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第八話:ロニールの胸中

 行商人ロニールの視点です。

 すやすやと眠りに着いた少女を見てふぅと息を吐く。予備に持っていた安物の毛布で申し訳なかったのだが、少女は特に文句を言うことはなく、むしろ嬉しそうに受け取っていそいそと包まってしまった。

 この辺りは気候も安定しているし、馬車の中ならば風もそこまで気にならないだろうから寒くはないだろうが、ボロボロの少女の姿を見ると自分が使っている保温性の高い毛布を渡した方がよかったのではないかと少し後悔した。


「リューク、この子のことをどう思う?」


 私は隣で火を囲んでいる護衛に話しかけた。

 まだ新米ではあるが、利益よりも相手の気持ちを思いやる優しい心の持ち主で、安定した賃金が入らない冒険者としてはあまり向いてない性格と言えるが、私は彼のそんな優しさを買っていた。

 私は商人で、利益によって動く人間だ。しかし、だからと言って競争相手が大損して路頭に迷ったり没落してホームレスになるのを喜んで見ているような人間ではない。もちろん、だからと言って故意に助けようとも思わないが、誰も不幸せにならないルートがあるならばそれに越したことはないと思っている。

 冒険者としてはお人好しすぎる彼に私は共感したのだ。他の経験豊富な冒険者ではなく、新人の彼に護衛を依頼するくらいには。


「まあ、十中八九旦那の予想通りでしょう。この近くに町はないし、迷子ったわけではなさそうだ。ここに来るまでに馬車の残骸を見たし、もしかしたらその馬車の……」


「ああ、生き残りだろうね」


 ここに来るまでの道中で、道の端に比較的真新しい馬車の残骸があったのを見た。その時は車輪の故障で乗り捨てられたのかと思ったが、盗賊に襲われてああなったという可能性もある。馬車があった場所からここまではおおよそ二日ほど。どうにか逃げおおせた少女が一人で歩いてここまでやってきたのだと考えれば辻褄は合う。

 少女は幸いにも怪我こそしていないようだったが、その服には血の跡が滲んでいた。使い古されたというには酷すぎる穴の開き方もしていたし、襲われた際に服を引き裂かれ、仲間の血で汚れたと考えるのが妥当だ。

 もしかしたらその血の持ち主は少女の両親だったのかもしれない。そう考えると胸が痛んだ。


「あそこから歩いてきたのだとすれば、恐らく五日は歩き通しだっただろう。持ち物も持っていないようだったし、ここまで生きていたのが不思議なくらいだ」


 少女はかなり痩せていた。もし、逃げるのに必死で歩き通しだったのだとしたらここまで五日くらい飲まず食わずだったと思われる。恐らく、辺りに生えている野草などを食べて食い繋いでいたのだろうが、水もなしにここまで歩いてくるのは無謀とも言えた。

 まだ7歳くらいだと思われる小さな子供。普通だったら親の庇護なしに生活なんてできないだろう。比較的落ち着いているように見えたが、実際は空腹と疲労でボロボロだったに違いない。


「俺達が見つけたからまだよかったが、このまま誰にも見つからずに歩いていたと思うとぞっとするな」


「確かに。悲惨な目に遭ったのにここまで歩いてこられるだけでも相当な精神力の持ち主だと思いますよ」


 こんな少女をそんな目に合わせた盗賊に怒りが沸いてくるが、驚くべきは少女の精神力の高さと教養の高さだ。

 普通、このくらいの年齢の子供が盗賊に襲われるなんて状況に陥ったら

 パニックになるか、泣き叫ぶかのどちらかだろう。仮にうまく逃げ出せたとしても、一人で街道を歩くなんてことしたことはないだろうし、心寂しさに泣いて蹲っているかもしれない。それでも少女がここまで歩いてこられたのは生きたいという強い意志があったからだと思う。

