第六十九話:転生者との会話
昴さんが自分の才能に気付いたのは6歳の頃だったらしい。
昴さんの、この場合はアリシアさんのといった方がいいだろうか、の親は武功を立てて騎士爵を賜った武人で、子供の頃から訓練に明け暮れる親の姿を見て自分もやってみたいと憧れていたらしい。
そこで、6歳の時に昴さんたっての希望で道場に入門することになったのだそうだ。
そしたら驚くことに、最年少であるにもかかわらずめきめきと頭角を現し、道場一の腕前になったという。
「どうやら俺の能力は剣術の才能みたいなんだよな。魔法も使えるけど、そっちは普通レベルだし」
一応、魔法も五属性という普通の人よりは多い属性を持っているらしいのだが、そちらの方はあまり伸びが良くなかったようだ。
それでも、女性とは思えないほどの剣の腕で、将来は騎士を目指そうかとも思っているらしい。
三年前に道場が潰れてからは父親に剣術を磨いて貰っていて、今もその実力を伸ばしているのだそうだ。
「まあ、俺の話は大体これくらいだな。次は白夜の話を聞かせてくれよ」
「う、うん」
呼ばれ慣れていない名前に若干の違和感を覚えつつ生い立ちを話す。
私が春野白夜として目覚めたのはハクが10歳になった時。捨てられて森をさ迷っている時に魔力溜まりへと落ち、その衝撃で前世の記憶を思い出した。
今考えても壮絶な人生を送ってきたと思う。
一歩間違えれば死の世界だったからね。よく生還したものだと自分でも思う。それもこれもアリアがいてくれたおかげだ。本当に感謝しているよ。
「大変だったんだな……。そしてお前も男だったとは、そんな可愛い顔してるのにな」
「それはこっちの台詞です」
「はは、まあな。それで、魔法の師匠って誰なんだ?」
「それは、うーん……」
さて、困った。アリアのことを話すべきか話さざるべきか。
同じ転生者として親しみ深いし、何より悪い人には見えないけれど、万が一ということもあるし。
ちらりと視線を肩の方に向ける。
私の気持ちを察したのか、アリアが【念話】で言葉を伝えてきた。
『まあ、この人なら大丈夫じゃない? なんかハクの知り合い? みたいだし』
『わかった、ありがとう。詳しいことは後で話すね』
そういえば私が転生者だということはアリアにも言ったことがなかった気がする。
砕けた話し方をする私達に知り合いだと思ったみたいだけど、後で事情を話しておかないとね。
「……誰にも言わないって約束してくれますか?」
「ああ、するする。こう見えても口は堅いからな」
「それじゃあ……アリア」
私が合図を送ると、アリアが隠密を解除して姿を現す。
唐突に現れた妖精に昴さんは目を丸くするが、すぐに感嘆の声を上げてじろじろと観察を始めた。
「初めまして。私はアリア、君の言うハクの師匠だよ」
「お、おう。俺は昴、いやアリシアって言った方がいいかな? どんな奴かと思ったら、まさか妖精だとはな。驚きだぜ」
「アリアは私の命の恩人なんです」
私はアリアのことも含めて改めて生い立ちを話す。
同じ転生者ということもあって、話すことにあまり抵抗はなかった。
昴さんも時折相槌を打ちながら真面目に聞いてくれている。
「なるほどな。それでそんなに魔法が使えるってわけか」
「アリアの教え方がよかったからですね」
「いや、ハクの才能もかなりあると思うよ? 魔法陣の暗記なんて普通出来ないし」
昴さんに聞いてもやはり魔法は詠唱するもののようだった。
少なくとも、昴さんが見てきた中では私のように魔法陣を暗記して即座に魔法を発動するような魔術師はいなかったらしい。
魔術師の中でもエリートである宮廷魔術師すら詠唱を使っているのだとか。
確かに、ルシエルさんもやたら詠唱してた気がする。上位魔法だからかと思ってたけど、あれが普通なのか。
「もしかしたら、魔法の才能が白夜の能力なのかもしれないな」
「そう、なんですかね」
「多分な」
まあ、確かに前世から記憶力には自信があった方だけど、難解な文字や模様で描かれた魔法陣をすべて暗記するとなると流石にできるか怪しい。もしかしたら、こうして覚えられていること自体が神様から授けられた能力だったりするのだろうか。
「そういえば、神様って?」
「よくわかんないけど、なんかそんな存在と会った記憶があるんだよ。朧気でよく覚えていないけどな」
生まれるより前、つまり前世の記憶の中で神様のような存在に出会ったことがあるというものがあるらしい。
普通ならただの勘違いと思うところだけど、記憶を持った状態で異世界に転生するというトンデモ体験をしている今、全くの勘違いとも言い切れない。
もしかしたら本当にそういう存在がいて、その力によって私達はこの世界に来たのかもしれない。そして、その特典として何かしらの能力を授かったと。
憶測でしかないから本当のところはわからないけど、昴さんにそういう記憶があるなら割と間違っていないのかな。
私はいくら思い出そうとしてもそんな記憶全く心当たりがないんだけどね。
「ま、便利な能力を貰って生まれることが出来たんだ、そこは素直に喜ぼうぜ?」
「まあ、そうですね」
「よし、じゃあ次だ。白夜は俺の他に転生者に会ったことはあるか?」
「いえ、ないですね」
「そうか。俺は二人ほど知ってるぜ」
若干興奮気味にお茶を飲もうとして空になっていることに気付き、そっとカップを置く昴さん。
自分が転生者だということは親にも話していないらしく、お代わりのために執事さんを呼ぶこともできないと若干残念そうにしていた。
「まず一人目はアーシェントさんだ」
「アーシェントって、サクさんの道場の?」
「そう。前世でも剣術を習ってて、大会でも上位になるほど強かったらしいぜ」
昴さんの記憶に残るアーシェントさんは精悍な男性だったそうだ。灰色の髪を後ろで括り、まるで侍のような風格を漂わせていたらしい。
元々王都の出身ではなく、どこからか流れてきたらしいのだが、剣の腕を買われて騎士団に入隊、その後引退してからは道場を開き、弟子達に自分の剣術を教えていったらしい。
転生者だと気づいたきっかけは、稽古が終わった後に忘れ物を取りに道場に戻ったところ、独り言を呟いていたアーシェントさんの言葉を聞いてピンと来たのだそうだ。
流れるままに確認を取り、同じ転生者だと気づくことになったというのが始まりらしい。
「でも、アーシェントさんは三年前に……」
「……ああ、いい人だったんだけどな。残念だよ」
道場が潰れるきっかけとなった三年前、師範であるアーシェントさんは病気によって亡くなった。
元々年だったというのもあるが、せっかく会えた同郷者が亡くなってしまったことは昴さんもショックだったらしい。
せめて彼の教えを無駄にしないためにも、道場が潰れた後も訓練は欠かしたことがないという。
「今回、道場を復活するって話を持ってきてくれたこと、とても感謝してるんだぜ。たとえお父様が許してくれなくても、出来る限りの協力はするから、何でも言ってくれよな」
「はい、サクさんにも伝えておきますね」
「ああ。でだ、もう一人はユルグっていう高校生くらいの男なんだ」
ユルグか、聞いたことないなぁ。
自分以外にも転生者はたくさんいるという事実にどこか安心感を覚えながらも昴さんの話に耳を傾けた。