幕間:実家に帰ろう2
ヒノモト帝国の皇帝、ローリスの視点です。
しばらく泣き続けていた二人だったが、いつまでもこうしてはいられないとすぐにお父さんに連絡を取ってくれた。
お父さんは忙しい人なのであまり家にいない。けれど、私のことをとても大切に思っているのか、最低でも夕方には帰ってきてくれるし、ご飯は一緒に食べるしお風呂だって一緒に入ってくれる。
現在時刻は大体お昼過ぎ。やはりというか、現在は裏の仕事の方の資金源である遊園地に視察に行っているらしく、帰るのは夕方になるそうだ。
ちなみに、お母さんはいない。お母さんは私を生んだ後、しばらくして交通事故で亡くなってしまった。
当時は、敵対勢力による攻撃だと考えていろんな場所に当たり散らしていたけれど、結局それは本当にただの偶然だったらしく、お父さんはしばらく意気消沈していた。
だから、お父さんにとって私は唯一残った肉親であり、それゆえにとても大事にしてくれていたというわけだ。
「久しぶりの我が家だね……」
実に約30年ぶりに訪れた我が家はほとんど何も変わっていなかった。
よく遊び場にしていた庭園もいくら走っても先が続いていそうな廊下も何もかも一緒である。
まあ、こちらの世界では一年程度しか経っていないのだから当たり前かもしれないけど、私からしたらかなり久しぶりの帰省である。
少しくらい懐かしさの余韻に浸っても罰は当たらないことだろう。
「お嬢、よくお戻りになられました!」
お父さんが不在の間、私の相手をしてくれたのは若頭である朝倉だ。
血こそ繋がっていないが、小さな頃からよく私の遊び相手をしてくれた、私にとっては兄のような存在である。
「朝倉、久しぶり。元気だった?」
「もちろん……と言いたいところですが、流石にお嬢と明海がいないこの一年は苦痛でしかありませんでした」
そう言ってちらりとウィーネの方を見る。
ウィーネの前世での名前は朝倉明海。朝倉性でわかるように、朝倉の妻である。
ウィーネは生前からかなり優秀で、以前から私の筆頭護衛として常にそばに仕えてくれていた。
だから、ウィーネは私からすると朝倉と同じく姉のような関係であり、私にとってはお父さんの次にかけがえのない人物である。
まあ、今ではウィーネの方が妹なんだけどね。
「お嬢、今までどこにいたんです? 聞いた話では、黒馬のところの奴らに殺されたって……」
「まあ、色々あってね。話すと長くなるんだけど、聞いてくれる?」
「もちろんです」
私は死んだ後、転生したことを話した。
なんやかんやあって皇帝をしていると話したら、流石に朝倉もびっくりしたのか目を丸くしていたのが印象深い。
ちょっと勇気がなくて今の姿が変身魔法による偽の姿というのは言い出せなかったけど、それでもそれ以外はすべて話したつもりである。
「なんというか、凄い冒険をしてきたんですね」
「信じてくれるの?」
「確かに信じがたい話ではありますが、お嬢が言うなら本当のことなんでしょう。その上明海が太鼓判を押してくれるのなら間違いない」
案外すんなり信じてくれたようである。
これ、私が偽物だったらどうする気なんだろう。ちょっと心配になってくる。
でも、朝倉だったら私がどんな姿になってても気づいてくれそうだよね。
そう思うともう変身を解いてもいいんじゃないかと思えてくるけど、やっぱり少し怖い。
できることなら、このまま変身を解かないまま終わってくれると嬉しい。
……まあ、異世界の話をした以上、いつかは本当の姿を見せないといけないんだけどね。
「ウィーネ、あとどれくらい持ちそう?」
「まだ余裕はあります。夜までは持つかと」
「なら大丈夫そうね」
ウィーネは宮廷魔術師だ。その魔力量は尋常ではなく、竜にすら届きうる量である。
