第六百四十六話:行き詰まる
「うーん……」
調べ始めてから早三時間。これと言って有益な情報は得られずにいた。
この辺りの歴史について調べようとしても、出てくるのは老舗の店だったり、当時の開発の様子だったりが出てくるばかりで一向に魔法陣の情報は出てこない。
かといって、魔法陣について調べようとすると、ゲームやら創作やらのものがヒットして全く参考にならなかった。
いや、創作の魔法陣の中には少し組み替えるだけでそれなりの魔法が撃てそうなものもあったのでそういう意味では参考になったが、今知りたいのはそういうことではない。
そもそも、あの場所に魔法陣があったのはいつ頃の話なんだろうか。それがわからないことには調べるのも難しい。
まあ、この地区が開発された時期は結構昔なので少なくともそれよりは前ということになるんだろうけど。
古い地図を見てみる限りは、一応あの辺りは以前は道ではなく、何かの建物が立っていたようなので、それが多分魔法陣があった建物だと思う。
それが何なのかわかれば……。
「ハク兄、少しは休憩したら?」
「一夜。まあ、いくら調べてもわからないし、少し休もうかな」
なんだか泥沼にはまっているようだし、少しは休憩も必要だろう。
私は一夜が持ってきてくれたココアを飲み、心を落ち着かせる。
「その魔法陣? がないとあっちの世界にはいけないの?」
「多分。それでこの世界に来たわけだし、普通の転移魔法では無理っぽいから帰る時も必要なんじゃないかと思う」
ただの転移ならともかく、世界すらも越える転移となると相当な魔力が必要となるだろう。
膨大と言われる私の魔力でも恐らく足りないのだと思う。だからこそ、普通の転移魔法ではダメなんだ。
そういう意味では、魔法陣がわかったところで起動するための魔力が足りず、無意味になる可能性もある。
あちらの世界の転移魔法陣だって、空気中の魔力が満ちる満月の時にしか使えないのだから、魔力が全くないこの世界ではすべてを自力で賄わなければならないだろうし。
今ある魔力と魔石の魔力で足りるといいんだけど。
「帰れないなら、それでもいいんじゃない? 私はハク兄のこと歓迎するよ? もちろん、お父さんとお母さんもね」
一夜としては、私に帰って欲しくないように思える。
まあ、死んだと思っていた家族が戻ってきたのだから当然と言えば当然かもしれないけど、
私としても、この場所は居心地がいい。残したものがないのなら、このまま居ついてもいいと思うくらいには。
だけど、生憎とあちらの世界には残したものがたくさんある。両方手に入れられればそれが一番だけど、それが叶わない以上は私はあちらの世界を選ばなくてはならない。
ハクは、こちらの住人ではなく、あちらの住人なのだから。
「嬉しいけど、そういうわけにはいかないよ」
「……そっか。うん、頑張ってね」
「ごめんね」
……まあ、元の世界に帰る努力は続けるつもりだけど、その結果どうしようもないってわかったなら帰ることはない。
以前私が家族と二度と会えないと思ったように、今度はお姉ちゃん達に二度と会えなくなるだけだ。
どうしようもないと割り切ることができれば、私は堂々とこの世界で暮らしていける。
本当はこんなこと言っちゃダメなのかもしれないけど、心の奥底でそれを願っている自分もいた。
どちらも大切で、どちらも懐に入れておきたい。でも、選べるのは一つだけ、こんな残酷なことってあるだろうか?
これならいっそ、転生なんてしなきゃよかったかもしれないと思ってしまう。
もちろん、二度目の生を与えてくれたお父さんには感謝しているけど、こういう現実を目の当たりにすると葛藤が生まれる。
どうにかどちらとも一緒にいられる手段が見つかればいいのだけど。
「……ねぇ、今日もコラボしよ?」
「えっ?」
俯いていると、一夜がそんなことを言ってきた。
今日は私は配信はお休みするつもりでいたのだけど、昨日の今日でまたコラボとな。
いや、一夜ならば歓迎だけど、なんで急に。
「ハク兄はいつかいなくなっちゃうかもしれないんでしょ? だったら、今のうちに楽しい思い出たくさん作らなくちゃ。前は、そんな暇もなかったわけだし」
「一夜……」
確かに、子供の頃はよく一緒に遊んでいたものだが、私が高校に入った頃には交流も少なくなり、就職してからは結構疎遠になっていた。
一夜が卒業し、就職して私を追いかけてきた当初はそれなりに遊ぶ機会もあったけど、仕事が忙しくなるにつれてそれも減っていき、最後の方はほとんど会わない日が続いていた。
それこそ、仕事を首になったことを打ち明けるのが気まずいくらいには。
一夜としてはそれが寂しいのだろう。だから、お互いにヴァーチャライバーとなった今、仕事をしながらでも交流ができる、そんな状況に喜びを感じているのかもしれない。
「わかった。今日もコラボしよ」
「ふふ、ありがと、ハク兄」
そういうことであれば、コラボするのも吝かではない。
むしろ、私としてもいつ帰ることになるかもわからない状況で、中途半端な思い出だけで済ませるなんて我慢出来ようはずもない。
私も一夜と楽しい思い出を作りたいのだ。
「それじゃ、告知してっと……今日は何したい?」
「本来は何するつもりだったの?」
「雑談かな。ゲームは最近やったし」
どうやら一夜はゲームだけでなく、雑談もよくやるらしい。
本当は歌ってみた、とかもやりたいらしいのだが、流石にマンションでそれは近所迷惑になる様なので、あまりやれないそうだ。
たまにカラオケに行ってやるくらいらしい。
まあ、一夜なら何でもできそうだよね。実際、学生時代も色んな部活に参加していたし。
「なら、雑談でいいんじゃない?」
「そうしようか。質問を集め直さないとね」
すでに時刻は16時過ぎ。夜に配信するとしても今から質問を集められるのかは疑問だが、一夜は人気ヴァーチャライバーだ。少ない時間でもそれなりに集まるだろう。
まあ、別に私の事を聞かれずにずっと一夜に対する質問に答え続けるだけでもいいと思うけどね。
「晩御飯まではまだ少し時間あるし、ちょっとゲームでもする?」
「いいよ。何やる?」
「スマッシュな奴でリベンジ、と行きたいところだけど、今日はイカゲーやりたいかな。一緒にリグマ行こ」
「おっけー」
配信とか関係なくゲームするのもまたいいだろう。
何から何まで見せたらいいってものでもないだろうし、兄妹の交流は必要だ。
せっかく楽しい思い出を作ろうと決意したのだから、目いっぱい遊んでいこう。
私達は配信部屋へと入ると、お互いにゲーム機のスイッチを入れた。
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