第六百四十五話:手がかりを求めて
大通りと言っても、それはあちらの世界で言うようなものじゃない。
こちらの世界では主要な交通手段は車であり、当然道はそれを基準として作られる。
だから、大通りと言ってもそれは車にとってであり、人にとってはそこまで大きい道というわけでもない。
しかしそれでも、綺麗に整備されたコンクリートの道はあちらの世界と比べればかなり上等であり、大通りと言っても過言ではないとは思う。
さて、それはさておき、記憶を頼りにやってきたわけだが、やはりというか痕跡らしきものはない。
転移魔法は基本的に転移する際に魔力が必要なだけで、飛んだ先に何かを用意する必要はない。
だから、痕跡がないのは当然と言えば当然だけど、今回の転移は魔法陣による転移だ。
王都にある様な転移魔法陣は各地に設置された転移魔法陣の魔力を感知して意図的にそこに飛ぶように調整がされている。つまり、移動用として頻繁に利用するものは特定の場所に飛ぶ可能性が高いのだ。
そして、移動用ということは、基本的には往復することが予想される。
もちろん、行きっぱなしという可能性もあるけど、古代人はどうやら地球の技術をあちらの世界に持ち込んでいたようだから本来ならこちらにも帰還するための魔法陣があるはずなのだ。
まあ、恐らくは時代の流れによる風化、というか開発されたことによって魔法陣が撤去されてしまったということなのだろう。
あちらの世界とこちらの世界では時間の流れが違うようだけど、あちらの世界で1万年も経っているのだからこちらの世界だってそれ相応の時間が経過しているはず。
だからこそこうして大通りができているんだろうしね。
「さて、そうなると調べるべきは歴史かな?」
ここにあったはずの魔法陣はすでになくなってしまっている。だから、たとえここで何時間待っていようとも帰還の目途が立つことはないだろう。
そうなると、その魔法陣があったという証拠を見つける必要がある。
歴史を紐解けば、かつてあったであろう魔法陣の形がわかるかもしれない。
古代語はさっぱりだけど、私には魔法陣の言語を自力翻訳した実績がある。時間をかければ、いずれは解読もできるかもしれない。
そうすれば、もしかしたら帰ることができるようになるかもしれない。
「問題はそんな魔法陣が記録に残っているかどうかだけど……」
有名な建築物とかであれば、何百年経っても大事にされるだろうが、魔法陣なんて当時の日本人が理解できたかどうかが怪しい。
いや、日本だってかつては陰陽師みたいな人がいたわけだし、もしかしたらわかるかもしれないけど、現在ではあまり一般的ではないものだ。
その証拠に、魔法陣は撤去されてしまっている。つまり、必要のないものだと判断されたわけだ。
そんなものが、魔法陣の文字がわかるほどの解像度で残っているかどうか、かなり微妙なところである。
「まあ、やるだけやるしかないよね」
何事も始めなければいつまでたっても終わらない。ダメ元でもやってみるべきだろう。
さて、そうとわかれば図書館か何かに行きたいところだけど、この辺りに図書館なんてあっただろうか。
この辺りの地形はそこそこ知っているが、私が死んでからそれなりに時間が経っているせいか中には見慣れない建物もある。
でも、少なくともこの辺りに図書館はなかった気がする。見たことがない。
さて、どうやって見つけたものか。
「きゃー!」
考えていると、不意にどこからか悲鳴が聞こえてきた。
思わず声のする方向を見てみると、こちらに向かって走ってくる黒服の男性、そして、その遥か後方に倒れている女性の姿が目に入った。
悲鳴は女性のもの、そして男の手にはバッグが握られている。
なるほど、ひったくりかな?
「どけどけー!」
盛大に喚きながらこちらに向かってくる男性。その気迫に、道行く人々は皆道を開けていく。
こんな堂々とひったくりなんかしても普通に捕まりそうな気がするけどなぁ。街中だから監視カメラだってあるわけだし。
とはいえ、キャップを目深に被っているようだから顔はわからないか。
ひとまず、このまま放っておくわけにもいかない。
私は男性を横に避けるふりをして、足をひっかっけた。
「がっ!?」
盛大に引っかかった男性はその場に倒れ伏し、バッグが手放される。
男性はすぐさま起き上がって逃げようとしたが、そんなことを許すはずもなく、即座に首筋をとんと叩いて気絶させてあげた。
風魔法を使っての高速移動だったから端から見たら倒れた拍子に気を失ったように見えるだろう。
私は道に転がったバッグを拾い上げると、軽く埃をはたいた。
「はぁはぁ、あ、ありがとうございます!」
後から駆けつけてきた倒れていた女性は肩で息をしながら礼を言ってくる。
まあ、ひったくり程度でよかった。これが通り魔だったら危なかっただろうしね。
「いえいえ、気を付けてくださいね」
「ありがとうございます! あの、お礼をしたいのでお名前をお聞きしても?」
「お礼なんて構いませんよ。私はただの通りすがりですから」
あんまり目立ちたくないし、お礼が欲しいからやったわけでもない。
特に苦労もしてないしね。
私は念のため男性が気絶していることをもう一度確認すると、騒ぎになる前にこの場を離れることにした。
「それでは、失礼しますね」
追ってきそうな予感がしたが、流石に無理矢理迫る気はないらしく、深々とお辞儀をして見送ってくれた。
あ、お礼と称して図書館の場所を聞けばよかったかな?
それなら大した労力にはならないだろうし、私も場所が知れて一石二鳥だったのに。
まあ、過ぎたことを考えても仕方ないか。
私はとりあえず、家に戻って場所を調べることにした。
「お帰り。何か収穫はあった?」
「いや、まったく」
家に帰ると、一夜が出迎えてくれた。
ちょうどお昼だったので準備して待っていてくれたらしい。
私は元の姿に戻って着替えを済ませると、一夜に先程の出来事を報告する。
「ひったくりを捕まえたの? 凄いじゃんハク兄」
「大したことはないと思うけどね」
まあ、一般人が実際にひったくりを目にしたらよほど勇気ある人でない限りは傍観しているしかないだろうけど、私はひったくりなんて可愛く見えるような世界にいたからそこまで怖いとは思わない。
仮に魔法の力が使えなくても、身体能力だけで相手を圧倒してるしね。
たとえ相手がナイフを持って襲い掛かってこようとも一瞬で無力化できる自信がある。
人質とか取られたら別だけど。
「それで、歴史について調べるってこと?」
「うん。近くに図書館とかないかな?」
「図書館は知らないけど、それネットで調べるんじゃダメなの?」
「……あ、なるほど」
言われてみればそうだ。
この現代社会、図書館で調べるのもいいことではあるが、大抵の事はネットを調べれば出てくる時代である。
あちらの世界では物を調べるとなったら図書館が基本だったから忘れていた。
まあ、もちろんネットの事を素直に信じすぎるのもダメなことではあるけど、とっかかりくらいはつかめるだろう。
私は早速パソコンを立ち上げると、ネットで魔法陣の事を調べ始めた。
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