第六百八十三話:トンガ村へ
ヒック君達に連れられてしばらく歩くと、村が見えてきた。
森の一部を開拓して作ったと思われる広場に数軒の家が建てられている。
小さな村ではあるが、一応結界が張られているようで、魔物などの脅威からは守られているようだ。
住んでいる人は皆獣人のようで、森で狩りをしながら生活しているようだ。
「こっちだ」
私達はまず、村長の家へと案内された。
私は一応ヒック君を初めとしたこの村の子供達の恩人である。
当時は、私は子供達を村に帰す役目を領主のピエールさんに任せてしまったから会う機会がなく、お礼も言えずじまいだった。
だから、改めてお礼を言いたいのだという。
私としては、別にそこまでしてお礼してもらわなくてもいいんだけどね。
もう4年も前の話だし、あの時助けたのはほんとについででしかない。
お礼というならピエールさんから貰っているし、わざわざ言う必要もないと思うんだけどね。
まあ、それを言うと凄い悲しそうな顔をされたからおとなしく連れていかれるけども。
「よくお越しくださいました。ようこそ、トンガ村へ」
村の中心付近にある家に入ると、年老いた獣人に歓迎された。
どうやら、この人が村長らしい。
すでに4年も前のことではあるが、当時としては村の子供の大半がいなくなってしまい、大人達は悲しみに暮れていたのだという。
だから、子供達を救ってくれた私達には感謝してもしきれないし、村一丸となって恩を返していかなければと考えているようだった。
「何もない村故、大したことはできないかもしれませんが、今宵は宴を開きますのでどうかお楽しみいただければと」
「ありがとうございます。でも、そこまで気にしなくてもいいんですよ? 私はただ、旅の途中に偶然助けただけですから」
「その寛大なお心に感謝します。しかし、受けた恩は返すのが村のしきたり。精一杯もてなさせていただきますぞ」
そんな調子で、私達は村の英雄扱いだった。
中には私の容姿の幼さを理由に訝しむ人もいたが、そういう人達に対してはヒック君がもの凄い勢いで反論し、私のことを認めさせていった。
おかげで村はちょっとしたお祭り騒ぎである。
「僕は何もしてないのにいいんですかねぇ?」
「まあ、いいんじゃないですかね」
イオさんはなんだか申し訳なさそうに体を縮こまらせてしまっている。
イオさんからしたら何のこっちゃだもんね。覚えのない好意を受けるのは転生者としては落ち着かないのだろう。
ボーパルバニーも少し落ち着かないのか、しきりに鼻を鳴らしている。
「今日は俺の家に泊まっていってくれ! 大した家じゃないけど、村長の家よりは大きいから」
村長へのあいさつを終え、村を回っていると、ヒック君がそんなことを言ってきた。
村長の家よりも立派とはどういうことなのかと思っていたけど、単純に家族が多いかららしい。
両親に祖父母、そして子供がヒック君を含めて二人。
聞くところによると、昔はヒック君のおじいさんが村長をやっていたらしく、その関係で大きいというのもあるようだ。
少ないが客間もあるようで、私達にはそこで一晩を過ごしてほしいということである。
流石に三人分もベッドはないようだけどね。
まあ、私は毛布さえあれば別にどこでも構わないからいいけどね。できるならベッドの方がいいけども。
「ようこそお越しくださいました。あの時はヒックとアンリを助けていただきありがとうございました」
ヒック君の家に行き、出迎えてくれたのは優しそうな笑顔を見せる女性の獣人だった。
どうやらヒック君の母らしい。あの時のことを深く感謝しており、会えることを心待ちにしていたようだ。
そのまま家に上げてもらい、父親と祖父母、そしてヒック君の妹であるらしいアンリちゃんとも対面する。
皆狼の獣人のようで、違いは毛並みの色くらいだろうか。
ヒック君はどうやらお父さんに似たらしい。
ヒック君が私達がこの家に泊まることを告げると、父親を除いて歓迎してくれた。
唯一渋い顔を見せた父親だが、どうやら私とエルのことが苦手らしい。
明らかに視線を避けていたし、こちらの言葉にもしどろもどろに答えるだけだった。
私は何か失礼なことでもしたんだろうか?
母親にたしなめられていたが、表情が晴れることはなかった。
「なんなんだろう?」
「さあ……」
少し気になるところではあるが、特に聞くこともできないまま部屋へと案内され、そこでいったん人心地つくことになった。
部屋に関しては、そこまで広くはない。ベッドが二つあり、簡素なテーブルとソファ、クローゼットがあるくらいだ。
いや、小さな村にある客間としては十分すぎるほどに立派だが、流石に王都の学園の寮と比べると見劣りする。
「この後の宴ではたくさんおいしいもの食べさせてやるからな! 期待していてくれ!」
案内してくれたヒック君はそう言って鼻息荒く去っていった。
その様子を、一緒に来ていたアンリちゃんが呆れた様子で見送っている。
「はぁ……えっと、ハク姉ちゃん、久しぶりだね」
「うん、久しぶり。元気だった?」
「まあね。あれから特に攫われることもなく平和に過ごすことができたよ」
ヒック君の前だとすまし顔をしていたアンリちゃんだったが、いざヒック君がいなくなるとちょっと嬉しそうに顔をほころばせて私に笑顔を見せてくれた。
なんだかんだで、アンリちゃんも私に懐いているらしい。控えめながら抱き着いてきたから優しく撫でてあげた。
「それで、あれから何をしていたの?」
「あ、うん。村は平和だったけど、ヒック兄ちゃんがね……」
そう言ってため息交じりに話し始める。
というのも、ヒック君はあの後、冒険者を目指して剣術の修業を始めたようだ。
元々、ヒック君は村の子供の中では力が強い方であり、剣術の練習も少しではあるがしていたらしい。
しかし、攫われたことによって力不足を感じ、強くなるために手伝いの合間に村に住む元冒険者の人に剣術を習い、力をつけていったのだそうだ。
元から才能があったのだろう、練習を始めてからはめきめきと頭角を現し、今や師匠である元冒険者の人に迫る勢いなのだという。
なので、今ではその実力を生かし、魔物を狩ったりしているようだ。
ただ、これはヒック君にとってはあくまで通過点であり、後一年もしたら旅に出る予定だったのだという。
向上心があって大変よろしいのではないだろうか。
「でも、これって全部ハク姉ちゃんのためだからね?」
「私のため?」
「うん。ブレスレットのこと、覚えてる?」
あの時ヒック君から貰った貝殻のブレスレット。不幸なことに壊れて粉々になってしまったが、一応まだ残骸は保管している。
あれがどうしたのだと思ったら、アンリちゃんからとんでもない一言がもたらされた。
「あれ、この村だといわゆる結婚指輪と似た扱いなんだよ」
「え?」
「つまり、ヒック兄ちゃんの中では、ハク姉ちゃんはヒック兄ちゃんの告白を受けたってことになってるの」
「え、えぇ?」
予想外の言葉に、私は目を丸くしかなかった。
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