第六百八十二話:思わぬ遭遇
「ハク?」
イオさんの下を離れ、いざ転移しようとしたタイミングで、不意に声をかけられた。
普段なら探知魔法で接近に気づけていたと思うけど、今はちょっとしたトラブルがあった影響で少し意識がそれていたので気づくのが遅れてしまった。
その声に振り返ってみると、そこには数人の獣人がいた。
リーダーらしき先頭にいるのは、犬、いや、狼だろうか。灰色の毛並みが特徴的な耳と尻尾を持っている。
背も高く、170センチメートルくらいはあるだろうか。何かしらの魔物の素材なのか、軽そうな素材の防具を付けており、剣を佩いている。
他は普通の服に槍装備で簡易的な感じだが、リーダーだけは冒険者って感じだ。
なぜこんな森の中にいるのだろうか。
……と思ったけど、そういえばこの近くには獣人の村があるんだっけ。
となると、そこから来たのかもしれない。よく見たら、近くに数人の魔力を探知できるし、意外と村のそばだったようだ。
村のそばで騒ぎが起きたから様子を見に来た、ってところなのかもしれない。
でも、それよりも気になることがある。
「どうして私の名を?」
「やっぱりハクか!? お、俺だよ俺!」
「えっと、どこかでお会いしましたか?」
「俺だよ、ヒックだよ!」
ヒック。はて、どこかで聞いたような……。
私は記憶の引き出しを漁ってみる。すると、一つ思い当たる人物がいた。
それは、私が初めて竜の谷を訪れた時のこと。
あの時、私達は道中でボロボロの状態の船を発見し、それを助けた。それは違法奴隷を運ぶ商船で、すでに魔物に襲われた後らしく、残っていたのは奴隷の獣人達だけ。
その中で、他の獣人達をまとめていたリーダー的存在だった灰色の毛並みの犬獣人。それがヒック君だ。
「ああ、あの時の。大きくなりましたね」
「そういうハクは全然成長してないな? もうあれから4年だぞ?」
もうそんなに経つのか、いや、懐かしい。
ヒック君はあの時は子供らしい子供だったように思えるけど、今や見違えるほどに成長し、完全に大人の風格を醸し出している。
あの時は犬獣人かと思っていたけど、これを見ると狼だったんだね。かっこいいじゃない。
「ヒック、知り合いなのか?」
「ああ、知り合い、というか命の恩人だよ。ほら、4年前に俺攫われたことがあっただろ?」
「ああ、あの時のか。なるほど、まさに命の恩人だな」
他の人達にヒック君が説明している。
恐らく、村の自警団的な存在なのかな? いや、その割には装備が貧弱すぎるからただの住人なのかもしれない。
ヒック君の住む村はそんなに大きくないって話だったしね。それに元々獣人はそれなりに強いし、必要ないのかもしれない。
「ハク、どうしてここに? も、もしかして、俺に会いに来てくれたとか?」
「あ、いや、ちょっと用事で近くまで来ただけですよ。会ったのは偶然ですね」
「そ、そうか……」
なんか落ち込んでいる様子だけど、そもそも近くにある村がヒック君の住む村だなんて思わなかったし、さっきまで忘れていたのだから会いに行けるはずもない。
「あ、あれ? ハク、その、ブレスレットは……?」
「ああ、ごめんなさい。あれは壊れてしまって……」
「そ、そうか。まあ、有り合わせの道具で作った奴だしな……」
ブレスレットとは、ヒック君が別れ際に私に贈ってくれた貝殻でできたブレスレットだ。
一応、あの後も大事に持っていたんだけど、お兄ちゃんに会いに行った時、初めて【竜化】した時に服と一緒に壊れちゃったんだよね。
元々脆いものだったし、竜状態ではサイズも合わないので壊れるのは仕方ないことだったかもしれないけど。あの時は気にしている余裕がなかったんだ。
「でも、ちゃんと残骸は取っておいてありますよ」
「ほ、ほんとか?」
「はい。えっと……これですね」
私は【ストレージ】からブレスレットの残骸を取り出す。
冷静になった後、一応、集めておいたのだ。
といっても、衝撃によって派手にはじけたので、全部見つけることはできなかったし、見つかったものも砕けたりしていて元の形を想像することはもはや不可能だけど、一応人から貰ったものだしと思ってとっておいたわけだ。
残骸を見せると、ヒック君はフルフルと体を震わせて俯いてしまった。
俯いても身長が高くなったせいで私の身長だと顔が見えるんだけど、涙を流している。
や、やっぱりこんな粉々にしちゃったから怒ってるのかな……。
「だ、大事に取っておいてくれてありがとう……!」
「い、いえいえ、壊してしまって申し訳ありません」
「いいんだ、そんな安物。それより、大事に持っていてくれたことが嬉しい!」
感無量といった感じで泣きまくるヒック君。
そんなに嬉しかったのかな。まあ、そんなに喜んでくれるなら取っておいた甲斐があったというものだ。
「ぐすっ……そ、そうだ。せっかくここまで来たんだ、村の方に寄って行ってくれよ」
「え? でも、急にお邪魔したら迷惑じゃ?」
「そんなことは絶対ない! ハクは命の恩人なんだ。精一杯歓迎させてもらうよ」
村に招待されてしまった。
うーん、どうしようかな。別に行ってもいいけど、今はイオさんを待たせているんだよね。
すぐに呼んでくると言ってしまったし、ここでお呼ばれしてしまうとその約束を破ることになってしまう。
いつまでも森の中で待機というのも可哀そうだし……一緒に呼べばいいかな?
「それじゃあ、一緒に連れていきたい人がいるんですけど、いいですか?」
「エル姉さんのことか? もちろん、エル姉さんも命の恩人だし、歓迎するぞ!」
「いや、エルではなくて、近くに知り合いがいるんですよ」
私は軽く事情を説明する。
まあ、ヒノモト帝国やら聖教勇者連盟やらの説明は避けたけど、追われていた人がいるということを伝えたらぜひ連れてきてほしいと言われた。
どうやら、ヒック君達は先ほどの騒動の確認に来たらしい。
まあ、派手に木とかなぎ倒してたしね。
下手したら村すら巻き込まれていた可能性もあると考えると、ちょっと危険だったかもしれない。
「それじゃあ、呼んできますね」
その後、イオさんにも事情を説明し、村にて歓待を受けることになった。
本来であれば、すぐさま転生者をヒノモト帝国に送らなければならないところだろうけど、せっかくの招待を無碍にするわけにもいかないし、森の中で待つよりは人のいるところで待つ方が安心だろう。
保護したボーパルバニーもむやみに人を襲うわけではないみたいだしね。
「偶然とはいえ、ほんとに会いに来てくれた……嬉しいな……」
私に背を向けて歩き出したヒック君だったが、なにやら小声で言っている。
まあ、確かにあの時、縁があったらまた会えるって言って別れたからね。だいぶ私に懐いてくれていたようだし、そりゃ嬉しいか。
一つ心配事があるとしたら、私はあの時より全く身長が変わっていないということだが、あまり怪しまれてはいないみたい?
ヒック君は私のことを竜人だと思っているし、それで成長が遅いと思っているのかもしれない。
私は大きくなって立派になったヒック君のことを懐かしく思いながら、後に続いていった。
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