第七十二話:サクの苦悩
数日後、無事に模擬剣等の教材も届き、アーシェント道場改め、サク道場が開かれることになった。
教材を運んでいる隊商が途中で盗賊に襲われるというアクシデントがあったようだが、その辺りはミーシャさんが色々と手を回していたらしい。
多少の遅れは出たが、問題なく運んできたあたり護衛も信用できる人を雇ったんだろうな。
道場に顔を出すと、数十人の弟子達がサクさんの教えの下、剣を振るっていた。
自信なさそうにしていたけど、見たところ特に問題はないように思える。
ただ、サクさん一人に対して弟子が少し多すぎるようだ。
元弟子というだけあって皆基礎はしっかりしていて足運びや打ち込み方などは見事なものだ。
しかし、弟子は元弟子だけではない。新たに道場ができるという噂を聞きつけて、新規に入ってきた弟子もいる。
いずれも年若く、多少基礎ができる程度の実力しかないため元弟子達との実力差が激しい。
サクさんはそれぞれの人に対して、一人一人丁寧に教えていっているようだが、数が多すぎて手が回りきっていないというのが現状だ。
全員のレベルが均一なら同じことを一括で教えることが出来るが、初心者もいるとなるとそれに合わせなくてはならない。
しかし、それに合わせると実力がある人にとっては退屈なものになってしまう。
私も初心者組の一人として教えを乞うているが、やはりサクさんがついていられる時間は少ない。
そんなちぐはぐな稽古が数日続けば、不満も出てくるというもの。
元弟子達はサクさんの事情を知っている人が多いので比較的そういった声は少ないが、初心者達はせっかく入ったのにあんまり教えてもらえないと不満を漏らす者もいる。
アーシェントさんはこれほどの弟子をどうやってまとめ上げていたのだろうか。
「うまくいかない……」
ある日、稽古が終わった後、縁側で座り込むサクさんがそんなことを呟いていた。
せっかく自分のために集まってくれたというのに、それに応えられないのが辛いのだろう。
うまく教えることが出来ないというのもそうだが、道場の維持も難しい。
一応、入門した弟子達は月に決められた金額を払うことになっているから人数が多い今金額的な問題はクリアされている。
しかし、備品の整備など、圧倒的に時間が足りていない。中には自主的に整備をしてから帰っていく弟子もいるが、それでも結構な量をサクさん一人でやらなければならないというのは辛いものがある。
弟のルア君も手伝ってはいるが、冒険者の時と違って生活環境はかなり変わっただろう。
「サクさん、少しよろしいでしょうか?」
一人座り込むサクさんに話しかける人がいた。
私を除けば道場で唯一の女性である、そうアリシアさんだ。
道場着を脱ぎ、いつものドレス姿に戻ったアリシアさんはそっとサクさんの隣に腰を下ろす。
いきなりのことでサクさんも混乱しているのか、びくりと肩を震わせてちらちらとアリシアさんを見ていた。
「ハクも、そんなところにいないでこちらへきたらどうです?」
「あ、はい」
なんとなく、帰り際にそんな光景を目にしたから突っ立っていたのだけど、よく考えたらそんなことする必要もなかった。
アリシアさんに言われたこともあり、私もサクさんの下に向かい、隣に腰を下ろす。
「あ、あの、なんでしょうか?」
「サクさん、あなたは頑張っておられます。あなたの教え方はアーシェント様とよく似ておられますわ」
落ち着いた声色で宥めるように、そっとサクさんの手を取って顔を見るアリシアさん。
身長の関係でアリシアさんが見上げるような形になり、アリシアさんの顔を見たサクさんは顔を赤くしてそっと目線をそらしている。
「そ、そうでしょうか」
「はい。ですが、丁寧すぎて一人一人にその教えがいきわたらないことも多いでしょう」
「はい、そうですね……」
今まさにそう思っていたところだと肩を落とすサクさん。
気落ちするサクさんに大丈夫とそっと背中を撫で、アリシアさんは続けた。
「そこでなのですが、もしよければ私もサクさんと同じように教える側に立ちたいと考えています」
「教える側に?」
「はい。私はアーシェント様の教えをすべて理解しているつもりです。その技を教えることは私にもできましょう。それに、サクさん一人では色々と厳しいでしょう?」
「それは、そうですが……」
「私の他にも、アーシェント様が認めた優秀なお弟子さんもいます。その方達に力を借りるというのはいかがでしょうか? サクさんの負担も軽くなると思うのですが」
なるほど、つまり、元々優秀な弟子を先生として雇うってことか。
確かに、元弟子の中には優秀な人材もいるだろう。彼らは皆サクさんのことも慕っているし、声をかければ力を貸してくれそうだ。
「いいんでしょうか……」
「アーシェント様の道場を守りたいのは私達も同じです。頼ってくれていいのですよ」
「……お願いできますか?」
「ええ、もちろん。このアリシア、精一杯務めさせていただきますわ」
「ありがとうございます……」
人が増えれば十分に教えることが出来るだろう。サクさんの負担も減るし一石二鳥だ。
それにしても、アリシアさんってそんな優秀な弟子だったんだね。
確か、能力として剣の才能を授かったとか言っていたような気がする。
稽古を見ていても確かに周りの人と違って一歩抜きんでているし、アーシェントさんの教えを全部覚えているというのも嘘ではないのだろう。
女性なのに軽々と剣を振っているのはその能力が関係していたり? いや、体力云々は関係ないだろうし、そこは単純に努力の成果かもね。
若干晴れ晴れとした表情を見せたサクさんはそのまま道場の奥へと戻っていった。
「ま、見てられなかったし、正直教われることはもうないと思ってたからな。ちょうどいいぜ」
「喋り方」
「いいだろ? 今は白夜と二人っきりなんだから」
そりゃ今は二人っきりだけど奥にはサクさんいるし、どこで誰が聞いているかわからないんだから自重しなさい。
もし聞かれて、男口調のお嬢様なんて変な噂が立ったらどうする。
それを言うと、口をとがらせながらもお嬢様口調に戻った。
全く世話の焼ける。
「それにしても、ハクも道場に通うことにしたんですのね」
「まあ、剣術の参考に」
「でも、剣振れませんよね?」
「……それは、まあ」
模擬剣を持ってみたが、一応持てはするけどやはり私には重かった。
振ろうとすれば身体ごと持っていかれるし、振るというより振り回されてる感じだ。
やっぱり、筋力をつけるか重さをどうにかしないと私に剣は扱えないらしい。
うーん、重さをコントロールできる魔法でもあればいいんだけど。
いわゆる重力魔法? 全属性使える私だけど、重力魔法はどの属性に分類されるのだろうか。
分類がわからなければそもそも魔法陣が作れない。イメージできればなんとなくはわかると思うけど、剣を軽くするってどうすればいいんだろう。
魔法陣の基礎から考えると……精度は重要なのかな。それとも形?
いや、難しく考えないで、風で浮かせようとすればいいのか。
剣に風を纏わせて、その浮力で重さを軽減する。うん、行けるかもしれない。
次来たときに練習してみようか。
「剣を使えるかどうかじゃなくて、剣術を知りたいんです」
「まあ、そういう方もいらっしゃいますわね」
「え、いるの?」
「ええ、たまに」
ふむ、剣は使えないけど武術として技は知りたいっていう人、いるもんなんだね。
ふとアリシアさんの方を見ると、にっこりと柔らかな笑みを浮かべている。
思わずドキッとしたのは内緒。
その後はアリシアさんの弟子時代の話を詳しく聞いたりしてしばし縁側でくつろいでいた。