第六百八十六話:宴の始まり
それからしばらくして、宴が始まった。
狩りを主体としている村だけあって、肉料理が多く、全体的にワイルドな料理が多い気がする。
みんなでジョッキの酒を飲み、骨付き肉を食べ、歌を歌い、騒ぎ倒す。
なんだか宴というよりはお祭りみたいだけど、まあこれはこれで楽しいからいいんじゃないかな。
一応の主役である私達にも色々と料理が運ばれてきて、勧められるがままに食べることになった。
ただ、イオさんはあまり肉は好きじゃないのか、果物やサラダを中心に食べているようである。
私達に便乗しているのが心苦しかったというのもあるかもしれないが、やっぱり馬だから草食なんだろうか。
獣人は好みの差こそあれど、種類に左右されず人間と同じように何でも食べられるらしいけど、魔物だとやはり違うんだろうか。
もしそうだとしたらヒノモト帝国の食糧事情は大変そうだけど……そのあたりどうしてるのか気になるね。
ちなみにボーパルバニーの方は普通に肉も食べていた。
兎は草食ってイメージがあるのだが、やっぱり狩る相手のせいだろうか?
ということは、人肉を食べたりするのかな? ……なんか怖いな。
「ハク、楽しんでるか?」
「ヒック君。うん、楽しんでるよ」
料理を乗せた皿を手にヒック君がやってくる。
あの後、ひとしきり泣いたヒック君は吹っ切れたように声を上げて、恋人がダメなら友達になろうと手を差し出してきた。
まだ少し私のことを思う気持ちは残っているようで、せめて友達としてそばにいたいと思ったようだ。
まあ、友達という距離感であれば断る理由もない。むしろ、私とヒック君はすでに友達だと思っていたから少しびっくりした。
もちろん了承し、固い握手を交わした。
「この村の料理は町にあるような凝ったものじゃないからちょっと物足りないかもしれないが、楽しめてるようでよかった」
「これはこれでありだと思うよ。昔はこういう料理すら食べられなかったしね」
私が前世の記憶を取り戻す前は貧しい村で貧しい食事をとっていた。
一日のご飯がジャガイモだけとかもざらだったのでほんとに食べられるだけありがたいと思う。
あの時に比べたら、何でもおいしく感じるよね。
まあ、ちょっと極端かもしれないけど。
「ハクは割と偉い人だと思ってるんだけど、そんなに食糧難になったことがあったのか?」
「偉いって、別に私はそこまで偉くはないよ? 出身も普通に貧しい村だったしね」
「でも、竜……エル姉さんみたいな従者もいるじゃんか」
「それは竜だからかな。私は竜にとっては特別な存在みたいだから」
竜の話題だからか、少し声を潜めて言うヒック君。
まあ、私は竜の王であるお父さんの娘だから竜からしたら特別な存在なのは当たり前だ。
流石にそれをそのまま言うのはあれなので少しぼかしたけど、まさか最強の竜の娘だとは思わないだろうね。
「ふーん。ハクは今何してるんだ?」
「一応、学園に通ってるよ。来年にはもう卒業だけどね」
「学園っていうと、でっかい町とかにある勉強するところか?」
「そう。大体5年前に編入して、そこで魔法を学ばせてもらっているよ」
まあ、魔法を学ぶといっても私の魔法は従来の魔法とはかけ離れすぎて結局独学になってしまったわけだけど。
一応、通常の魔術師が使う魔法の詠唱を覚えられたし、それ以外にも錬金術とか刻印魔法とか色々学べたので普通に良かったとは思うけどね。
サリアのついでのように入ったにしてはかなり収穫があったと思う。
「ハクの婚約者っていうのも、その学園で知り合ったのか?」
「ううん。私の婚約者、ユーリって言うけど、ユーリとは別口で出会ったよ」
「どんな出会いだったんだ?」
「そうだねぇ、話せば長くなるけど、簡単に言えば、記憶喪失だったユーリの失った記憶を取り戻す手伝いをしたってところかな」
ユーリとの出会いはほとんど偶然だった。
たまたま竜の谷で保護されたユーリが私の名前を覚えていたから、会うことができた。
あの時は大変だったなぁ。一度死にかけたし、そのせいでユーリが死にかけることになった。
リヒトのおかげで治療することはできたけど、あの時はかなり肝を冷やした気がする。
「大変だったんだな」
「うん。でも、ある意味運命の出会いだったと思っているよ」
ユーリとの本当の出会いは前世だった。
私が前世で死亡し、こちらの世界に来る要因となった事故。あの時、車に轢かれそうになっていた女性こそが、ユーリだった。
ユーリは私が死んだ後も私のことを思ってくれていて、死んでなお私のことを探してボロボロになりながら各地を旅していた。
だから、そんなユーリとこの世界で再会できたのは奇跡と言っていいだろう。
私のことを一途に思ってくれているユーリには私も好意を寄せている。
「そっか。俺との出会いも結構運命的だと思うんだけどな」
「まあね。でも、あっちは二度も命を救うことになっているし、再会した年月も20年くらいを経てだからね。ちょっと負けるかな」
「はは、そりゃ勝てねぇわ」
ヒック君との出会いも偶然沈みかけた船を見つけて、それを助けたことから始まったわけだから確かに運命的と言えるかもしれない。
でも、それはヒック君のみならず他の子供達も同様だし、ヒック君だけが特別というわけではない。
まあ、ヒック君から見たら私という女性と出会えたまさに運命だっただろうけどね。
私がただの人間だったなら少しは考えたかもしれないけど、私の境遇的に安易に結婚はできないことを考えるとやっぱりこうなることは必然だったと言えよう。
「……ん? 20年って、ハクは何歳なんだ?」
「あー、んー。一応人間としては16歳、かな。竜人としては……プラス700歳くらいあるかもしれないけど」
「そ、そんなに年上だったのか……」
なんだかヒック君がダメージを受けている。
まあ、ヒック君は明らかに私のことを年下と思っていたからね。
人間としての年齢であれば一応ヒック君の方が年上のようだけど、流石に竜人としての年には勝てない。まあ、正確に言えば竜人ですらないし、その700年の間の記憶はないんですけどね。
「竜人は見た目以上に年を取っているんだよ」
「そうなのか……」
これは嘘ではない。実際、ユーリも見た目10歳くらいの割には20歳過ぎてるからね。
竜が相当長生き、というか寿命がないから、その特性を受け継いでいるのかもしれない。
一応、こちらは寿命あるみたいだけど。
「なんか複雑だ……」
「次があったらちゃんと相手の年齢は確認した方がいいよ」
「あ、ああ……」
まあ、見た目と年齢が嚙み合わないのなんて竜とか竜人、後はエルフとショーティーくらいかな。後ドワーフも一応入るかな?
……なんか意外といるな。人間と比べたら見た目と年齢が噛み合う種族の方が少ない気がする。
「色々と勝てないな……」
なんだかヒック君が落ち込んでいるが、まあ年齢に関してはどうしようもない。
私はヒック君の頭を撫でながら、料理を口に運んだ。
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