幕間:実家に帰ろう
ヒノモト帝国の皇帝、ローリスの視点です。
一時の浮遊感の後、私は見慣れない、いや、ある意味で見慣れた場所へと転移していた。
立ち並ぶ高い建物、道を走る車、そこはまさに、私が前世を過ごした日本の風景だった。
猫として転生して三十年弱、いつも夢に見ていた故郷へと私は帰ってこれたのだ。
これほど嬉しいことがあるだろうか。私は知らずのうちに口を開け、感動に打ち震えていた。
「陛下、ここでは目立ちます。いったん移動しましょう」
「あ、そ、そうね。この姿だものね」
周りには私とウィーネの姿を物珍しそうに見てくる人達がいる。
今の私達はワーキャット、いわゆる猫獣人である。人間ばかりのこの世界ではあまりに浮きすぎる存在だ。
ウィーネは二度目ということもあり慣れていたのか、手早く隠密魔法をかけてくれた。
これでしばらくの間は身を隠せるだろう。
「さて、陛下、今回の目的はわかっていますね?」
「もちろん。お父さんに会って、この世界での拠点を提供してもらうこと、でしょ?」
私が転生した世界と前世を過ごしていた世界、この二つの世界を結ぶ転移魔法陣が発見された。
今のところ、行きはともかく、帰還のためには膨大な数の魔石が必要となるので気軽に利用することはできないが、最初の故郷であるこの世界に行きたいと思う転生者は多いはずである。
しかし、転生してしまった以上、この世界では転生者達の存在はすでに過去のものとなっており、当然家や持ち物などはなくなってしまっている。
もちろん、死んでから日が浅い者であればあるいは残されているかもしれないが、それに頼るのはあまりに不安定だし、確実性に欠ける。
最悪拠点は山の中とかに魔法で家を作ればいいかもしれないけど、お金に関してはどうしようもない。
質屋なんかにアイテムを持ち込むなどしても、それではいつか疑われ、調査の手が入ってしまうだろう。
だからこそ、多くの転生者の面倒を見れる立場であり、かつ私と面識のある人物、すなわち私の父親に協力を取り付け、この世界での拠点を提供してもらおうという計画である。
「そうです。時間軸としては、陛下が亡くなられてから約一年が経過しています。あれから何事もなければ、まだお父様はご健在でしょう。陛下が戻られれば、少なくとも門前払いはされないはずです。後は、交渉次第でしょう」
私はすでにあちらの世界で数えて27だが、こちらではまだ一年くらいしか経過していないらしい。
この世界間による時間差は結構厄介で、こちらで一日経過することはあちらの世界で一か月ほど経過することと同義になる。
なので、あまりこちらの世界に長居することは難しいわけだ。
もちろん、このままこちらの世界で暮らすというなら何の問題もないけれど、私はあちらの世界ですでに皇帝という立場についてしまっている。
流石に、国のトップがいきなりそれを放り出してしまうことは許されないだろう。もし、私がこちらの世界に移住するとしても、それは後任を用意するなどしてすべて終わった後である。
……今の時点でも、ちょっとその意思が揺らぎそうだけどね。
「まずはご実家の方に転移しましょう。準備はよろしいですか?」
「ええ、大丈夫よ」
「それでは、行きます」
そう言うと、ウィーネは氷の魔法陣を展開する。
次の瞬間には、目の前には見知った我が家があった。
和風の屋敷で、敷地はかなり広い。
ここだけの話、お父さんはまっとうな商売以外にもヤのつく組織の頭でもあるから資金は潤沢にあるのだ。
流石に、あまり口外できることではないからハクには言わなかったけどね。
さて、それはさておき、入り口には強面の門番が二人ほど立っている。
まあ、強面と言っても私に対してはとても優しいんだけど、今の姿だと信じてもらえないだろう。
だから、まずはこれを突破するためにウィーネの力を借りることにする。
「変身魔法をかけます。よろしいですか?」
「ええ、早めに済ませてしまいましょう」
変身魔法。魔力が尽きるまでの間、対象を別の姿へと変身させる魔法である。
これで変身するのは生前の私だ。この姿であれば、確実に通ることができるはずである。
ただ、ここで一つ問題が発生した。
「あっ……」
私は普段から服を身に着けない。
猫になった影響なのか、体が服に覆われているのは何となく落ち着かなくて、ワーキャットなら毛で覆われているから別に見えても問題ないと思って、最低限さらしを巻くだけに留めて、後は全裸で過ごしているのである。
それが当たり前だったから、今回の旅でも特に服を身に着けるようなことはなく、今も全裸のままだ。
その結果何が起こったのかというと、全裸の人間の少女が誕生するという事態である。
ワーキャットであれば許される姿でも、流石に人間の姿では色々と問題がある。
服は変化しないから、一応さらしはつけたままではあるが、下は完全に丸出しだ。隠密魔法がかかってなかったら通報ものだっただろう。
「え、えっと……」
「……これをどうぞ」
そう言って、ウィーネは【ストレージ】から適当な服を出してくれた。
普段から、魔物の転生者を【擬人化】させる際には全裸になってしまうので、緊急用に着せるものとしていくつかの服を持っているのだ。
まさかそれを自分で着ることになるとは思わなかったけど……。
「こほん。さて、さっそく行きますよ」
「え、ええ」
同じようにウィーネ自身も変身魔法を使い、生前の姿をとる。
今のウィーネの身長だと着ている修道服は合わないので、ウィーネも着替えつつ、お互いに変なところがないか確認した後、隠密魔法を解いて門へと向かう。
変身魔法は変身している間ずっと魔力を消費し続けるから、ウィーネの負担が半端ない。だから、できるだけ手早く済ませる必要がある。
さて、うまくいくといいんだけど……。
「まて、何者だ」
「来客か? そんな話は聞いていないが、アポは取っているのか?」
門に近づくなり、威嚇するようにこちらを睨みつけてくる二人。
強面だけあってその迫力は猛獣を相手にしているかのようだ。
しかし、二人をよく知る私にとっては特に怖いものでもない。
私は冷静にニコリと笑顔を見せ、二人の名前を呼ぶ。
「熊田、斎藤、久しぶり」
「あん? なんで俺達の名前を知って……」
「いや待て、その顔に声……まさかお前は、いや、あなた様は!」
「うん、私だよ。一条茜。この家の当主、一条正則の娘だよ」
「「お嬢!」」
そう言って、二人は私に抱き着いてくる。
私の身長は140センチメートル程度しかないので180センチメートルを超えるであろう二人の抱擁は受け止めきれるものではないけれど、そのあたりはウィーネがちゃんと支えてくれた。
二人とも見た目に似合わず涙を流しておいおい泣くものだから、周りの人達がちらちらとこちらを見ている。
下手したら偽物として相手にしてくれないのではないかという可能性も考えていたけど、その心配は必要なさそうだ。
私は二人のことを宥めながら、まずはうまくいってよかったとほっと胸をなでおろした。
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