第七十話:やりたいことがたくさんある
昴さんがユルグさんと出会ったのは7歳の頃らしい。
当時はちょうどアーシェントさんが亡くなり、ふさぎ込んでいた頃で、その日は気分転換にと両親と共に町に出ていたのだそうだ。
その時、ちょっとした事件が起きた。
何かの拍子に馬車を引いていた馬が暴れ、それは運悪く昴さんの方へ走ってきたのだ。
あと一歩で轢かれる、そんな時に助けてくれたのがユルグさんだという。
その助け方も豪快で、なんと暴れた馬を無理矢理掴んで止めたというから驚きだ。
どうにか馬を落ち着かせたユルグさんは尻餅をついていた昴さんに駆け寄ると、一言こう言ったそうだ。
『……結理?』
まるで日本人のような名前、それに馬を素手で止めるような怪力を前に何かしらの能力を持っていると察した昴さんが転生者かどうか確かめたところ、見事的中していたということだった。
どうやらユルグさんは人を探しているらしく、前世で共に最期を迎えたことから、自分がここにいるなら彼女もいるのではないかと思いあちこち旅しているらしい。
その顔が今の昴さんに似ているらしく、その縁もあって時折手紙で情報交換しているのだとか。
「まあ、まだ見つかってないみたいなんだけどな」
「なるほど、見つかるといいですね」
「ほんとにな」
その彼女が見つかることを祈りつつ、昴さんをまじまじと見てみる。
見た目は私より少し背が高いくらいの女の子だ。恐らく、まだ10歳かそこらだろう。それなのに、私よりよっぽどこの世界について詳しい。
ハクとしての時の記憶から、私も多少のことはわかるけれど、いたのが辺境の村だったということもあって情報の偏りが激しいようだった。
この年で転生者に二人も出会えているし、騎士になるという目標を持って剣術の訓練もしている。それに、今はこうして男口調で話しているけれど、その所作はお嬢様そのものだ。とてもじゃないけど元男性とは思えない。
それに比べて私は……。
身長も低いし、目標だって、両親を見返してやりたいっていう目標というよりは決意だし、喋り方だってかなりラフだ。
うーん、環境の違いでこうも変わるものなんだね。
「ま、そんな感じだ。他に聞きたいことはあるか?」
「いえ、特には……」
「そうか。じゃあもう日も暮れるし、今日はここまでだな。久しぶりに同郷の奴と会えて楽しかったよ」
「こちらこそ、色々教えてくれてありがとうございました」
その後、見送りに出てくれた昴さんに礼を言って家を出た。
流石というべきか、その時にはすでにお嬢様口調に戻っていた。
男口調を聞きすぎたせいかこっちの方が何だか違和感を感じてしまう。まあ、それを言うわけにもいかないので黙って出てきたけど。
さて、思ったよりも話が弾んでしまったせいですでに日が暮れかかっている。
お姉ちゃんはとっくに帰っているだろうし、私も早く宿に帰らないと。
夕焼けに照らされてオレンジ色に染まる通りを歩き、外縁部にある宿を目指す。
途中、門を通る際にちらっと崩れた外壁が見えたが、まだほとんど直っていないようだった。
まあ、あれからまだ数日しか経ってないし仕方ないけど。
結局魔石を起動させた犯人は見つからなかったんだよね。一体どこに隠れていたのやら。
作業する人々を心の中で労いつつ、宿に戻った。
「お帰り、ハク」
「ただいまー」
宿に帰ると、お姉ちゃんが出迎えてくれた。
一日歩き通しだったこともあり、だいぶ疲れた。すぐさまベッドにダイブして楽な姿勢を取る。
「どうだった?」
「大体みんな協力してくれるって」
「やっぱり。こっちもだよ。かなり愛されてたみたいだね」
どうやらお姉ちゃんの方もうまくいったらしい。
昴さんに聞いたアーシェントさんの人となりはとてもよかったし、他の人もそれに報いたいと思ってくれているのだろう。
これなら開いても弟子が集まらないなんて事態にはならない。
さて、残る問題は道場本体の方だけど。
「さっきミーシャさんが来てね、あと三日もすれば教材が届くって」
「教材?」
「模擬剣とか防具とか。前に使ってたのはほとんど錆びたりして使えないんだって」
「なるほど」
あの様子では碌に整備してなかっただろうし、道具も新調しないと使えないか。
後はあの庭は何とかした方がいいと思う。
稽古は道場でするにしても、やっぱり景観は大事だしね。明日にでも掃除しに行こうかな。
それとも、その辺りはミーシャさんが手を回してるのかな?
