるだろう。
まともな考えを持っているかどうかは保証できないけど……。
〈とりあえず、エルは空で待機していて。私はアリアと一緒にこのまま潜入する〉
〈了解です。どうかお気を付けて〉
そう言い残し、私は人状態になって屋敷の屋根の上へと降りる。
もちろん、隠密魔法は使ったままだ。足音は立ててしまったが、ここまで確認しに来る人もいないだろう。
さて、もうすぐ朝だし、早めにことを済ませないといけないかもしれない。
私は土魔法で屋根に穴をあけ、屋敷の中に潜入していった。
『アリア、シュナさんを探してくれる?』
『任せて。すぐに見つけてみせるよ』
とりあえず、アリアと二手に分かれることにする。
探知魔法で人の気配はわかるが、流石にどれがシュナさんかまではわからない。
私の場合、一つ一つ部屋に入って確かめなければならないけど、アリアの場合は壁をすり抜けることだってできるからその分確認が楽だ。
まあ、私も多分似たようなことはできる気がするけど、流石に体全部はちょっと怖い。
今は人間寄りなんだし、あんまり精霊っぽいことはやらない方がいい気がする。
まあ、それは最後の手段だね。
「さて、とりあえず一階かな」
アリアが二階の方を探しに行ったので、私は一階を探すことにする。
気配がある部屋を探り、開錠魔法で鍵を開けながらこっそりと部屋の中を確認する。
情報では、真紅のような赤髪らしいのでそれらしい女性を探していくが、特にそういった人は見当たらない。
というか、一階はほとんどが使用人の部屋のようだ。すでに起きている人もいて、厨房やら廊下にもいるからちょっと気を付けなければならない。
「一階にそれらしき人物はなし。アリアの方はどうかな?」
『ハク、聞こえる?』
そう思っていると、アリアからの【念話】が届いた。
ナイスタイミングだね。
『聞こえるよ。どうだった?』
『それらしい人を見つけたよ。二階の端っこの部屋』
『わかった。今行くね』
アリアの連絡を受け、私はすぐさま二階へと移動する。
結構広いから迷いそうになるけど、アリアの気配を頼りに進んでいくと、すぐにそれらしき部屋を見つけることができた。
『来た来た。この部屋だよ』
『ありがとうアリア。これなら、王都の屋敷でもアリアに頼めばよかったね』
『むしろなんで頼んでくれないのかが不思議だったんだけど?』
『あはは、ほら、アリアは私とセットみたいなものだし?』
アリアはいつも私のそばにいて、危なくなったら助言をしてくれたりする立場である。それこそ、空気と同じくらいいて当たり前の存在であり、転移以外であんまり離れるという考えが浮かばなかったのだ。
その転移ですら、ぎこちないとはいえ使えるようになったわけだし、もはやエル以上に一緒にいる時間が長い。
それに、アリアは一応人間に捕まった前科があるしね。精霊になった今なら大丈夫だとわかっているけど、やはり心配なものは心配である。
だからこそ、あそこでは精霊の方に頼んだわけだ。
『それより、ほんとにシュナさんだった?』
『少なくとも、赤髪でオッドアイの人ではあったよ。確認は任せる』
『わかった。じゃあ入ってみようか』
私は開錠魔法で鍵を開けると、そっと扉を開けて中に入る。
そこはどうやら寝室のようだ。こじんまりとしているが、調度品の数々はどれも豪奢で、なかなかお金がかかっていることがわかる。
そんな下手をすれば成金趣味に見られかねない部屋に置かれた椅子にその人は座っていた。
真紅のような赤髪に灰色と紺碧のオッドアイ、そして何より、シュリさんと似た独特の魔力。間違いない、この人がシュナさんだ。
「お待ちしておりました。あなたがハクさんですね?」
「……ッ!?」
この人、私のことが見えているの?
私は今隠密魔法で姿を消している。探知魔法ですら探知することができないものだから、よほどセンスに優れていない限りは気配を感じ取ることなど不可能なはずなのに。
はったりかとも思ったが、初めて会うはずの私の名前まで知っているのだ、それはないだろう。
とにかく、相手は私と話す気があるようだ。私は隠密魔法を解除すると、シュナさんの前に姿を現した。
「あ、ほんとにいきなり現れるんですね。ちょっとびっくりしました」
「えっと、あなたは私のことがわかっていたのでは?」
「ここに来ることは知っていました。ただ、知っているのと実際に見てみるのは違うでしょう?」
「どういうことです?」
私が来ることを知っていた? いったいどういうことだろう。
私がここに来ることを知りえたのは王様くらいだ。シュリさんにだってここまで来ることは伝えていない。
そして、王様がわざわざ通信魔道具で知らせたとも考えにくい。そんなことして何になるって話だし。
「私には少し先の未来が見えるんです。それを朝使ったら、この時間にあなたが現れるという未来が見えただけ。限定的な能力なので、あまり役には立ちませんけどね」
「未来が見える……」
なるほど、それなら私がここに来ること知っていても不思議はない。
知っているけど、実際に見るのは違うというはそういうことか。
私が聞いた話では、シュナさんは特に何の能力もないただの子供だったという話だったはずだけど、なぜそんな能力を持っているんだろうか?
まあ、今はそれは置いておこうか。それよりも、確認しなければならないことがある。
「あなたは、シュナさんで間違いないですか?」
「はい。私はシュナ。スレイマンに籠の鳥にされている哀れな小鳥ですね」
そう言って笑うシュナさんはどこか寂しそうな顔をしていた。
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