第六百八十一話:魔物の転生者の保護
その後、青髪の女性、ケーストさんというらしい、と一緒にイオさんの下へと向かう。
どうやらエルが捕まえていてくれたようで、しばらく行くと待っていてくれた。
イオさんは攻撃されたことで警戒しているのか、ケーストさんを見るなりエルの後ろに隠れてしまった。
手には大事そうにボーパルバニーを抱えているので、何としても守り切るという意思を感じる。
多分、私達が到着するまで三十分ほどかかったと思うんだけど、それまで逃げおおせていたってだけでも凄いけどね。
普通なら生存を諦めると思う。流石はヒノモト帝国の転生者だね。
「も、もう襲ってこない?」
「はい。そうですよね?」
「まあ、同じ転生者っていうなら保護する対象だしね。確認もせずにいきなり攻撃してごめんなさい」
「ほっ……」
ケーストさんの言葉に安心したように息を吐くイオさん。
緊張が途切れたのか、その場に座り込んでしまった。
腕の中に抱えられたボーパルバニーが心配そうに額を撫でている。
首狩り兎と呼ばれているとは思えないほどおとなしいね。
というか、この人も転生者なのだ。そりゃおとなしいか。
「えーと、イオさん、でいいんですよね?」
「はい。僕はイオですよ」
「その抱いている方とは話はついたんですか?」
「あ、えっと、実はまだ……」
「え?」
話を聞いてみると、どうやらイオさんはウィーネさんと違って魔物と話すことはできないらしい。
ただ、相手は転生者なので、日本語で話しかければ通じる可能性がある。だから、日本語で話しかけてみて、反応があればウィーネさんに報告し、ウィーネさんが会話してみて転生者だと確認出来たらヒノモト帝国に運ぶんだそうだ。
そうしないと、ただ人の言葉に反応しただけの知能ある魔物も連れてきてしまう可能性がある。どのみち連れていくには転移魔法が必要となるので、どちらもできるウィーネさんが最終決定を下すようだ。
転移魔法を使える人自体は他にもいるらしいんだけどね。それはそれで凄いけど。
それで、このボーパルバニーは一応日本語に対して反応したのだとか。だから、もしかしたら転生者かもしれないということで、ウィーネさんが戻ってくるまでの間、仮に保護しようと思っていたところに襲撃を受け、逃げているうちに現在に至るというわけである。
「それ、下手したら死んでますよね?」
「あはは……生きてるからいいんですよ」
もし、このボーパルバニーがただの魔物で、相手をおびき寄せるためにあえて反応していたのだとしたら、逃げている間に首を狩られていてもおかしくなかったわけである。
流石に、不意打ちで首を刎ねられてはいくら強い魔物だとしても死ぬだろう。死ななくても、致命傷になる可能性が高い。
だから、慌てていたとはいえ、ボーパルバニーを抱えて逃げるなんて自殺行為なのだ。
まあ、こうして首を刎ねられていない以上、予想通り転生者だったのかもしれないけど。
「それじゃあ、一応確認してみた方がいいんじゃないですか?」
「あ、はい。聞いてみますね」
そう言って、イオさんはボーパルバニーに向かって日本語で話しかける。
いくつかの問いに頷くか首を振るかで答えてもらった結果、やはり転生者であることがわかった。
喋れるわけではないのでどういう名前だとかはわからないけど、転生者な時点で保護案件である。
狩られずに済んでよかった。
「ほんとに魔物の転生者なんているのね……」
ケーストさんは日本語の質問に対して答えるボーパルバニーを見て感心したようにふんふんと頷いている。
まあ、魔物に転生している人なんていないと思っていただろうから当然だと思うけど、私やミホさんのように人以外に転生する人は割といる。
転生者を助けたいと思うなら、強い魔物というだけで安易に倒すことは危険なわけだ。
「そういうことですので、聖教勇者連盟の方にも、倒す前に一度日本語で語りかけてくれるように頼んでもらえませんか?」
「まあ、いくら魔物とはいっても同じ転生者を殺すのは後味悪いしね。帰ったら言っておくわ」
「お願いします」
まあ、今のところ見たことないけど外国人の転生者とか、能力が地味で弱い魔物に転生した人とか、考え始めたらきりがないけど、とりあえず対策を講じるだけでも違うはずである。
一応、後で私からも言っておくつもりだけど、これで聖教勇者連盟も魔物の転生者の保護をしてくれるといいな。
「それで、その子はどうするの?」
「ヒノモト帝国という場所に連れていく予定です。そこは魔物に転生した人達を保護している国ですから」
「なるほどね。それじゃあ、こっちの方で見つけたら連絡するわ。ハクに連絡すればいい?」
「あー、はい。でも、後で直接ヒノモト帝国に連絡できるようにしておきますよ」
今はローリスさんもウィーネさんもいないから私に連絡してもらうようにすればいいけど、いずれは私の手を借りずとも保護してくれるようになればいいと思う。
そこらへんも帰ってきてからだね。なんだかだんだん二人の仕事が溜まっていくなぁ。
まあ、これは仕方ない。今は私が代理とはいえ、ヒノモト帝国は私の国ではないからね。決定は本来のトップがするべきだろう。
「それじゃ、私は報告に戻るわ。イオさんと、兎ちゃん、いきなり襲ってごめんなさいね」
そう言って、ケーストさんは去っていった。
とりあえず、聖教勇者連盟に関してはこれで大丈夫だろう。今後はヒノモト帝国と協力していければいいんだけど。
「さて、イオさんはこれからどうしますか?」
「多分、確定だと思うので国に連れて帰ろうと思いますぅ。でも、今ウィーネ様がいないんですよね?」
「はい。一応、私が代理を務めていますが……」
「それなら、この子と一緒に転移してもらえませんか? 僕は転移魔法使えないんですよぉ」
「え? えっと、転移はちょっと難しいですね……」
私は転移魔法が使えるが、それは転生者達が持っているような万能なものではない。自分一人を見たことがある場所に飛ばすのが精一杯である。
いや、できないことはないけど、相応の危険が伴う。そんな気軽には使えない。
そう考えると、転生者達が持つ転移って便利だよね。
あっちは気軽に使えるし、他人も一緒に転移させるのもお手の物。正直、あれが使えなければ聖教勇者連盟もヒノモト帝国もやっていけないだろう。
私も欲しいと思うけど、それは流石に望みすぎである。
普通の人族は転移魔法陣という月に一回しか使えない魔法陣で移動するのが精一杯なのだから、転移できるだけでもありがたいものだ。
「それじゃあ、転移魔法が使える人に声をかけてもらえますか? 転生者の移送には許可が必要なんですよぉ」
「あ、はい、そういうことなら」
本来であれば、同じ転生者でも審査のようなものが必要らしい。
というのも、ヒノモト帝国に住む大体の転生者は迫害されてきた者ばかりで、他人に対して大小はあれど不信感を持っている。だから、あんまり横暴な人を入れると多くの人が怯えてしまい、迷惑が掛かってしまう。
だから、そういう人はそういう人専用の別の場所へ案内し、そこで暮らしてもらうか、あるいはヒノモト帝国の保護を拒否して野生で暮らすかという選択肢があるらしい。
なので、転生者だからと言って何でもかんでも連れてくるわけにはいかないので、許可が必要になるというわけだ。
まあ、このボーパルバニーは見た感じ大丈夫そうだけどね。イオさんのことを心配していたようだし。
とりあえず、転移を担当する人に許可を出さなければならないらしいので、一度戻るとしよう。
私はすぐに声をかけてくると言ってその場を離れた。
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