幕間:実家に帰ろう5
ヒノモト帝国の皇帝、ローリスの視点です。
私の転生先はただの猫だった。
魔物ですらない、ただの動物。それも、愛玩用として貴族のペットにされるような存在だ。
動物は魔物と違ってあまり強くない。魔力が少なく、魔法を行使することができないからだ。
動物の用途は主に食用と労働力として。馬がいい例だろう。馬車馬を始め、軍馬や伝令用の早馬なんかが挙げられる。
一応、猫にも鼠などの害獣を払うという目的があるが、基本的には愛玩用として愛でられるのみである。
まあ、働かなくていいというのならそれはそれでありだったかもしれないけど、ペットはそんな楽なものじゃない。
いたずらに食事を減らされたり、叩かれたり蹴られたりすることも普通にあった。機嫌がいい時ならいいが、機嫌が悪い時は本当に地獄だった。
そんな気まぐれなご主人だったからか知らないけど、貴族らしく不正に手を染めていて、しばらくしてそのご主人は不正を暴かれて処刑された。
主人を失った私達は野に打ち捨てられ、野生として生きる羽目になったのだ。
そうなったのがあちらの世界で数えて3歳の頃。当然ながら、ただの猫が野生で生きていられるはずもなく、町で生きようにも野良猫は駆除の対象である。
だから、私達は魔物の巣喰う外の世界へ出ていくしかなかった。
しかし、私達はまだ幸運だった。転生の特典なのか、私もウィーネもスキルや才能を持っていたから。
特に、私のスキルは相手のスキルを奪い、複製することができる。もちろん、何の条件もなくってことはなくて、相手が弱っていたり、抵抗しなかったりした場合っていう条件が付くけど、それに関してはウィーネが補ってくれた。
ウィーネは多大なる魔法の才能を得ていた。だから、ウィーネが相手を弱らせ、私がスキルを奪うという形で、どんどん強化していった。
これがあったからこそ、私達は野生でも生きていくことができたのだ。
そうしてようやく【擬人化】のスキルを手に入れ、人型になることができた。
初めは、これでようやく町に戻ることができると思っていたけど、【擬人化】は元の姿の特徴にかなり影響を受ける。結局、私がなれたのは猫が人型になっただけのワーキャットだった。
あの時は落ち込んだりもしたけれど、ただの猫と人型になれる猫では全然違う。
言葉に関しては初めから理解できるスキルを持っていたし、猫の姿の時は無理だった人の言葉を話せるというのが一番でかかった。
強くなる過程で、私と同じように人以外の者に転生した人達の存在も知ったし、だったら、この姿を生かしてそういう人達を助けるのも悪くないのではないかと思った。
その後も強化を続けながらそういう人達を集めていき、それはやがて国となった。
世界に国として認めさせるのは相当骨が折れたけど、今や全世界が私達の国が作る結界なしでは防衛もままならないほどになっている。
それはある意味で、世界を牛耳ったのと同じことだ。
お父さんが裏の世界を牛耳っているように、私も世界を牛耳ることができたと思うと、私もお父さんの子供だったんだなと思う。
その後、前世の故郷である家に帰ってこられたのは偶然ではあるが、ずっと夢見ていたことだった。
最初はお父さんや朝倉に会いたくて一人で泣いていたこともあった。
だけど、それでもそれを乗り越えてこられたのは、ウィーネがいたから。
あちらの世界ではウィーネは私の妹という立場だったから、私がしっかりしなくちゃと思ったのだ。
「……なるほど、そんなことがあったんだな」
「うん……お父さんに会うまでの約30年間、本当につらかった。きっと一人だったら、もう死んでいたと思う」
私一人きりであちらの世界に放り出されていたらと思うとぞっとする。
転生者の境遇を見る限り、姉妹として一緒に転生するなんて事例は相当稀だ。
それも、前世で関係のある人と一緒に転生なんてそれこそ天文学的な確率だと思う。
私の一生分の運を使ったのかもしれない。それだけ、幸運だった。
お父さんも朝倉も静かに私の話を聞いてくれた。
そして、お父さんはおもむろに私の頭に手を置くと、そっと撫でてくれた。
「……本当に無事でいてくれてよかった」
「……うん」
やはりお父さんの手は暖かい。
ハクは誰かに撫でられると嬉しそうにすると小耳にはさんだことがあるけど、こういう感じなんだろうか。
私の場合は、お父さんやウィーネ相手くらいだと思うけどね。
「しかし、そうなるとそんな危ない世界に茜を帰すのは不安だな」
「確かに、魔法が普通にあって、魔物なんてものが存在する場所ですもんね」
まあ、確かにはたから見たらそうだろう。いや、実際に体験した私から見ても、危険な世界だとは思う。
お父さんが裏の世界に関わっている関係上、私も人の生き死にに関しては聞かされることはあったけど、実際に見たのは初めてだった。
そういう裏の部分があったとしても、こちらの世界の方が圧倒的に安全だし、魔法はなくともそれに代わる科学が進歩した便利な世界である。
魔法は魔法で便利だけど、それを使っても対抗できないほど強い魔物もいるのだし、冤罪やら無礼打ちやらで人の命が軽々飛んでいくのだから命の価値はとんでもなく安い。
娯楽もないしね。
「だけど、私は戻らなくちゃならない。私を待ってくれている人がいるから」
「引き止めないとは言ったが、本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫。私、こう見えても強いんだから」
魔法の才を授かったウィーネはいざ知らず、私だってスキルを奪いまくってきたのだからそれなりにやれる。
魔法はそんなにうまくできないけど、その代わりに強力なスキルがたくさんあるのだ。
特に以前ハクから貰った【竜化】は相当強力なスキルだと思う。
まだ使ったことはないけれど、いざとなれば身を守ることくらいはできるだろう。
「ローリス様は私が命に代えても守ります。この忠誠は死してもなお変わりません」
「確かに、明海がついてくれているのなら少しは安心できる、かな」
「明海は優秀な暗殺者だったからな。あの時は多勢に無勢で不覚を取ったようだが、あの時よりさらに強くなっているというのなら、適任ではあるか」
ウィーネがいればよほどのことがない限りは大丈夫だろう。なにせ、竜にだって勝てる実力があるのだから。
そして私もウィーネに及ばないまでも戦う力を持っている。危険な世界の中にあっても、十分な武器を持っているのだから何とかなるだろう。
「明海が一緒についているというのなら止めはしない。だが、一つだけ約束してくれ」
「なあに?」
「月に一度、いや、いつでもいいから、また会いに来て元気な姿を見せてくれ。お前は俺にとってかけがえのない娘なんだ」
この奇跡をこれっきりにしたくない。お父さんの目はそう物語っていた。
もしかしたら、私が計画に失敗してもうこれなくなってしまうかもしれない。そういうことを危惧しているんだろう。
確かに、神力が本当にものにできるかはわからないし、そもそも習得できたとしてもそれで量が足りるのかもわからない。
どのみち、魔石を大量に要求される可能性は完全に消えることはない。
だけど、たとえ失敗したとしても、私はもう一度ここに来るつもりである。
私だって、お父さんに会いたいもの。
「もちろん。何度だって会いに来るわ」
「その言葉が聞けて安心したよ」
夜の帳が下りていく。私はしばらくの間、お父さんのぬくもりに浸かっていた。
感想ありがとうございます。




