第七十一話:道場のお掃除
翌日、朝食を終えるとすぐに道場に向かった。
お姉ちゃんの話によると、ミーシャさんが色々と手を回しているらしい。
掃除についても多分心配しなくて大丈夫とは言っていたけど、まあ、一応ね?
閑静な住宅街を歩いていくと、がやがやと少し騒がしくなっていることに気が付いた。
目的の道場に辿り着くと、いつもならサクさんがルア君に剣を教えているところだったが、今日は多くの人々で賑わっている。
どうやらみんな掃除をしているようだ。
庭はもちろん、道場の中にも人がいて雑巾がけをしている。庭では草むしりに精を出す人々がおり、そのただ中にサクさんの姿もあった。
「サクさん、こんにちは」
「あ、ハクさん、こんにちは……」
困ったような笑みを浮かべておろおろとしているサクさん。
その隣ではルア君が草むしりに参加しており、みんなと一緒に汗を流していた。
「えっと、昨日ミーシャさんが来まして、掃除するから任せておけって言われたんですけど……」
「なるほど、それでこんなに人がいるんですね」
「はい……でも、こんなに人を雇って支払いはどうしようかと……」
元々掃除自体はコツコツとだがやっていたらしい。だけど、それじゃかなり時間がかかるのでミーシャさんが世話を焼いたらしかった。
まあ確かに、これだけの人を集めたら料金も結構かかりそうだけど、ミーシャさんが呼んだのならそこら辺は大丈夫だろう。
それでも心配なのか、作業を手伝いながらも不安そうにあたりを見回しているサクさんだった。
「じゃあ、ミーシャさんもいるんですか?」
「はい、今道場の方に……」
「ハク様! ハク様も手伝いに来てくれたんですか?」
その時、道場の中からテンション高めの声が聞こえてきた。
頭にバンダナを巻き、手袋を着けたミーシャさんは額に浮かんだ汗を拭いながら私に近づいてくる。
「まあ、手伝うのは構いませんが」
「ありがとうございます! これは思ったより早く終わりそうね」
「これ、みんなミーシャさんが呼んだんですか?」
「いえ、呼んだのは数人だけ。他の人は元弟子の人で、話を聞いて駆けつけてくれたの」
なるほど、道理で知った顔が何人かいると思った。
よほどこの道場は愛されていたらしい。皆一心不乱に作業に没頭している。
道場の中を覗いてみれば、みんなで雑巾がけをしているところだった。
さて、手伝うのはいいんだけど、何をすればいいのかな。
「ハク様、庭の草むしりをお願いできますか?」
そう思っていると、ミーシャさんが庭の一角を指さした。
庭にも何人かいてそれぞれが草むしりに励んでいるが、庭は意外に広く、かなり時間がかかっているようだった。
なるほど、それくらいならお安い御用だ。
私はそっと手を掲げると、魔法陣を思い浮かべる。
形は刃、いつも使っている水の刃と同じものだけど、今回は属性を風にして幅を少し広くしてある。
それを地面すれすれに展開し、滑らせるように放つと、その直線上にあった草が一気に刈り取られた。
それを数度繰り返せば、あっという間に草刈りは完了だ。
ついでに風で刈った草を一か所に集めてやれば作業は終了。
「これでいいですか?」
「は、はい! 流石ハク様、見事な魔法です!」
ぱちぱちと大袈裟に拍手をするミーシャさん。それにつられて、周りで草むしりをしていた人々も感嘆の声を上げて拍手をしていた。
元々剣士を育てる道場だったということもあって、魔法が使える者はいなかったようだ。
でも、ミーシャさんは風魔法だったら使えたような? 思いつかなかったのかな。
パッと済ませたことで庭の作業をしていた人々の手が空き、掃除は思いの外早く終わった。
途中で昼休憩を挟んだものの、日が暮れる前にはすべての作業が完了した。
「皆さん、父の道場のためにありがとうございます。俺はまだ至らない点も多いですが、精一杯頑張りますのでこれからよろしくお願いします」
