第六百五十四話:一夜とお買い物
一夜の部屋に戻ると、一夜は余所行きの格好をして待っていた。
「ハク兄、買い物に行こ」
「か、買い物?」
一夜曰く、異世界に行くのだから何か役立ちそうなものを持って行った方が後々役に立つんじゃないかとのこと。
まあ、確かにあちらの世界はこちらの世界と比べて色々と遅れているところもあるし、こちらの世界の技術を持ち込めれば有利であることに変わりはないけど、そこまででもないとは思う。
だって、あちらの世界には聖教勇者連盟なんて組織ができるほど転生者がたくさんいるんだもの。
実際、まだ浸透しきっていないとはいえ食文化に関しては結構改善しているし、娯楽に関してもそこそこの数がある。
要は、人が多いからそれだけ入ってくる地球知識も多いというわけだ。
でもまあ、それでも発達していない部分はまだまだあるし、そこら辺を漁ればそこそこ役に立つかもしれない。
まあ、そういうのはただの建前で、本当は私との思い出を作りたいからというのが見え見えだったけどね。
時刻は午後4時過ぎ。ちょっと外に出るには遅い時間だけど、私も一夜との思い出は作りたいし、わざわざ断る理由もない。
そういうわけで、私達は外へと出かけた。
「はっちゃん、これとか似合うと思うんだけどどう?」
案の定、やってきたのは服屋や小物売り場。可愛らしい服やらポーチやらを勧められる。
前に散々買ったじゃんと思わないこともないが、一夜からしたらもう二度と買って上げられないと考えているのかもしれない。
選ぶセンス自体は普通にいいので、私もあまり断らなかった。
服は普通に欲しかったしね。一夜の奢りというのがちょっとあれだけど。
「私ばっかりじゃなくて、一夜も何か買ったら?」
「買うよ。この後行く場所でね」
そう言って、服を何着か買った後、一夜はどこかへと向かい始めた。
どこかと思えば、そこはアクセサリーショップだった。
女性向けらしき可愛らしいアクセサリーがいくつも並んでいる。
割とお高めだけど、こんなのも買うのか。
「はっちゃん、これを買おうと思ってるんだけど」
「これは、ペアリング?」
一夜が目を付けたのは二つ合わせると模様が浮かび上がるというペアリングだった。
なるほど、確かにこれは私と一夜を繋ぐ思い出の品として最適かもしれない。
値段はそこそこするようだが、一夜はそれをまったく気にしていないようだ。
私との思い出に値段は付けられないということだろう。
私としても、形に残る思い出は素直に嬉しかった。
「うん。いいと思うよ」
「よかった。それじゃあ、買うね」
ペアリングを手にレジへと向かう。
予想外だったのは、この店はどうやらペアリングに刻印をしてくれるサービスを行ってくれるというところだった。
結婚指輪のような高価なものではないけれど、それでも恋人同士がやっていくこともあるらしい。
どうやら一夜はこのことを知っていたようで、私と一夜のイニシャルを刻んでもらうことにした。
一応、私の今の名前はハク・フォン・アルジェイラで、イニシャルはA.Hとなるけど、ここは繋がりを大事にして元の名前である春野白夜でH.Hにすることになった。
一夜も同じくH.Hなのでお揃いだね、となったけど、よくよく考えるとどっちのものかわかりにくいな。
まあ、模様を見れば一応わかるけど。
「ふふ、これで一緒、だね」
「そうだね」
お互いに右手の薬指につけ、くすりと笑いあう。
これで左手だったら婚約指輪だけど、右手だと何か変わるのかな?
まあ、特にそういうのは気にしないので何でもいいけどね。
「なくさないでよ?」
「一夜こそ」
とっさに返したけど、なくす可能性があるとしたらこっちだよね。
なくすというか、破壊される可能性?
私の身体は丈夫だけど、この指輪はただの銀の指輪。ちょっと魔法でも受けようものなら壊れてしまう可能性が高い。
だから、ちゃんと保護して上げないとまずいよね。
【ストレージ】にしまっておくのも手だけど、出来れば身につけておきたいし、後で刻印魔法を施しておこう。
相当小さく彫らなきゃだからかなり難しそうだけど。
「……さて、もう少し回ろうか」
「うん」
その後、一応発言の責任を取ろうと思ったのか、本屋に向かうことになった。
こちらの世界の技術をあちらの世界に持ち込むと言っても、別に私が何かを広めてやろうなどとは考えていない。
そういうのはそれが得意な人がやればいいと思うし、今だって他の転生者達が広めていることだろう。
だから、使うとしたら私のためであり、完全に趣味の部類である。
ただまあ、少しは真面目に選んでおいた方がいいかな。
さしあたって、農業技術や蒸気機関なんかの本を押さえておく。
私は使わないと思うけど、まあ一応ね?
その他は気になっていた漫画を買っておいた。
私は漫画はあまり読まない方だけど、絵が気になっているものはいくつかある。アニメだけ見たっていうのもあるしね。
だから、そういうのを何冊か。
「はっちゃんは現代知識で無双とかしないの?」
「無双と言っても、すでに他の転生者によっていくつも技術は流出しているし、私は別に時代を進めようとかは思ってないからね」
これが例えば初めから人間として転生して、現状が不便すぎて満足できないって言うなら考えたかもしれないけど、私は人間ではなく精霊と竜の合いの子として生まれた上に、途中まで現地人として暮らしていた。
だから、飯がまずいなんて当たり前だったし、町まで行くのに何日も歩かなきゃいけないっていうのも普通だった。
前世の記憶を取り戻して、多少なりとも感覚は変わったけど、そこまでして変えようとは思わなくなっていた。
魔法である程度何でもできたからっていうのもあったかもしれないが。
まあそういうわけなので、技術の発展に関しては他の転生者に任せるよ。
「手伝ってくれって言うならやるかもしれないけどね」
「まあ、はっちゃんらしいっていえばらしいけど」
私は基本的に自分の興味のあることしかやらない。
そりゃ確かに馬車でなく車が走るようになれば移動は相当改善されるし、便利かもしれないけど、それを実現させるまでの労力を考えたらあまりやりたいとは思えない。
せいぜい、私の知識を必要として手伝ってほしいというならアドバイスをするくらいだろう。
あんまり技術を進めすぎても公害とかが起こりそうで怖いしね。
その後も色々と店を回り、本やら野菜の種やらを買い集め、いい時間になったところで晩御飯を食べた。
今日だけで恐ろしく散財した気がするが、一夜は全然気にしていない様子。
それだけ稼いでるっていうのもあるだろうけど、やはり私と会えるのが最後と考えると貯めていても仕方がないと思っているのかもしれない。
空が暗くなり、建物の明かりが目立ち始めた頃になって、私達はようやく帰宅するのだった。
感想、誤字報告ありがとうございます。
 




