第六百九十八話:確認を取る
「とりあえず、あなた達の事情はわかりました。ノイマン伯爵が本当にそういう人物かはわかりませんが、今ここで連れだすことはやめましょう」
本人達が望んでいない以上、無理矢理連れだすのは難しい。だから、私としてはこうするしか選択肢がないのだ。
ただ、彼女達の言葉をそのまま信じたわけでもない。明日にでもノイマン伯爵について調べ、彼女達の言葉が真実かどうかを確かめねばならないだろう。
もしそれまでに何か行動を起こされると面倒だけど、まあこうして隠している以上、彼女達が今すぐ命の危機に晒される可能性は低いと思う。
なるべく急ぎはするけど、ここは引くしかないね。
「それはそうと、一つ聞きたいことがあるのですが」
「なに?」
「シュナという女性に関して、ノイマン伯爵は何か言っていませんでしたか?」
せめて、本来の目的だけでも達成しようと質問をしてみる。
この中に、シュナさんらしき人物はいない。精霊達の話を聞く限り、この家で怪しかったのはここの人達だけで、その他は普通に起きて活動している人達だ。
一応、シュリさんにシュナさんの特徴を教えてもらったけど、私が見た限りではメイド達にシュナさんらしき人はいなかったし、すでに呪いは解けているけど帰りたくなくてここで働いている、ということもなさそうである。
だから、一縷の望みをかけて聞いてみたわけだが、そうしたらこんな答えが返ってきた。
「シュナ? それなら、何か言ってた気がする」
「え、ほんとですか?」
「うん、多分」
「な、なんて言ってました?」
シュナさんがここに来たのが14年前で、彼女らがここに来たのはつい最近。てっきり知らないと思っていたけど、どうやら聞き覚えがあるらしい。
話を聞いてみると、ノイマン伯爵が食事を持ってきた際に、こんなことを口走っていたそうだ。
『あれからあまり連絡をよこさないが、何をしているんだろうか。流石にいつまでもシュナは呪いで眠り続けていると誤魔化すのは無理があるぞ』
彼女から聞けたのはそんな言葉だった。
これはつまり、すでに呪いは解けている、あるいは何らかの理由で呪いで眠り続けている状態ではなくなったということである。
誰かを案じているようだったから、シュナさんはその人の手に渡ったということだろうか?
知り合いの子供を預かっておいて、それを別の誰かに渡すとか普通に考えて誘拐である。
さっきちょっといい人っぽいと思ったけど、一気に信憑性が薄れた。
「なるほど……ありがとうございます。参考になりました」
「そう? ならよかった」
これは本格的にノイマン伯爵について調べる必要が出てきた。
奴隷を保護したということについてもそうだけど、シュナさんを渡したと思われる人物や、ノイマン伯爵自身の善悪についても。
「では、私は一度戻ります。またしばらくしたら来ると思うので、もしその時、脱出したくなったら言ってくださいね」
「私はノイマン様を信じてる。だから大丈夫」
「そうですか。あ、できれば私が来たことは内緒にしていただけると助かります」
「わかった。そっちも何か事情がありそうだし、言わないでおいてあげる」
「ありがとうございます」
これで証拠になりそうなものは残さずに済みそうである。
私は彼女に別れを告げると、インリーズ邸を後にした。
翌日、私はまず王様に確認を取ることにした。
違法奴隷の開放を申請しているのであれば、王様なら当然知っていることだろう。
これで申請などなかったとなれば黒確定であったが、確認したところ、どうやら本当に申請中らしい。
この申請が受理された場合、担当者が保護した奴隷に実際に会い、事情聴取をして本当に違法奴隷かどうかを調べることになる。
ただ、こういった申請は割とある上に、たまに犯罪奴隷なのにもかかわらず主と結託して違法奴隷扱いして解放させようとしてくる場合もあるので色々慎重になっているようだ。
違法奴隷を保護したとなれば、保護した人物には謝礼が支払われるから、それ目当てに適当に犯罪奴隷を捕まえてきてというパターンもあるらしい。
よくもまあそんなこと考えるものだね。
「それじゃあ、ノイマン伯爵は普通にいい人ってことですか?」
「私から見ればノイマンは特に悪行に手を染めているというわけでもない、むしろ国に貢献する善人という印象だな」
王様の印象的にはそういうことらしい。
おおよそ悪事に加担するような性格ではなく、むしろ逆。時折孤児院を訪れて寄付をしていくようないい人、ということらしかった。
これは、どういうことだ?
違法奴隷を保護したというのは本当っぽいけど、だったらシュナさんは何だったんだという話である。
彼女の証言によれば、ノイマン伯爵はシュナさんを誰かに引き渡したと思われる。しかも、それを隠してシュリさんには呪いが解けていないから近づいてはだめだと言っている。
世間ではいい人で通っているのにやっていることは真逆。いったいどういうことなんだろうか。
「訪ねてきてくれたのは嬉しいが、なんでいきなりそんなことを? ノイマン伯爵について何か気になることでもあるのか?」
「あ、はい、実は……」
私はシュナさんについて事情を話す。
14年前に預かったきり帰ってこない娘。それを心配している妹がいるという事実は調べようと思うには十分な理由だろう。
それを話すと、王様は顎に手を当てて何か考えるような仕草を取った。
「14年前というと、ノイマンの息子が家督を譲り受けた年だな」
「息子さんですか?」
「ああ。ノイマンは当時43。息子は18だった。領民からはまだ早いという声もあったが、ノイマンは結局息子に家督を譲り、王都の別邸で過ごすようになった」
確かに、家督を譲るには少し若いかな? いやまあ、一応成人済みだし、それほど息子さんが優秀だったからかもしれないけど、伯爵の地位ともなればそれなりに権力も持っていただろうに、それをあっさり息子さんに譲ってしまうんだね。
いや、別に家督を譲ったとはいっても、重要な選択の場面ではまだ引っ張り出されることもあるだろうし、全く権力がなくなったというわけでもないだろうから特に忌避感はなかったのかもしれない。
「息子さんはどんな人なんですか?」
「才気溢れる奴ではあるが、少々我儘なところがあるな。欲しいと思ったものは何が何でも手に入れると自ら言っていた。そして、ノイマンは息子に甘く、息子が望むものは大抵金の力を使って用意していたようだ」
「なるほど……」
我儘な息子に息子に甘い親か。金は持っているから大抵のものは与えられていただろうし、子供の頃からそうやられていたらそりゃ我儘にもなるかなぁ。
まあ、別に貴族なら珍しいことでもない。というか、平民だって普通にある話である。
自分の子供が可愛いのは親ならある意味当然のことだしね。甘やかしたくなる気持ちはわかる。
ただ、そんな人が今や領主になっていると考えるとちょっと不安だけど。
「確か、4年前に結婚したらしいな。ノイマン経由で知らせが来た」
「4年前っていうと、息子さんは28歳ですか。だいぶ遅かったですね」
「本来なら許嫁がいたのだがな、我儘を発揮して当時5歳の子供を妻にと欲しがったそうだ。その子が成人するまで10年、よくもまあそこまで待ったものだ」
「え、当時5歳の子供?」
なんだかどこかで聞いた話である。
「その話、詳しく聞かせていただけませんか?」
まさかとは思うが、一応聞いておかなければならない。
私は王様に詰め寄ると、詳しい話を聞きだした。
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