この世界では魔力が回復しないそうなので無駄に使うことは得策ではないが、今回は交渉をしたらすぐに帰る予定だし、気絶しない程度に残しておけば問題はないだろう。
あ、いや、魔法陣があるところまでいかなきゃだから転移一回分くらいは残しておいてもらわないと困るけど。
「……ん?」
その時、どこからかどたどたと走ってくる音が聞こえてきた。
何事かと思って振り返ってみると、筋骨隆々の大男が私に飛び掛かってくる寸前だった。
「茜ー!」
「にゃあ!?」
熊田と斎藤ですら支えきれないのに、ゴリラと見まがうほどの大男に飛び掛かられて支えられるわけない。
当然の如く押し倒され、私は床に仰向けになることになった。
この時、私はよけることもできた。
私は猫であり、それも長きを生きて半分魔物のようになっている。
そのおかげか、身体能力は高く、先ほどの飛び掛かりも事前に察知していた。
しかし、私はあえてこれをよけなかった。
なぜならば、飛び掛かってきたこの大男は、私にとってとても大事な人だったから。
「茜、帰ってきてくれたのだな!」
「痛いよ、お父さん……」
そう、この筋肉男こそ、私の父である一条正則である。
この世界基準では明らかに異常なほどの筋肉を持っており、組の間では密かにゴリラだの熊だの呼ばれていたりする。
まあ、実際そうだし、私もお父さんもそう思っているので特に咎めたりはしない。
腕の太さとか私の胴と同じくらいの大きさがあるもの。いったい何喰ったらあんなに膨らむのか。
「おお、すまんすまん。茜が帰ってきたと聞いたらいてもたってもいられなくてな」
「お帰りなさい、親父。今は視察中じゃなかったんですか?」
「茜が帰ってきたと聞いて暢気に視察などしていられるか! そんなものはほっぽり出してきてわ!」
確か、熊田達が連絡を取ったのが約一時間前。そう考えると、まさにほっぽり出してすぐさま来たんだろうな。
まったく、仕事を投げ出したらだめじゃない。私も人のこと言えないけど。
「えっと、お父さん、ただいま」
「うむ、お帰り茜。よく戻ってきてくれた。もちろん、明海もな」
「私のことまで気にしていただいてありがとうございます、お父様」
落ち着いたところで、お互いに無事を確認する。
お父さんは見たところ元気そうだった。ただ、若干痩せたように思える。
いつも、人の倍は食べていたはずなのに、若干細くなった気がする。筋肉でちょっとわかりにくいけどね。
原因は多分私だろうけど、やっぱり心配してくれたんだろうか。
私のせいでみんな不幸になっちゃったみたい。私が死んだのは私のせいではないけど、ちょっと申し訳ないわね。
「さて、お前は黒馬組の奴らに殺されたはずだが、いったいどうやって生き延びたんだ? 確認した限りでは、間違いなくお前と明海の死体があったが」
「えっと、それはね……」
私は朝倉にした説明をもう一度する。
お父さんに対してなら、そこまで忌避感はない。
朝倉が信じてくれたというのもあるが、お父さんならば私の言葉は疑わないだろうと理解していたから。
しばらくして話し終えると、お父さんはうんうんと頷き、そしておもむろに私の頭に手を乗せると、優しく撫でてくれた。
「よく頑張ったな。偉いぞ」
「えへへ……」
何のひねりもない褒め言葉。でも、私にとってはとても嬉しい一言だった。
私が皇帝となり、魔物達の国を作ったことに対して、世界は批判的な意見しか言ってこなかった。
それどころか、魔物を要する国として滅ぼそうとする国すらあった。
助けた転生者達はお礼を言ってくれたけど、私を褒めてくれる人などいなかったのだ。
だから、単純に褒めてくれたお父さんは私のことをよくわかってくれていると思う。
私はお父さんに年甲斐もなく抱き着いた。
感想ありがとうございます。




