第六十八話:転生者
勧められるままに座ったソファはとても柔らかかった。
宿屋のベッドだってもうちょっと硬いのに、寝転がったらすぐに寝られそうだ。
執事の人がてきぱきとお茶とお菓子を用意してくれる。
カップの意匠もさることながら、お菓子も高級そうだ。貴族ってすごいね。
「さて、道場のお話と聞いたのだけれど」
「あ、はい。実はですね……」
優雅にカップを持って唇を湿らせてから話題が切り出される。
私が道場の復活について話すと、興味深そうに顔を傾けながら話を聞いてくれた。
「それで、もしよければ元弟子のあなたに再び入門していただきたいと」
「なるほどね」
さりげなくお菓子をつまみ、音も立てずに飲み込んでいく。
納得したと言わんばかりに数度頷くと、少し前のめりになって顔を近づけてきた。
「アーシェント様には私もとてもお世話になったわ。その恩を返せるのであれば、私も喜んで手を貸しましょう。もちろん、お父様に確認してからになるけれど」
「あ、ありがとうございます。では、準備ができ次第伝えさせていただきますね」
見た目はまごうことなきお嬢様。とても剣術ができるようには見えないんだけど、その反応は良好だった。
これでリストに載っていた人ほぼ全員から許可を得られたことになる。
お姉ちゃんの方も恐らく大丈夫だろうし、これで最低限道場として機能することが出来るだろう。
「ところで、あなたの名前はハクだったわよね?」
「え? はい、そうですよ」
「てことは、今噂の英雄様かしら」
「……英雄は言いすぎですが、多分そうですよ」
役目も果たしたし帰ろうかと思った時、アリシアさんが話を振ってきた。
今までもちょいちょい声をかけられることはあったが、こうして面と向かって言われるのはちょっと恥ずかしい。
だって、英雄だよ? 王様も私のことめっちゃ持ち上げてたけど、私はそんな器じゃないってば。正直止めてほしい。
王都では今この話題で持ちきりだ。特に冒険者の間ではミーシャさんが言いふらしているらしくその傾向が顕著に表れている。
どうせ讃えるならお姉ちゃんを讃えればいいのに。
「やっぱりね。町を守ってくれてありがとう。礼を言うわ」
「いえ、当然のことをしたまでですので……」
「謙虚なのね。そんなあなたに一つ聞きたいことがあるのだけど」
「なんでしょうか」
「あなた、転生者だったりする?」
「えっ――」
控えめな口調ながら唐突に告げられた言葉に思わず耳を疑った。
転生者って、文字通り転生した人のことを指す言葉だよね?
私は前世で一度死に、この世界でハクとして生まれた。前世の記憶もあるし、転生者と言って差し支えないだろう。
問題はなんでそんな言葉を目の前のお嬢様が知っているかということだ。
転生という概念がこの世界にはあるのだろうか。そうでないならこのお嬢様は……。
「……ラズエル、ちょっと席を外してくれる?」
「承知しました」
アリシアさんの言葉に後ろに待機していた執事の男性が部屋を出る。
ぱたりと扉が閉められたと同時に、アリシアさんはふぅと息をつくと今までとは打って変わって楽な姿勢で座り直した。
「その反応、どうやら図星みたいね」
「え、えっと、それはどういう……」
「安心して。私も転生者だから」
何でもないように言うが、それは衝撃の内容だった。
以前、転生者の存在について考えたことはあった。もし、自分と同じような境遇の人がいるならぜひ会ってみたいとも思った。
だが、それがまさかこんな形で叶うとは思っていなかった。
あまりの驚きにピクピクと頬が痙攣している。
「……どうして、わかったんですか?」
「ほら、転生といえばチート能力でしょう? その年でオーガを全滅させるだけの魔法を使えるなんて普通じゃないから、もしかしたらそういう能力を神様からもらったのかなと思ってね」
「別にチート能力を貰ったわけではないんですが……」
まあ、確かに転生ものの小説では転生特典として何かしらの能力を得るというのはよくあることだけど、私の場合は神様に会ったわけでもないし、何かしらの能力を貰ったという自覚もない。
強いて挙げるとしたら【ストレージ】と【鑑定】だろうか。
あれは前世の記憶を思い出したと同時に取得したものだし、何かしらの関連があるのかもしれない。
「あら、そうなの? だとしたら凄いわね、その年でそんな魔法を使えるなんて」
「まあ、師匠が優秀だったので」
魔法に関しては完全に運だったろう。
全属性を使えるというのはもしかしたらアリシアさんの言うチート能力? だったのかもしれないが、肝心の魔力がないと言う状況。それをひっくり返せたのは、魔力溜まりという特殊な環境とアリアの存在があったからこそだ。
魔力溜まりに落ちなかったら、アリアに出会わなかったら、私は魔法を使うことはおろか、今この場に立っていることすらできなかっただろう。
「ふーん。……と、お互い転生者だってわかったことだし、もう猫被る必要もないよな」
アリシアさんは急に立ち上がると、腰に手を当てて格好をつけるようにポーズを取った。
今までのお嬢様らしい仕草とは似ても似つかず、思わずぽかんと口を開けてしまう。
「俺の名は東風谷昴。今はこんな形だが、前世はれっきとした男だったんだぜ」
「えっ、お、男?」
なんだかどこかで聞いた話である。
前世に男性としての記憶があるのは私も同じだ。もしかして同類なのだろうか。
思わぬ共通点に少し感動する。
「そうなんだよ。気が付いたら赤ん坊でさ。あの時は焦ったよ、碌に動けもしないし、最初気が付いた時は絶望したね」
「そ、そうなんですか……」
「まあ、今では慣れたけどな。それで、お前は? 本当の名前」
「えっと、春野白夜です、多分……」
「多分? なんか歯切れ悪いな」
「ふとした拍子に思い出した記憶なので」
正直、前世と言っているけど感覚的には全く別人の記憶だ。私は私だし、それ以外の何者でもないはずだけど、この記憶のせいで本当の自分がわからなくなってくる。
私は春野白夜という男性なのか、それともハクという女の子なのか、自分ではハクのつもりだけど、ふとした拍子に白夜になっている時もある気がする。
話を聞く限り、昴さんは私とは違う境遇でこの世界に来たようだ。名前は日本人っぽいけど、その辺りを詳しく聞きたい。
「ふーん? まあいいや。せっかく転生者同士こうして会えたんだ。仲良くしようぜ」
「はい、ありがとうございます」
「それじゃ情報交換と行こうか。まずは俺から話すな」
長年会えなかった旧友に会ったかのように嬉しそうに話す昴さん。
声も見た目もとても可愛らしい女の子なのに飛び出してくる男口調に若干の違和感を感じつつも聞いていくと、私との境遇の違いに気が付いた。
まず、昴さんは生まれると同時に前世の記憶を取り戻したということ。取り戻したというよりは、前世の記憶を持った状態で生まれたという方が正しいだろうか。
それから十年間、この世界で女の子として暮らしてきたらしい。
異性の身体というのは苦労も多かったそうで、精神年齢は二十歳を超えているというのに繰り返される赤ちゃんプレイに羞恥心で死にそうだったと苦労話を語っていた。
まあ、その気持ちはわからないでもない。トイレする時とかたまに違和感を感じたりするし。
私はハクとして十年間生きてから記憶を取り戻したからその辺りの感覚が緩いのだろう。最初こそ羞恥心に悶えたりもしたが、最近ではそこまででもないし。
その後も色々と話して聞かせてくれる昴さんの話に耳を傾けながら、出されたお菓子をつまんだ。
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