第六十七話:勧誘
お昼時ということもあり、通りの店は多くの客で賑わっていた。
食べていくのもいいかなぁとも思ったけど、どうせ食べるならお姉ちゃんと一緒がいい。別に食べなくてもいいけどね。
確認がてら、探知魔法でお姉ちゃんの気配を探る。宿屋を見てみると、どうやらまだ部屋にいるようだった。
というかもう一人いる。これは、ミーシャさん?
お姉ちゃんに何か用でもあったんだろうか。まあ、帰る頃にはいなくなってるだろうな。
せっかくだからとお土産に露店でクッキーを買い、宿へと戻る。
予想外なことに、私が戻る時間になってもミーシャさんは帰っていなかった。
一体何を話しているのやら。
若干の興味を覚えつつ、扉を開けると、ベッドでくつろぐお姉ちゃんと椅子に座るミーシャさんの姿があった。
「あ、ハク、お帰り」
「ハク様、待ってましたよ!」
「ただいま。待ってたって、私をですか?」
私の姿を見るなり食い気味に迫ってくるミーシャさんに思わず後退る。
私に用があったから待ってたのか。
とりあえず、お土産のクッキーを広げながら話を聞くことにする。
「ハク様はアーシェント道場を知っていますか?」
「いえ、知りませんね」
「そうですか。住宅街にある寂れた道場なんですけどね?」
道場と聞くと思い出すのはサクさんがいたあの道場だけど、あれのことだろうか?
「今は潰れちゃってるんですけど、ちょっとした縁でそれを復活させようってことになりまして、それでハク様にも手伝っていただけないかと思ってこうして待っていたんです」
話を聞く限り、私が思い浮かべた道場で合っているようだった。
ミーシャさんはその道場の元弟子だったらしく、師範の人となりから復活を望む者は多いとみて、サクさんを師範に据えて復活させようということらしい。
まあ、確かにサクさんなら実力も十分だろうし、望む人が多いならそれに越したことはないけど、なんで私に?
そりゃ手伝えることがあるなら手伝うけど、正直道場のことなんて何も知らないし、剣術だってからっきしなんだけど。
「お金に関しては私の方で何とかするので、ハク様には元弟子達のところへ行って勧誘をしていただけないかと思いまして」
「勧誘ですか」
「はい。弟子だった人はまだ子供ですし、同じ子供のハク様なら馴染みやすいかと思いまして。冒険者として知名度も高いサフィ様にも協力いただく予定なのですが、どうでしょうか?」
なるほど。まあ、それくらいだったら私でも役に立てそうだ。それに、お姉ちゃんがやるなら断る理由もない。
私が頷くと、ミーシャさんは満面の笑みでお礼を言ってきた。
「それじゃあ、お昼を食べたら早速お願いします。場所はこの紙に書いてあるので。もし何かあれば私は道場の方にいるのでそこにお願いします」
そう言って一枚の紙を手渡してきた。
紙には箇条書きで大まかな家の場所と特徴、弟子の名前が書かれている……らしいのだけど、生憎私は文字が読めない。
それを言うと、ちょっと意外そうな顔をした後、口頭で教えてくれた。
地図がないのがあれだけど、まあ、なんとかなるだろう。
ミーシャさんが去ると、室内に静寂が訪れる。
普段はあんなテンション高い人じゃないけど、お姉ちゃんに会うと途端に騒がしくなるからちょっと困りものだ。
「お姉ちゃんは道場のこと知ってたの?」
「ううん。でも、サクさんにはお世話になったし、力になれるならいいかなって。ハクもそう思って受けたんでしょ?」
「まあね」
ちょっとした偶然だったけど、サクさんにはなんだかんだでお世話になっている。
最近では数日に一回くらいの頻度でルア君に魔法を教えに行っているし、その流れでお昼をご馳走になることも多い。
あの道場が復活するというなら、それは喜ばしいことだ。
お姉ちゃんと一緒にお昼を食べ、少し休んでから早速紙で教えられた場所へと向かう。
そこそこ数がいるのでお姉ちゃんは別の場所に向かっているため今は私一人だ。
活気づく大通りを歩きながら目的の場所まで歩く。
しばらくして辿り着いたのは住宅街の一角、道場からそう遠く離れていない場所だった。
教えられた特徴と合致する家を見つけ、そっと戸を叩く。すると、恰幅のいいおばさんが出迎えてくれた。
「おやおや、どうしたんだい?」
「こんにちは。マイトさんはいらっしゃいますか?」
「おや、マイトの友達かい? ちょっと待っていてね」
おばさんは一度引っ込むとすぐに戻ってくる。その隣には、12、3歳くらいの男の子が立っていた。
「俺がマイトだけど、お前誰だ?」
「初めまして、ハクといいます」
私はマイト君に道場の件を説明した。
最初は私のことを訝しげに見つめていたが、道場の話を出すとそちらに興味を惹かれたのか、期待に胸を膨らませているようだった。
「それで、入門者を探しているのですが、元お弟子さんとしてまた来ていただけないかと思いまして」
「も、もちろん行かせてもらうよ! アーシェントさんには凄くお世話になったんだ!」
マイト君が勢いのままおばさんに了承を取ると、おばさんもすぐに承諾してくれた。
よし、これで一人目は確保だね。この調子で集まってくれるといいけど。
準備ができ次第報告することを約束し、そのまま家を後にする。
「さて、次だね」
渡された紙に従い、順番に家を訪問していく。
弟子という子供達はほとんどが男の子で、大体12歳から15歳くらいの子が多かった。
皆先代の師範のことを慕っているのか、特に嫌な顔をされることもなく、順調に入門者は集まっていく。
中にはすでに就職が決まっていて来れないという人もいたけど、ぜひ手伝わせてほしいとの声もあった。
本当に、愛されていたんだね。
なんとなく嬉しく思いつつも最後の家へと向かう。
今までの家は外縁部にあるものだったが、そこは唯一中央部にあった。
久しぶりに門をくぐって向かってみると、小さいながらも豪華な家が目に入る。
なんか緊張するな……。
恐る恐る扉を叩くと、執事風の男性が出迎えてくれた。
「おや、当家に何か御用でしょうか?」
「あ、はい、アリシアさんはいらっしゃいますか?」
「お嬢様に何か御用ですか?」
「えっと、道場の件でお話が」
「ふむ。少々お待ちください」
男性は私のことをじっくりと見た後、そう言って引っ込んでいった。
中央部といえば、主に貴族が住んでいる場所だ。もちろん、大商人とか貴族以外の人もいるけど、基本的にお金持ちばかり。
そんな人がなぜ外縁部にある道場に通っていたのかはわからないけど。というかアリシアってどう考えても女性の名前だよね? お嬢様って言ってたし。
一体どんな子なのやら。
「お待たせいたしました。お嬢様がお待ちです、中へお入りください」
「ありがとうございます」
しばらくして戻ってきた執事さんに連れられて中に入る。
王城に比べたら地味だけど、それでもそこかしこに気品というか、優雅さを感じさせる備品が置かれている。
応接室に案内されると、そこには一人の女の子が座って待っていた。
緑を基調としたドレスに身を包んだ女の子は私が部屋に入ってくると立ち上がり、優雅な仕草で礼を取る。
「初めまして。アリシア・フォン・リグレスです」
鈴の鳴るような声、非の打ちどころのない完璧な仕草、まさに理想のご令嬢ともいえる姿に思わず息を飲む。
本物のご令嬢とか見るの初めてだけど、実際見てみると凄いな。
にっこりと浮かべられた笑みに少したじろぎながらも勧められるままに席に着く。
さて、何の話だったっけ?