第六百五十一話:やってきた理由
現場は私が最初にこの世界にやってきた大通りだった。
おかげで迷わずに来ることができたが、案の定多くの野次馬がおり、ウィーネさんの姿が全く見えないほどである。
私はひとまず隠密魔法で姿を消し、翼だけ出して空に飛びあがると、空中から【念話】でウィーネさんに呼びかけた。
『ウィーネさん、聞こえますか?』
「む、その声は……どこだ?」
『上です。今向いている先にある木の上あたりです』
『……よし、見つけた。そちらから会いに来てくれるとは運がよかった』
『ひとまず、この人達を撒きますよ。隠蔽魔法をかけるのでうまくすり抜けてください』
『すまん、頼む』
そんな会話の後、私はウィーネさんに隠蔽魔法をかける。
周りの人から見たら、ウィーネさんが目の前で姿を消したように見えるだろう。
しかも、カメラまであるのだ。その様子は多くの人に目撃されたに違いない。
そう考えると、ちょっとやっちゃったかなと思わないでもないが、まあ、あんまり長居してウィーネさんが本物のワーキャットだと気づかれるよりましだろう。
下手をしたら変な組織に解剖とかされかねないし。まあ、ウィーネさんなら余裕で撃退できそうだけども。
それはそれとして、姿が消えたウィーネさんはその場で大きく跳躍し、建物の壁を蹴って三角飛びをした後、野次馬の輪から逃れる。
流石、猫だけあって跳躍力は相当高い。
『こっちです。ついてきてください』
『わかった』
いきなり目の前で人が消えて大混乱に陥るその場を後にし、一夜のマンションまで戻る。
もちろん、ウィーネさんの姿を見せるわけにはいかないので、今回も不法侵入だ。
そのまま部屋へと入り、周りに人の目がなくなったところでようやく隠密と隠蔽を解く。
ふぅ、何とか連れ出せたか。
「お帰りハク兄。えっと、その人が?」
「ただいま。うん、私の知り合いでワーキャットのウィーネさん」
「……ウィーネだ。おい、ハク、こいつは信用できるのか? 下手に通報されたりしたら厄介だぞ」
「大丈夫ですよ。この子は私の妹なので」
「妹……なるほど、前世の縁というわけか」
一夜に警戒をあらわにするウィーネさんだが、私の妹と説明すると納得したのか小さく胸をなでおろす。
「ワーキャットって、猫獣人? うわぁ、これ本物? めっちゃモフモフしてる!」
「……なあ、ホントに信用できるんだな?」
「あはは……大丈夫ですよ、多分」
一夜は目を輝かせてウィーネさんの耳やら尻尾やらを触りまくっていた。
まあ、目の前にいきなりファンタジーに出てくるような猫獣人が現れたら興味を惹かれるのは当然かもしれないけど、ウィーネさん相手によくできたものだ。
まあ、一夜はウィーネさんのこと知らないし、ウィーネさんの方も人間をむやみに殺すようなことはしないから手加減してるんだろうけど、それでもちょっとひやひやする。
いきなりキレて魔法をぶちかまさなきゃいいけど。
「それで、どうしてウィーネさんがここに?」
「どうもこうも、お前を助けに来たんだ、ハク」
ひとまず、リビングで落ち着いた後、事情を聞く。
どうやら、ウィーネさんはあの後、消えた私を助けるために、魔法陣について色々調べてくれていたらしい。
その結果、あの魔法陣は強力な転移魔法陣であることがわかり、その周りにあった柱は転移先の座標を表しているということがわかったのだとか。
当初は、私は転移魔法を使えるのだからどこへ飛ぼうが時間をかければ帰ってこれると踏んでいたようだが、一か月経っても帰ってこなかったので流石に心配になり、私は何らかの理由で魔法が使えない場所にいると推測し、その帰りを補助するためにこうしてウィーネさんはやってきたのだとか。
「一か月?」
「ああ。すでにお前がいなくなってから約9か月は経過している。調査に少し時間を食ったが、ようやくあの魔法陣を再起動できたということだ」
「ちょ、ちょっと待ってください。私ここに来てからまだ8日しか経ってませんよ?」
あちらの世界ではすでにそんな時間が経っていたということに驚きを隠せない。
いやまあ、確かに時間の流れが違うことはわかってたから多少の誤差はあるかと思っていたが、まさかたった8日、最初の一日を入れても9日しか経過してないのにそんなに経過してるとは思わなかった。
あれ、そうなると、もう学園では五年生は終わり、六年生に入っているころということか。
マジか……確かにもうほとんど学ぶことはないとはいえ、残り少ない学園生活を無為にしてしまったことはちょっと悲しい。
「どうやらこちらの世界とあちらの世界では時間の流れが違うようだ。差からして、大体こちらの世界での一日があちらの世界での一か月ってところか?」
「そうみたいですね……」
たった一日で一か月も経過してしまうとは、もっと長い時間経ってから戻ったらまさに浦島太郎だな。
いや、今の時点でもほぼ一年なのだからかなりやばいけども。
「正直、地球に繋がっているのは驚きだが、私としてはすぐさま戻るべきだと思う。お前の兄姉や精霊も心配していたぞ」
話を聞く限り、あれからお姉ちゃん達はかなり取り乱していたようだ。
最初こそ、転移魔法ですぐに帰ってくると落ち着いていたが、一か月以上経っても戻ってこないことに心配になり、二か月経つ頃には探しに行くと闇雲に旅立とうとし、三か月経つ頃には私が消えてしまったのは自分のせいだとずっと自分を責めていたようだ。
今でこそミホさんやアリアが慰めて落ち着いているようだが、早く戻って安心させてあげなければならないだろう。
親しい間柄の人物が突如いなくなる苦しみは私も知っている。その重荷をお姉ちゃん達にこれ以上味あわせるわけにはいかない。
「それに、お前は精霊だろう。魔力のないこの世界ではどのみち生きられない」
「それは……」
ずっと考えないようにしていた事実。
精霊は魔力生命体であり、存在しているだけでも徐々に魔力を消費していっている。
だから、魔力がなくなってしまうと当然体を維持できなくなり、消えてなくなってしまうのだ。
私の場合、竜の血が混ざっている上、人間寄りの身体にしてもらっているので普通の精霊に比べたらよっぽど長い時間、それこそ一夜が一生を終えるくらいの時間を過ごしても消えることはないだろうが、それでも死が確定することになる。
本来であれば、精霊は死んでも再び転生し、同じ記憶を持って生まれ直すことがあるが、それは魔力が豊富にある異世界だからこその話。
魔力が全くないこの世界では転生することなど叶わず、本当の意味での死を迎えることになるだろう。
永遠を生きる者として、それはあまりにもったいない選択だ。
というか、私が死んだらもれなくお父さんが発狂して世界を滅ぼしかねない。そういう意味でも、早く戻らなければならなかった。
「で、でも、どうやって戻るんです? こちらには転移魔法陣がありませんよ?」
「それについては問題ない。魔法陣はすべて記録したし、座標を示す柱も複製してきた。魔力に関しても、大量の魔石を用意させた。これらを使えば、すぐにでも帰ることができるだろう」
一番の問題であった転移魔法陣がないということだったが、それについては完全に対策をしてきたらしく、【ストレージ】から材料を取り出して魔法陣をどこかに刻み込めば、帰ることは可能だという。
私の唯一の言い訳を潰されてしまった。
「私は……」
いつかは帰らなければならないと思っていたが、まさかこんなにも早くその時が訪れるとは思わなかった。
私はしばらくの間、俯いたまま言葉を発することができなかった。
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