幕間:幸せになろう
主人公の実の妹、一夜の視点です。
お兄ちゃんが美少女になって帰ってきた、なんて言ったら誰が信じてくれるだろうか。
普通なら、そんなこと言って訪ねてきた人なんて不審者に違いないし、追い返すところである。
しかし、今回は本当に本物だった。
姿形は変わっても、私の事を詳しく知っていたし、ハク兄としての記憶も確かなものだった。
正直、これで偽物だって言うなら女優でも目指した方がいいと思う。絶対売れると思うから。
そんな衝撃的な出会いだったが、私としては、出会い方なんてどうでもよかった。
ハク兄が帰ってきてくれた、それだけで、私は幸せだった。
半年ちょっと前、女性を庇って車に轢かれ、亡くなったお兄ちゃん。その知らせを聞いた時、私はこの世の終わりだと思った。
一体何のためにハク兄を追って上京してきたと思っているのか。
いい会社に入るため? そんなものはどうでもいい。
すべては、ハク兄と一緒にいるためだった。
幼い頃から、私はハク兄の事が好きだった。
いつも優しくて、世話焼きで、私の事を大切に扱ってくれた。
秘密基地を作ろうと言った時も、笑わずに手伝ってくれて、今思えばちょっと痛い台詞も付き合ってくれた。
私にとって、ハク兄は尊敬できる人であると同時に、将来結婚したい人でもあったのだ。
まあ、成長するにしたがって、兄妹で結婚なんてできないと諦めたけど、それでも一緒にいたいという気持ちは消えることなく、だからこそ、頑張って勉強してハク兄の家の傍に引っ越してきたのだ。
本当は一緒のマンションが良かったけど、その時は運悪く空きがなく、仕方なく近くのマンションに住むことになったけど、これはこれでこの距離感も悪くない。
兄妹ではあるけど、近くに住む幼馴染同士みたいな関係も結構気に入っていた。
だから、ハク兄が死んで、私の生きる意味はなくなってしまったのだ。
当然、仕事だって手につかず、早いうちに自分から辞めた。
幸い、給料はそこそこよかったので今まで貯めた貯金を使えばそれなりに生活はできる。
しかし、そんな生活を続けて何になるというのだろう。ハク兄がいない世界で何を糧にして生きればいいんだろう。
一時は自殺も考えた。でも、そんな勇気もなくて、酒に溺れてみようとも思ったけど、それもダメで、結局パソコンでダラダラと動画を眺め続けるしかなかった。
せめて何かしていないと、本当にどうにかなってしまいそうだったから。
その時、偶然見ていたヴァーチャライバーが後輩を募集しているという話を聞いた。
ヴァーチャライバーと言う物に興味はなかったけど、このまま家でくすぶっているよりはいいかなと思って応募したら、見事に採用され、私はヴァーチャライバーとなった。
同期のインパクトが強かったおかげか、初めからそれなりのスタートを切ることができ、半年経った頃にはそれなりに有名なヴァーチャライバーとなっていた。
私としても、リスナーと話しながら気ままにゲームしたりするのは楽しく、これなら、少しは生きる意味もあるのかなと思い始めていた。
「はぁ……」
ハク兄が帰ってきたのは、そんな時である。
銀髪緑眼で、スタイル抜群な美女が玄関先に現れた時の私の気持ちを考えてほしい。
あんなの見せられたら、せっかく復活してきていた私のメンタルが崩れ去ってもおかしくなかった。
実際、あれがハク兄じゃなかったら崩れ去っていただろう。何の嫌がらせだと。
どうやら、ハク兄は死んだ後、異世界で精霊として生まれ変わったらしい。
だからなのか、魔法だって使えるし、変身だってできるというチート仕様。
異世界転生なんて本当にあったんだとちょっとテンション上がっていたのは内緒だ。
その後、なんとなく配信に出演させたら意外と反響があり、いつの間にかハク兄までヴァーチャライバーデビューすることになってしまったけど、あれはあれでよかったと思ってる。
前はできなかったハク兄との同棲。しかも、同じ職業で、同じように働くことができる。なんて天国だろう。
だけど、そんな都合よく物事は進まないようで、ハク兄にとって、私はすでに過去の人だった。
もちろん、ハク兄が私の事をとても大切に思ってくれていることはわかるし、以前と同じように接してくれているのはわかる。
だけど、ハク兄の居場所はここではなく、異世界の方だった。
何て屈辱だろう。
もちろん、ハク兄だって異世界で色々あったことはわかる。
見た目にそぐわず長生きしているようだし、異世界での両親や兄弟だっていることだろう。だから、私がそこに入っていけないことはわかっている。
だけど、ハク兄の最初の妹は私だったのだ。それを、横取りされたようで何となく気持ち悪かった。
いつかはハク兄は異世界へと帰って行ってしまう。そう聞かされた時、私も一緒に行くべきだと思った。
ハク兄が異世界を居場所と定めているのなら、私が合わせてあげればいい。そうすれば、ハク兄と一緒に暮らすことができるはずだから。
まあ、結局その案は却下され、私はこの世界に残されることになったんだけどね。
「ハク兄、大丈夫かな……」
目の前に残された幾何学模様のような魔法陣を見つめながら思う。
ハク兄は帰り際、私と契約と言うものをしていった。
これがあれば、離れていてもなんとなく相手のことがわかるからって。
意識してみると、確かにハク兄の事を感じることができる。
どうやら、ハク兄は異世界の家族に会えたらしい。暖かな感情が伝わってきた。
少なくとも、不幸になっているということはなさそうで安心する。
こうしてなんとなくでも状況が確認できるというのは確かに心の支えになるかもしれないね。
「私の事も、伝わってるのかな」
ぽっかりと心に穴が開いたような気持ち。
もう二度と会えないと思っていた兄と再会した後の再びの別れは私のメンタルに多大なダメージを与えていた。
今でこそ泣き止んだが、しばらくは涙が止まらなかった。
地面は雨でもないのにぐっしょりと湿っている。誰かに見られたらあらぬ勘違いをされそうなほどだ。
「……」
ハク兄がいなくなったことは悲しい。でも、少なくとも生きているということはわかる。
それに、ハク兄は約束してくれた。必ず戻ってきてくれると。
それにこうも言っていた。精霊だから寿命は気にしなくてもいいと。
それはすなわち、私が生きている限りはいつか会えるチャンスがあるということだ。
どれくらいかかるかはわからない。もしかした明日かも知れないし、一年後かも知れないし、十年後かも知れない。
でも、それでもまた会える。それだけが私の心の支えだった。
「……帰らないと」
来たのは朝だというのに、すでに日は登り切ってしまっている。
いつまでもこうして待っているわけにもいかないし、帰らないと。
私は最後にもう一度魔法陣を見てから、下山を開始する。
家からはずいぶんと離れた場所ではあるけど、電車を乗り継げば一時間程度しかかからない。
向こうの世界だったら、これくらいの距離でも結構かかりそうだよね。まあ、ハク兄は忍者の如く家の屋根を飛び回って一瞬で着いたわけだけど。
まさに、異世界転生系主人公って感じだよね。
「私もしっかりしないとね」
ハク兄は少なくとも今は幸せでいる。なら、私も幸せにならなくちゃ。
次に来てくれた時にしょぼくれた顔を見せないように、私も精一杯幸せになろう。
それが、ハク兄のためにできることだと思うから。
そんな事を思いながら、電車に揺られて帰宅するのだった。
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