第六百四十四話:コラボの約束
結果的には、私は途中でゲームをやめることは許されなかった。
なぜなら、リスナーさんが許してくれなかったからだ。
あまり過激なのはダメにしても、まだ開始してから十分ちょっとしか経っていないのにやめるのは配信者としてどうかと思うし、何よりリスナーさんの意見はなるべく反映して上げないといけない。
だから、結局最後までやることになり、私は何度も精神を削られながらも一応クリアして解放されることとなった。
「ふっつうに怖かった……」
異世界での経験を経て、それなりにホラー耐性がついているのではないかと思っていたけど、全然そんなことはなかった。
いや、確かにあちらの世界でのホラー体験と言えば、魔物に襲われるだとか盗賊に襲われるとかの物理的なもので、このゲームのように常識の埒外から死が訪れることは稀だった。
それに、私が戦う分にはまだ力があるから何とか出来るかもしれないけど、ゲームの主人公はとても無力な存在だ。だから、超常現象が起きてもそれをどうにかできる力はない。
言うなれば、ローリスさんにスキルを奪われた時のような感じだ。
あれはめちゃくちゃ怖かった。それと似たような状態なのだから、怖くて当然なのだろう。
うん、やっぱりホラゲーはダメだ。今度からは別のゲームにしよう。
「ハク兄、そんなに怖かったの?」
「……まあ、元から苦手だし」
「最初はあれだけ乗り気だったのに?」
「うぐぅ……」
一夜が痛いところを指摘してくる。
ほんと、なんでホラー耐性が付いたなんて思っちゃったんだろう。
ホラーはホラーでもジャンルが全然違うっていうことくらい気づきそうなものなのに。
FPSは自信がないからとホラゲーに逃げた自分を叱責してやりたい。
これならまだFPSで醜態を晒した方がましだ。
「ふふ、今日はトイレ一緒に行ってあげようか?」
「……いや、大丈夫だから」
私はいつも一夜と一緒のベッドで寝ている。
兄として、妹と同じベッドで寝るのはどうかと思ったが、今はこの姿だし、一夜も強く希望したのでそれに合わせることにした。
いつもだったら特に気にしないが、現在はホラゲーをやった直後。どう考えても、寝る時にゲームの光景が思い出されることだろう。
思い出したくないはずなのに、静かになるとどうしても思い浮かべてしまうのは何なんだろうね。
幸い、一夜と一緒ならば恐怖はそれなりに緩和されるだろうが、それでも怖いものは怖い。明りを付けて寝たいくらいだ。
流石に、もういい年なのだからトイレくらい一人で行けるけど、一緒に行ってくれるという提案に少し心が揺らいでしまうくらいには恐怖が蓄積している。
こんなのエルの死に比べたら何でもないことのはずなのにね。
いくら強さを手に入れても、結局克服しない限りは怖いものは怖いままか。
「も、もう寝るよ」
にやにやと意地の悪そうな笑みを浮かべている一夜を見て、自分がかなり幼稚なことを考えているなと思い至り、誤魔化すように寝室へと向かう。
すぐに一夜もやってきて私を抱き枕にしたおかげで少し安心したが、念のため、結界を張ってから眠りについた。
次の日、パソコンを見てみると、通話アプリに通知が来ていた。
どうやら、チャットが書き込まれたらしい。相手はアケミさんだった。
『ハクちゃんおはよ。昨日は配信お疲れ様。ナイスガッツだったよ』
そんな書き込みがある。
よく見てみると、他にもチトセさんやスズカさんも労いの言葉を贈ってくれたようで、三人とも昨日の配信を見ていてくれたことがわかった。
あれはなぁ……ある意味黒歴史だと思うんだけど、いいんだろうか。
結局、最後まで悲鳴を上げることはなかったけど、悲鳴を必死に我慢する姿が受けたようでリスナーさんの反応は上々だった。
でも、心臓に悪いのでもうやりたくない。せいぜい誰かがやってるのを見るのが精いっぱいだよ。
『ありがとうございます。お姉ちゃんのおかげもあってなんとか乗り切れました』
見たからには返信しなければならないだろう。
私はとりあえず当たり障りのない文章を返す。すると、すぐに既読が付き、すぐさま返事が返ってきた。
何度かやり取りをしていると、どうやら三人もそれぞれ配信していたらしい。
配信の内容はそれぞれ違ったが、皆それなりにリスナーがついていたようだ。
それで、その中で一つ言われたことがあるらしい。それが、コラボについてだ。
『そういうわけで、私達四人でコラボしてほしいっていう要望がたくさんあったんだけど、ハクちゃんは大丈夫かなって』
『もしよければ明日にでもと思ってるんですけど、いかがですか?』
『一緒にコラボしよー』
あ、明日ですか……。
大人数の予定を合わせるのは大変なのにそんな簡単に合わせられるものなんだろうか。
いや、確か三人は全員同じ高校の人らしいから、だからこそ予定を決めやすいのか。
私だけアウェーなんだよね。なんか悲しい。
まあ、せっかく機会を作ってくれたのだし、別にいいかな。
『わかりました。お受けします』
『やったね! それじゃあ、内容なんだけど……』
その後、配信の内容とかを一緒に話し合った。
同期とのコラボ、かなりやりづらい雰囲気にさせちゃったけど、向こうから誘ってくれて正直助かった。
多分、誘ってくれなかったら向こう一週間くらいは誘えなかっただろう。
一夜以外と話すにはまだ経験値が足りていないのだ。
ひとまず内容も決まり、学校もあるということでチャットを終わる。
なんか、おかげで怖い気持ちが吹き飛んだ気がするよ。
「さて、今日こそは調べないとね」
今日はひとまず前回あまり調べられなかった大通りをもう一度調べてみようと思う。
今回は一人でね。また一夜に連行されたらいつまで経っても調べられないから。
「一夜、それじゃあ行ってくるからね」
「その恰好なら大丈夫かな。気を付けてね」
今回は【擬人化】を使い、大人モードで行くことにする。
あの場所は私の元の姿が大勢に目撃された場所だし、もしかしたら目を付けられる可能性もあるからね。
まあ、すでに日も経ってるし、以前に一夜と一緒に行った時もそこまで話しかけられることはなかったから多分大丈夫だとは思うけどね。
まあ、大人モードは大人モードで注目されやすいからホントに気休めでしかないけど。
「なにか手掛かりが見つかるといいけど」
念のための対策として、つばの広い帽子を被って髪を隠し、服も地味目なものを選んだ。
これならそこまで注目はされない、はずだ。
若干の不安を覚えながらも、いざとなれば魔法でどうにかしようと考え、私は大通りへと向かうのだった。
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