第六百七十三話:生前の家
地球の品を持ってくるというのは割と魅力的な案ではあるが、流石にまだ貿易を名乗るには時期尚早である。
そもそも、魔力溜まりにいた人達がちゃんと神力を手に入れられるかもわからないし、手に入れられたとしてそれできちんと帰還できるかどうかもわからない。
あの魔法陣は神力を基に起動しているようだけど、仮にも転移魔法陣なのだからその量はかなり多い。
ただ神力を使えるってだけでは使えないだろう。そこそこの量を要求されると思う。
まあ、少しでも使えれば残りを魔石で補うとかしていけるかもしれないけどね。すべてを神力で補う必要はないし。
問題なのはそちらよりも、あちらでの拠点の確保だろう。
元々はあちらの世界で暮らしていた人達ではあるが、今や容姿も何もかも変わってしまっている。
当然、戸籍などもないし、家だってないだろう。
一応、生前の家を訪れるという手はあるが、家族に死んで転生し、異世界で暮らしていた、なんて話して信じてもらえるかどうか。
私の場合は信じてもらえたけど、普通だったら不審者として警察に突き出されても文句言えないような状況である。
だから、最初からそれを当てにして拠点を作るのは少し無理がある。
ワンチャンあるとしたら、一人暮らしをしていた人だろうか。
私が行った時は、私が死んでからまだ一年も経っていなかったようだし、もしかしたらまだ誰の手も入っていない可能性はある。
通帳などが残っていれば預金を引き出すこともできるだろうし、ある程度のものは買えるかもしれない。
まあ、少なくとも半年は経っていたようだから普通に家族が片付けてるかもしれないけどね。
でも、転生者は結構な数がいるし、探せばそういう人もいるかもしれない。
あちらに行った時の拠点として使うことができれば、そこから先の計画を立てることもできるだろう。
いずれはお金を稼ぎ、家を買い、あちらの世界に生活の場を移す人もいるかもしれないね。
「そういえば、魔石を使ってあちらの世界を攻略する人とかはいないんですか?」
あの魔法陣は神力を使うことが適正ではあるが、一応魔力で代用することもできる。だから、魔石を大量に用意できれば別に神力などなくても行き来することは可能だ。
ヒノモト帝国は魔物の転生者を大量に集めている関係上、魔物と戦う場面が多く、また開拓時にも魔物と遭遇することが多いため、魔物を討伐することも多い。
だから、現在でも結構な数の魔石を所有しているのである。
それを使えば、すぐにでも帰還の準備を整えることは可能だろう。
であれば、今のうちにあちらの世界の拠点を作っておいてもいいのではないかと思うんだけど。
「一応、計画はしている。最悪拠点はどこかの山の中にでも簡易な小屋を建てれば済む話だしな。問題は金を稼ぐ方法だ」
「どうにかして生前の通帳とかを入手できたりしないですか?」
「死後、そのままこちらの世界に転生しているのだとしたら、こちらの世界での年齢が若いほどあちらの世界では時間が経っていないことになるだろうから、そういうやつの中から一人暮らしのやつを探せばあるいは行けるかもしれないが、まず生前のことを正確に覚えている奴はあまりいない」
「え、そうなんですか?」
てっきり、生前のことは誰でも覚えているものかと思っていたが、どうやら違うらしい。
でも確かに、何十年も暮らしていれば昔の記憶は薄れていくものか。
私は記憶力がいいから覚えているけど、普通はそこまで覚えていないものなのかもしれない。
「うちの連中はほとんどが魔物として暮らしていたからな。生前の生活とはかけ離れた暮らしを十数年もしていたら記憶も薄れるというものだ」
「なるほど」
「記憶力のいい奴らはあるいは覚えているかもしれないが、そんなに数は多くないな」
転生といえば、生前の知識を使って様々なものを作って技術力を高めていくというのが印象的だけど、それができるのは転生した直後くらいのもの。
大抵は暮らしているうちに記憶が薄れ、生前のことなど忘れてしまうのかもしれない。
まあ、名前とか死因とか、印象に残っていることくらいは覚えているかもしれないけどね。
「一応、陛下が実家を説得できないかと考えているようだが」
「ローリスさんの実家ですか?」
「ああ。陛下の実家は日本でも有数の大商家だからな」
おお、そんなに大きな家だったのか。
でも確かに、ウィーネさんはローリスさんの付き人だったらしいし、付き人がつくくらいにはお金持ちだったってことだもんね。そりゃ大きい家か。
もし説得できたらかなりあちらの世界で活動しやすくなりそうだけど、ローリスさんは完全にワーキャットだからなぁ、説得どころか普通に歩くことすら難しそう。
ウィーネさんは髪が生えているからまだ少し人間らしいけど、ローリスさんは完全に猫顔だし。服も着てないしね。
「どうにかして生前の見た目を取り戻せればいいのだが」
「変身魔法でもかけたらどうです? ウィーネさんならできそうですけど」
「ふむ、それも一つの手か」
変身魔法は割と魔力を食うから魔力が回復しないあちらの世界で使うにはちょっとリスキーな魔法ではあるけど、説得のために少しの間変身するだけだったら何とかなりそう。
帰りは魔石を使えばどうとでもなるわけだし、自分の魔力は使い切ってもいいわけだしね。
……いや、使い切っちゃまずいか。
こちらの世界では、魔力を使い切ると魔力切れとなって気絶し、魔力が回復したら目覚めるけど、あちらの世界では魔力が回復しないから魔力切れになったらそのまま目覚めない可能性がある。
【ストレージ】で魔石を持ち込むウィーネさんが気絶してしまったらそれこそ帰る手段がなくなってしまうし、あまりやらないほうがいいかもしれない。
「どちらにしろ、陛下の元の姿を見せておくに越したことはない。驚かれるだろうが、流石に私と陛下を同時に変身させておくには消耗が大きすぎる」
「まあ、どうにか異世界のことを信じてもらうしかなさそうですよね」
ウィーネさんが変身魔法をかけるなら、ウィーネさんも一緒にいなくてはならない。
いや、一応変身魔法は一度かけたら魔力が尽きるまで維持されるけど、不測の事態を考えると一緒にいたほうがいいだろう。
そうなると、いつ元の姿になってもいいように話しておく必要がある。結局、異世界のことは話さなければならないだろう。
信じてくれればいいんだけどねぇ。
「信じてもらえなかったらどうします?」
「その時は逃げるしかないだろうな。まあ、この姿な時点であちらの世界では常に追われているようなものだが」
まあ、確かに信じてもらえなかったら逃げるしかないよね。
逃げる分には、ウィーネさんの転移魔法があれば簡単に逃げられるだろうが、その後再び訪れることは難しいだろう。
というか、そんな大きな家ならローリスさんの家族と会えるかどうかも微妙な気がする。
なんかガードマンとかいそうだよね。
「まあ、陛下の父は陛下を溺愛していたし、生前の陛下の姿で訪れれば門前払いってことはないだろう。どうにかするさ」
「頑張ってくださいね」
家族の愛っていうのは結構馬鹿にならない。たとえ姿が全く変わっていても、家族であれば気づいてもらえる可能性はある。
変身魔法で生前の姿を映せば、何とかなる可能性はなくはないだろう。
転生者達があちらで活動するための拠点を確保するのもそうだけど、個人的にローリスさんが元の両親に受け入れてもらえればいいなと思った。
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