 他にも襲われた人はいただろう。その人は殺されたのかもしれないし、別の方向に逃げたのかもしれない。どちらにせよ、少女にとって親しい人間であったのは確かだろう。そんな人と離れ離れになり、心細さに押し潰されそうになってもその強い意志で乗り越えてきた。しかしそれは、この年の子供が持っていい強さではない。


「この子が魔法を使えたのは不幸中の幸いだったな」


 少女は子供でありながら魔法の扱いに長けていた。魔法を使うためには魔力が必要であり、その魔力の量は生まれた時に決まる。子供の頃は仮に大きな魔力を持っていたとしても魔力が馴染んでおらず、そこまで大規模な魔法は使えないが、多少でも使えるのと全く使えないのでは天と地ほどの差がある。

 少女が使って見せた火起こしの魔法。それは本来の魔法の使い方とは異なっていた。本来魔法は攻撃の手段であり、ああやって火起こしに使うなんてことは滅多にないからだ。天性の才能、それがあったからこそ使えた技だろう。

 ここまでの道中、何も危険がなかったわけがない。盗賊の追手があったかもしれないし、魔物が現れたかもしれない。そんな時に魔法があれば、ある程度の危機ならば対処することが出来る。少女はそれを巧みに使って逃げてきたに違いない。

 魔法を使うには相当なイメージ力が必要になると聞く。子供ならではの柔軟な発想力が彼女を危機から救ったのだ。


「確か、冒険者になりたいと言っていたな」


「ええ。多分この子は、自分がもう一人ぼっちだって言うことをわかっているんでしょう」


 冒険者は誰にでもなることが出来る職業だ。冒険者になる条件はただ一つ、10歳以上であること。稼ぎのいい仕事の優劣はあるだろうが、冒険者になるだけだったら10歳以上であればなることが出来る。

 他の職業でも見習いという形でなら働き口はあるかもしれないが、何の後ろ盾もない子供がなれる職業は冒険者以外にないだろう。

 少女はその基準すら満たしていない子供に見えるが、きっとそれは知らないだけだ。ちゃんと先のことを考えて、自分の生きる道を探している。

 もし、少女の仲間が生きているのだとすれば少女はその救援を頼んだだろう。それをしないということは、すでに仲間はこの世にはいないのかもしれない。

 お金もないのに自分が暮らしていた町に戻ることもまたできない。少女の選択肢は、これから行く町で冒険者として小銭を稼ぐくらいしかないのだ。

 聡明な子ではあるが、だからこそその境遇には同情する。身寄りのない子供が冒険者になったところで長く生きられるとは考えにくい。最低限の装備を整えるお金だってないだろうし、そもそも住む場所すらない。

 私にできることは、せめて少女が安定して生活できるようになるまで援助することだ。しばらくカラバにいることになるが、なに、蓄えはそこそこある。少女一人の面倒を見るくらいは造作もない。


「リューク、お前も力になってやってくれるか?」


「もちろん。初めからそのつもりですよ」


 悲劇の生き残りである少女に救いの手を。私とリュークの意見は一致していた。

 もう一度すやすやと寝息を立てる少女の顔を見る。あどけなさの残る顔はとても美しく、将来はとてつもない美人になることだろう。

 これは未来への投資だ。この時代、どこに飯のタネが転がっているかわからない。この少女を救うことが、後に私の力になるかもしれない。

 商人らしい理論を掲げながら、その実ただのお人好しだということはわかっている。しかしそれでも、そう考えなければならないのが商人だ。

 月の輝きが如く銀の髪をそっと撫で、私はこの子の力になろうと誓った。

 書きたいことは色々ありますが、毎回うまくはまりません。

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― 新着の感想 ―
[一言] 商人さんは7歳くらいに見ていますが魔法を使った段階で10歳で儀式を受けた、と言う発想は出なかったんですかね? もしかして才能ある子どもは10歳未満でも魔法を発言できる設定?
[一言] ロニールとリュークの人の良さと たまたまあった馬車の残骸でいい具合に勘違いされてますね 前世の記憶を思い出して以来引きが強い
[一言] 作者様に感謝。
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