ピカピカになった道場を見て、サクさんは手伝ってくれた人達にお礼を言う。
アーシェント道場はこれからサク道場へと生まれ変わる。息子として父の技を受け継いだサクさんはその資格があるだろう。
一度は潰れた道場だったが、これだけの人に支えられているのなら大丈夫だろう。
「ハク様、勧誘の件はありがとうございました。掃除まで手伝ってもらっちゃって、感謝の気持ちでいっぱいです!」
去っていく人々に手を振っていると、ミーシャさんががばっと頭を下げてきた。
最初の頃のつんつんした態度はどこへ行ったのやら、慕ってくれるのは嬉しいけど、正直やりすぎだと思うの。
私自身は特に凄いわけでもないしね。凄いのはお姉ちゃんだから。
「いいですよ。サクさんのためでもありますし」
「いや、ほんとに助かりました。知り合いに頼むにしてもなかなか捕まらなくて、サフィ様とハク様が受けてくださらなかったらだいぶ遅れていたと思いますよ」
「俺からもお礼を言わせてください。ありがとうございました」
「役に立てたならよかったです」
まあ、なんだかんだサクさんにもお世話になったしね。ルア君のこともあるし、助けになれたのなら光栄だ。
……そういえば、アーシェントさんって転生者なんだよね? どんな人だったんだろう。剣の達人だったとは聞いているけれど。
「サクさんのお父さんって、どんな人だったんですか?」
「とても優しい人でしたよ。昔は世界中を放浪していたらしいのですが、その頃から剣の実力者として名を馳せていたそうです」
世界中を放浪って、冒険でもしてたんだろうか。でも、その気持ちはわかる気がする。
前世の記憶にとってこの世界はとてもファンタジーな世界だ。見たこともない生き物もたくさんいるし、街の暮らしぶりを見るだけでも興奮を覚えることがある。だから、世界を見て回ろうという考えは納得できる。
私も似たようなものだし。
「この町で騎士となった時には無類の強さで、歴代最年少で隊長にまで上り詰めたらしいです」
「強い人だったんですね」
「はい。俺は父を誇りに思いますよ」
かなりの剣の腕を持ち、しかしその強さを笠に着ない優しさで周りの人ともすぐに馴染み、尊敬される。強さと優しさを併せ持つって凄いことだよね。
一度会ってみたかったな。同じ転生者としても、一人の人としても。
「ところでサクさん、相談があるのですが」
「なんですか?」
「私もこの道場で学んでもいいですか?」
「えっ!?」
忘れるところだったけど、今後の戦闘能力向上のためにも剣での戦い方を覚えたいという思いがある。
お姉ちゃんの教えだけでも十分という気はするけど、せっかく道場がここにあるのだから、ちゃんとしたところで学びたいっていう気持ちがあるんだよね。
別にお姉ちゃんの腕を疑っているわけではないよ? でも、お姉ちゃんの戦い方は何というか、再現が難しそうなんだよね。
お姉ちゃんの戦い方は身体強化魔法による高速戦闘だから、目では追い付けても体が追い付かない。もちろん、同じように身体強化魔法をかければ真似くらいならできるかもしれないけど、攻めよりは守りの剣術が欲しいというのが本音。
私が剣術を使うタイミングは速くて接近を許してしまうような相手とか、とにかく接近戦をせざるを得ないっていう状況の時だから、攻めるよりは守りに重点を置いておきたい。
その点、サクさんの剣術は実に守りに向いていると思う。
お姉ちゃんの高速剣すら数度見切って見せたのだから、修得できれば役に立つだろう。
「お、俺なんかが師匠でよければ!」
「よろしくお願いしますね」
よし、これで剣術に関しては問題ないだろう。
できれば他の武術も学んでおきたいところだけど、それは追々ね。
少し興奮気味のサクさんを前にそんなことを考えていた。
誤字報告ありがとうございます。