まあ、行けばわかるよね。そろそろ魔法を教えに行かなきゃだし。
「そういえば、ハクは剣術には興味ないの?」
「なくはないけど、体も小さいし、私には無理じゃないかな」
「ふーん。結構いい線いってると思うんだけどね」
そもそも私の筋力では剣をまともに持てないから論外だ。
魔法で作ったウェポンならまだ誤魔化せるけど、本物の剣だと身体強化魔法でも使わないと無理がある。
私と同じくらいのアリシアさんは普通に剣持ってたっぽいのにこの格差はどういうことか。
やっぱり環境の差なのかなぁ。貧乏だったし、お世辞にも肉付きがいいとは言えないしね。
「でも、勉強するくらいはしたいかも」
確かに私は剣を持てないけど、闘技大会でやったようにウェポン系魔法を常時発動して剣のように使うっていう事態はたまにあるだろうし、剣術の知識はあっても損はないだろう。むしろ、常時発動魔法によって変幻自在に武器を生み出せるのだから様々な武器の戦い方を勉強しておくのは必要なことかもしれない。
道場が無事に復活したら私も教えてもらおうかな。記憶力だけは自信あるし。
「お姉ちゃんのその、双剣? の使い方も知りたいし」
「私の?」
「うん。何かに応用できるかも」
今の私なら双剣も再現できるだろう。それどころか、お姉ちゃんの戦い方の再現もできるかもしれない。
流石にあんなに早く動くことはできないだろうけど、似たようなことをすることはできる、はず。
「それじゃ、今度教えてあげるね」
「ありがとう、お姉ちゃん」
魔法の開発と訓練、【念話】の練習、ポーションの作成、それに加えて武術の勉強とかやりたいことが多すぎる。
今一番しなくちゃいけないのは何だろう。やっぱり魔法の開発かな。
ポーションに関しては正直今のところ使い道がない。いや、まったくないわけじゃないんだけど、それが必要になるほどの事態にならないというか、とにかく持て余してるんだよね。
スタミナ回復のポーションとか魔力回復のポーションとかはたまに使うんだけどね。ちょいちょい片手間に作るくらいでも供給が追い付くし、なにより最近はあんまり成果が出ていない。
場所の違いのせいか知らないけど、中々思った通りの効果にならないんだよね。何かが足りないのかな? でも、材料は同じはずなんだけどなぁ。
王都に来てからポーションを作ったのは数える程度だけど、それでも出来があんまりよくないのは確かだ。それもあって、あんまり手を出していない。
それよりは、戦闘能力を上げることが大事だろう。
ある程度戦えるくらいじゃピンチの時にどうにもならないということは身を以って体験したし、新たな魔法の開発は急務だ。
オーガ騒動の時に使った四重魔法陣は切り札として使えるかもしれないけど、まだまだ精度が甘いし、それを突き詰めるか、使い勝手のいい初級魔法の改良をするかは悩みどころ。
とりあえず、いつも使ってる探知魔法についてはちょっとした改良案がもうあるんだけどね。そのうち試せる機会もあるでしょう。
グルグルと色んな事を考えていたらいつの間にか晩御飯の時間になっていた。
お姉ちゃんに促され、部屋を出ていく。
とりあえず、やれるところからやっていくしかないよね。