第六百八十四話:ブレスレットの意味
トンガ村には男性が意中の女性に対して自分の毛を編み込んだブレスレットを贈る風習があるらしい。
ブレスレットを贈られた女性はそれを受け取り、右腕に着ければお断り、左腕に着ければオッケーという意味になるそうで、まさしく結婚指輪のような役割だ。
どうやら、ヒック君はあの時のブレスレットに自分の毛を編み込んでいたらしい。そして、私はそれを左腕に着けた。だから、ヒック君の中では私は告白をオッケーしたということになっているようだ。
しかし、当然ながら私はこの村の風習など知らない。あの時のブレスレットだって、ただ単に、私に懐いていたから別れるのが惜しくて贈ってくれたのだと思っていた。
それがまさか、そんなことになっているとは驚きである。
「えっと、初耳なんですけど……」
「うん、知ってる。私も何度か言ったんだけどね、全然聞かないんだもん」
ヒック君が強くなろうと決意したのは、攫われたことによる力不足を痛感したからではなく、私をリードするために相応の力が必要だからというのが理由らしい。
大抵は男性の方が力が強い場合が多く、獣人の場合はそれが顕著である。それなのに、女性である私に力負けしていたのでは格好がつかないから、ということのようだ。
ヒック君の涙ぐましい努力には称賛を贈りたいが、ちょっと早とちりしすぎだねぇ。
「ちなみにどうなの? ハク姉ちゃんはヒック兄ちゃんのことどう思ってる?」
「うーん、好意は嬉しいですけど、私にはすでに婚約者がいるんですよね……」
「まあ、そりゃそうだよね」
もうちょっと前だったら婚約者もいなかったけど、いなかったからといってヒック君と結ばれるかと言われたら、うーんって話である。
いや、別にヒック君のことが嫌いなわけではないよ? だけど、私にはそれ以上に共に過ごした人達がいるし、その人達と比べたら圧倒的に交流の少ないヒック君と結ばれるのはちょっと踏ん切りがつかない。
というか、多分その頃だと私は一生独身だろうと思っていた頃だろうし、たとえ婚約者がいなかったとしても断っているだろう。
そもそもの話、私は精神的には男だし、男性と結ばれるのはあまりしたくない。偽装結婚の相手として王子が上がるくらいだ。
だから、友達としては付き合ってもいいけど、結婚は無理である。残念だけど。
「ほんとはもっと強くなってから自分で会いに行って、改めて言葉で告白する気だったみたいだけど、今回はハク姉ちゃんの方から会いに来てくれたからね。だから多分、この後の宴で何かやらかすと思うよ」
「それって、みんなの前で告白するってことですか?」
「多分ね」
「そ、それはちょっと困るというか……」
私にはすでにユーリという婚約者がいる。だから、ヒック君と結ばれることはできない。
一妻多夫って認められてるのかな。いや、認められていても結ばれる気はないけども。
だから、断るのは確定なんだけど、みんなの前でと言われるとちょっと困る。
だって、村中の人達の前で告白したのにそれでフラれたら一生村の笑いものだろう。笑われないにしても、かなり気を使われるのは目に見えている。
それに何より、みんなが見ている前で断るというのが私の精神的につらい。
だって、恥ずかしさを乗り越えて、勇気を出してみんなの前で告白してくれたわけだし、それを無碍にするようなことを言いたくないのだ。
だからと言って、受けてから後で改めてやっぱり無理というのもヒック君の精神的ショックが大きそうだし、どちらにしろ断るのが難しくなる。
だから、できることならどこか人目のつかないところでこっそり告白してくれると助かる。あるいは、そもそも私に気がないことを伝えて告白自体をなかったことにするかだ。
「い、今からでも止めることはできませんか?」
「ハク姉ちゃんが言えば止まるかもしれないけど、やってみる?」
「う、うーん……」
宴の準備は着々と進められている。恐らく、後一時間もしたら始まることだろう。
それまでにヒック君と話して告白をやめてもらうことはできるかもしれないが、それだと宴の雰囲気が台無しになりそうである。
いや、他の人は気にしないかもしれないけど、ヒック君一人落ち込みそうで怖い。
でも、言わないと宴の最中に告白されそうだし、言うなら今しかない。
どうにかヒック君を傷つけずに断る方法があればいいんだけど……。
「何をためらっているんです? スパッと断ればいいじゃないですか」
「いや、それはそうなんだけど……」
エルの言うことはもっともだ。付き合う気もないのにだらだらと答えを先延ばしにするのはよくない。
相手の期待している答えを返してあげられない以上、相手が落ち込むのは必然と言える。だから、ヒック君のことを思うなら大恥をかく前にさっさと真実を伝えるべきである。
だけど、できるだけ相手を傷つけたくないという考えもある。あれだけ懐いてくれているのだから、やはり傷つく姿は見たくない。
でも、どうしようもないよね……。
「……わかった。今のうちに伝えておくよ」
少なくとも、村の住人の前でフラれるよりはダメージは少ないはずである。
私はヒック君を傷つけてしまうかもしれないという覚悟を決め、探知魔法でヒック君の居場所を探した。
ヒック君は家の庭で作業をしていた。
遠目には何をしているのかわからないけど、今なら人もいないし、伝えるチャンスである。
私は心配でついてきたエル達をその場に残し、ヒック君の下へと近づいていく。
すると、ある程度近づいたところで気が付いたらしく、ヒック君はこちらに笑顔を向けてきた。
「おお、ハク。どうしたんだ? まだ宴までには時間があるぞ?」
「あ、ええと、伝えたいことがありまして……」
「伝えたいこと?」
私は【ストレージ】から貝殻のブレスレットの残骸を取り出す。
今回の勘違いの元凶となったブレスレット。もう壊れてしまったのだから、これで告白もなしだと言いたいけど、さすがにそれで済ますことはできないだろう。
こんなことなら、残骸を回収しなければよかったかもしれない。それなら、ヒック君もここまで意識することはなかったかもしれないのに。
「これなんだけど……」
「あの時のブレスレットか。壊れたことなら別に怒ってないぞ? それより……いや、もう今でいいか。本当は宴の時にやるつもりだったけど、もう我慢できない」
ヒック君はそう言って切り株の上に置かれていたものを拾い上げる。
それは小ぶりな魔石が埋め込まれたブレスレット。
それを見て、私はヒック君が何をするつもりなのかを察した。
「あの時は有り合わせのものでしか作れなかったけど、今度はちゃんとした素材で作ったんだ。どうかこれを受け取ってほしい」
そう言って、ブレスレットを手渡してくる。
私がブレスレットを壊してしまったのを知ってから作った割には作りがしっかりしているから、恐らくまた会った時に渡す気でいたのだろう。
魔石はそこまで大きくないが、それに込められた想いはあの時以上のものだと察せられる。
この想いを裏切ることになるのは心苦しいけど、どうしようもないことだ。
私はそのブレスレットをそっと受け取ると、右腕にそれを着けた。
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